遅く起きた朝
なんとか日が昇る前に、シャルルは自分のベッドに潜り込み、そのまま眠りに落ちた。その日の朝は静かで、目覚めたのはもう日が高く昇った後だった。目をこすりながら、シャルルがダイニングに出て行くと、そこには忙しそうにしているマルタがいた。
「おはよう、マルタ。」
返事がない。もう一度「おはよう。」と声をかけてみるが、マルタはちらりとシャルルを見ただけで、何も言葉を発しなかった。聞こえてなかったわけではないらしい。シャルルはいつもと違うマルタの雰囲気に不思議に思いながらも、話しかけ続けた。
「マルタ、お婆ちゃんは?」
無言のマルタがぴたりと動きを止めた。そして、ゆっくりとシャルルの方へ向き直った。
「具合が良くないの。昨日、一睡もできなくて…熱が上がってしまったのよ。どうしてだと思う?」
「え…?」
「シャルル、昨日貴方、夜中に家を抜け出したでしょう。バネッサ様はそんな貴方を一晩中心配してお体を崩されたのよ。うわ言でずっと貴方の名前を…」
「お婆ちゃん…、気づいていたの?」
「私だって、気づいていたわ。貴方、パーティから帰ってからずっと上の空だったじゃない。私もバネッサ様も気になっていたのよ。シャルル、貴方…バネッサ様を愛していないの?」
「!…お婆ちゃんのことは、好きだよ。だってお婆ちゃんがいなければ、私はここにいないもん。でも…。」
鳶色の瞳が真っすぐにマルタを見つめる。
「私、悪い事なんてしていない!ハンスは私を喜ばせるために誘ってくれたのだし、私だってハンスと一緒に行きたかった!…だって、お人形に戻ったら…、もう会えないんだよ?」
「…私は、…大切な人が悲しんでいるのを見てまで、自分の好きにやろうとは思わない…。私だったら、行かない。」
二人の間を重い沈黙が包みこむ。二人にはもう、時間がなかった。満月まで後たったの二週間。それぞれの想いと、お人形に戻ってしまうという焦りが、今まで喧嘩などしたことなかった二人を引き裂いた。