11.降臨
「さあさあ、アガサ様。こちらをお召しになって??」
アガサ様のために、メイドたちとわたくしで選んだドレスを差し出します。
「な、なにこの布の山!? っていうか、苦しい! ギブギブ!!」
「アガサ様。ドレスを美しく着こなすためには、コルセットは必須なのですよ?」
「「そうですわ!」」
ナニアの言葉に、メイドたちが賛同します。わたくしは笑顔でもっと締めるように指示を出します。
「もう少し、強く締めてもよろしいのでは?」
「な!? この鬼! 悪魔! こういうことをリーンベルにしろっていうのー!」
アガサ様の叫びに、お菓子を手に戻ってきたリーンベルが首をかしげます。
「私も、ファルシア様に初めてコルセットを着せられた時は死ぬかと思いましたわよ?」
リーンベルの言葉に、アガサ様が答えます。
「わかった! ファルシアはきちんといじめをしていた! 悪役令嬢をしていたって認めるから! ギブー!!!」
そう言った瞬間、周囲が明るく光りました。アガサ様の降臨の時とは、光量も色彩も違います。七色に輝き、キラキラとした輝きも見えます。
「な、なによ、これ」
アガサ様が驚いてキョロキョロとしましたが、わたくしたちは思わず膝をつきました。アガサ様よりも高位の神の降臨、といったところでしょうか? 息をするのも苦しく、メイドたちの中には意識を失った者もいます。助けおこそうにも、誰も動けません。
「とりあえず、ドレスだけ着ちゃうから!?」
この光量の中、何故か動けるアガサ様がドレスを身につけます。後ろの紐は結べないだろうと思い、ナニアの前に行き、結んでもらっていました。ナニアもギリギリなのでしょう。いつものナニアでは考えられない歪んだリボンで、ひとまず結び終えると同時に部屋のドアが開けられました。なんとか歩いているといった様子の護衛たちが、ナニアに尋ねます。
「何事か?」
「わ、わ、か、り、ま、せ」
ナニアが必死に答えると、光がさらに増し、騎士も膝をつきました。
そこまでになるとアガサ様も少し辛そうになさっています。
「神殿、に、」
わたくしがそう言って、なんとか魔術を放ちます。これで副神殿長に異常を知らせることができたでしょう。
「何事だ!?」
「邪神に何かあったのですか!?」
窓の外から殿下とルイス様の声が響きます。異常を感じても、この部屋の外では動けなくなるほどではないようです。
「動けません!」
護衛の一人が声を上げ、ルイス様が身体能力を発揮して、バルコニーに登ってきました。殿下は他の護衛と共に寮の入口に回るよう言われています。何が起こっているかわからない今、その選択は正解だと思いますわ。
「なにが、あっ」
バルコニーに登って、窓から部屋に入ってきたルイス様も動けなくなります。
ルイス様が声を張り上げ、殿下に伝えます。
「近づかないでください!」
「何が起こっているんだ?!」
「わかりません。わからないから、御身を危険に晒すようなことはなさらないでください!」
「しかし、ファルシアがそこにいるだろう!?」
殿下の言葉に、わたくしも力を振り絞って声を上げます。
「神々のお力です! 殿下はまず御身を!」
バルコニーに登ろうとする殿下と、止める護衛達の声が聞こえる中、突然、光が落ちました。
「な!?」
素早い身動きでアガサ様が避けます。
「ふむ、これを躱すか」
突然、声が響きました。頭に、と言うべきでしょうか? どう響いたのか説明はできませんが、耳ではなく直接心に話しかけられているような声でした。声を上げようにも、言葉が発せません。
「あなたは一体誰なの!?」
アガサ様だけが、声を上げます。
「我が世界で神を名乗った邪神よ。この世界の創造主といえばわかりやすいか?」
「そ、そうぞうしん、さま」
首を傾げるアガサ様に対して、わたくしたちは思わず息を呑みます。
「なに、みんな知ってるの?」
「創造神の鉄槌……」
誰が呟いたのでしょう。ルイス様でしょうか? すっかり忘れていました。神話の中で、神を名乗った邪神に創造神が鉄槌を下す話がありました。先ほどの光が、鉄槌ということでしょうか?
「私、神って言ってない! 神プレイヤーって言っただけ! 意味が全然違うんだけど!?」
「ほう……? しかし、我が世界の者達が神と誤認したのなら、神と名乗ったようなものだろう?」
そう言って、再度光をアガサ様に向かって下ろします。
「あぶな!」
思わず力を込めると体が動き、アガサ様を抱きしめて転がります。令嬢らしからぬ動きに、一瞬の恥ずかしさを覚えますが、それよりも恐怖心が勝ります。先ほどまでアガサ様がいた場所は、場所がなくなっている……消滅しているのです。
「存在を消滅させる……」
また誰かの声が響きます。完全にルイス様です。熱心に聖典を読み込んでいらっしゃるのでしょう。
「ほう? 我が世界の者が逆らうつもりか? 我こそが創造神だぞ?」
わたくしにぎろりと視線を向けた気配を感じます。お姿を感じますが、見えないのです。まるで巨人の足元にいる小虫のような気持ちです。
「そ、創造神様! 創造のシュティピア様! わたくしはあなたの忠実なる僕、ファルシア・デーントと申します! 決して逆らおうというつもりではなく、ただ、この者は、邪神などではありませんわ!」
わたくしの言葉に、創造神様が顔を顰めたような気配を感じます。
「お前が何者だろうと構わない。我が決定に逆らうとは」
そう言った創造神様に、アガサ様が小声で呟きます。
「リーンベル、あんたはヒロインなんだから、こう、どーんとした最強魔法とかないの?」
「ありませんわ!」
リーンベルが胸を張って答えたような幻覚が見えます。
「ファルシア! あんたは悪役令嬢でしょ!? それなら、裏ボスになったり……」
「アガサ様の知っているわたくしはそのようなことができたのですか?」
「……ないわ。単なる乙女ゲームだから。ただただ令嬢として最強なだけよ」
「お褒めに預かり、光栄ですわ?」
そんな時、部屋のドアが開き、副神殿長が飛び込んできました。
「我が主、創造のシュティピア様!」
ドアからの勢いよく滑り、わたくしたちよりも前に踊りでます。どうなっているのでしょう? あのお方は。
「……ん? 我が忠実なる僕だな。ほう、信仰を感じる」
「あ、ありがたきお言葉!!」
副神殿長という立場になったのなら、創造神様からしても特別な個体になったのでしょうか? わたくしたちは、その他の大勢の単なる人間という気配を感じます。
「僕よ、そこを通せ。信仰を奪うぞ?」
「そ、それは……。この者達は何をしたのか教えていただけませんか?」
創造神様に拒絶を示すことのできない副神殿長は、せめてと言わんばかりに、話を引き伸ばします。副神殿長でもどうにかならないのなら、わたくしたちでは無理でしょう。そんな諦めの気配が漂いました。