蛍
次の日のお昼を過ぎた頃、ハンスは再びお婆さんの洋館にシャルルの安否を尋ねにやってきた。目は真っ赤で、きっと一睡も出来なかったのだろう。お婆さんは、少し可哀想になって優しく言った。
「シャルルなら、あの後すぐに助け出したさ。ちょっと岩にぶつかったりで怪我をしていたけれど、薬を塗って包帯を巻いておいたから大丈夫。そうそう、今朝シャルルとマルタは少し遠いところへ旅に出たんだ。そこには腕利きの医者もいるって話だから、なぁに、直ぐに怪我なんて治っちまうさ。」
「…本当?でも、僕が山犬になんてシャルルを乗せなければ…」
泣きはらした瞳に再び涙が溢れてくる。
「はっはっはっ!シャルルは蛍を見つけたそうだよ。知ってるかい?お星様のように光る小さな虫を。それを見ようとして落っこちたんだ。おてんばな子だからね。あんたも、シャルルと仲良しなら想像つくだろう?」
「う、うん…シャルルなら、やりそう…」
「だろう?さあ、シャルルから連絡が来たら、君には知らせてやろうね。だから、もう気にせずに帰りなさい。」
ハンスはまだ腑に落ちない様な、疑いの眼差しをお婆さんに向けていたが、とりあえずは少し安心したようであった。お屋敷に戻ろうとするお婆さんを、ハンスはもう一度引き止めた。
「お婆さん、これなんだけど…」
少年が差し出したのは赤い巻き毛をしたお人形だった。
「妹がお婆さんにって。シャルルとマルタがブルエに行ってしまったらきっと寂しいだろうからって。妹は、このお人形にシャルルって名付けて可愛がっていたんだ。だから…」
お婆さんは、驚いたようにハンスを見つめ、「ありがとう」と言ってその贈り物を受け取った。