眠れない夜
お婆さんが感傷に浸っていると、また先ほどの騒々しい音が屋敷に響いた。
ドンドンドンッ
更に耳を澄ますと、何か泣いている様な声もする。お婆さんはその声のする方、玄関へ歩いていった。そういえば、シャルルが見当たらない。あの子はどうしたのだろう?
扉を開くと、そこにはいつかの少年が顔をぐしゃぐしゃにして立っていた。
「しゃ、シャル…ルがっ…シャ…ひっく、川に…お…ちた…ひっく」
全て言い切ると、ハンスはわっと声をあげて泣き出した。
「山犬から…お…ちたんだ…僕が…ひっく…ぼくのせ…いで…うわぁぁぁっ」
お婆さんはハンスの説明から全てを察し、厳しい顔つきで少年を見下ろした。
「さあ、お前は早く家に帰るんだよ。子供が真夜中に遊び歩くからこんな事になるんだ。シャルルの事は私に任せなさい。私はね、魔法が使えるんだ。さあ、お前がいてはシャルルを助けに行けないだろう?さっさと家へお帰り!」
ハンスはお婆さんの凄い剣幕と、魔法という言葉に驚いてぴたりと泣き止んだ。そして、大きな瞳でお婆さんを見つめると、大急ぎで山犬に乗りそのまま町に向かって走り出した。ふぅ、とお婆さんはため息をついた。
「シャルルの奴はまったく、むちゃくちゃしてくれるね。掟を守る為に川に飛び込んだってところだろう。そろそろ静かにこの世界から身を引こうと思っていたけれど、もう一仕事増えちまったよ。」
お婆さんは呆れたように、肩をすくめた。