お婆さんのお人形
お婆さんは、椅子から立ち上がると隣の寝室へいそいそと歩いていった。オリーブグリーンのベッドカバーに小さな木のスタンドテーブル。鈴蘭の形をしたステンドグラスのスタンドランプは灯っておらず、星の刺繍のしてある深い藍のカーテンの隙間からは月光が差し込んでいた。普通の寝室であったが、圧倒的に他と違うところがあった。それは、壁に並んだ無数の硝子の瞳!お婆さんの寝室には青い目緑目褐色目、白肌黒肌黄色肌、金髪銀髪黒髪の全長1メートル台のお人形が天井から床に届くまで、壁に添えつけられた棚にきちんと整列して並んでいた。少女のものもあれば、やんちゃを臭わす少年のお人形もあり、その全ての瞳はどことも解らない空間を見つめ月の光に煌めいていた。
お婆さんは満足そうにお人形達を見回すと、その中から長い赤毛のカールした、鳶色の瞳の少女の人形と、おかっぱに切りそろえた金髪の、透き通るように白い肌の少女の人形をそっと棚から下し、部屋の椅子に腰掛けさせた。そして、化粧台の一番上の引き出しから小さな小瓶を取り出した。小瓶の中には銀色の粉が同じように月光に煌めいた。お婆さんはその粉をひとつまみ手にとると、何かぶつぶつと唱えながら少女のお人形の頭髪の上から振りかけた。
するとどうだろう!今まで何も映しはしなかった硝子の瞳がぱちくりと瞬きをしたではないか!もうそれは虚無に満ちた偽りの瞳などではなく、生き生きと楽しげに輝く本物の瞳になっていた。それぞれ二体の、否、二人の少女は思い思いに凝り固まっていた体を伸ばすと、ぴょこと椅子から立ち上がりお婆さんに丁寧におじぎをした。
「お婆ちゃん、お久しぶり!」
「お久しぶりですわ、バネッサ様。」
二人の可愛らしい姿を感動に潤んだ瞳でお婆さんは見つめながら、「良く戻ったね」とだけかすれる声でやっと言った。二人はそんなお婆さんに飛びつき、三人は熱い抱擁で再会を喜び合った。