星に一番近い場所
そんな事はつゆ知らず、シャルルは真夜中の冒険に胸を躍らせていた。二人を乗せた山犬は森を抜け、川を渡り、星に届きそうなくらい高い山を駆け上がっていった。そして、ごつごつした岩場の少し開けたところで彼らを降ろした。ハンスは山犬をなでながら、ポシェットから干し肉を取り出し、山犬に食べさせた。山犬は満足そうに喉をぐるぐる鳴らした。それからハンスは少し平らな岩を見つけると、自分の着ていたマントをそこに敷いてシャルルの座る場所を作った。二人は並んで空を見上げた。
幾千万の光の粒が二人に降り注ぎ、そのまま彼らを光の渦へ突き落とした。二人は何も喋らなかった。否、喋る必要など無かったのだ。二人の体はどんどんと星の洪水の中へ吸い込まれていき、光と光の間をゆらりと泳ぎ回った。その間中、星達は生まれ、そして死に、宙を散歩する二人に瞬き合図をした。「ようこそ。君たちに出会えて良かった。君たちが今、生きていて良かった。」
いったいどのくらいの時間が経ったのだろう。ハンスの「くしゅんっ」というくしゃみで二人はもとの山の上に戻ってきた。
「ハンス、寒い?私は全然寒くないから、これ使って。」
シャルルは自分のつけていたマフラーをハンスの首元に巻き付けた。
「ありがとう、シャルル、本当に寒くないの?」
「うん、私、寒さに強いから。」
「シャルル、見て。あれがオリオン座。そして、あっちがおおいぬ座でこっちが子犬座。星座にはそれぞれ神話があって、みんな意味があるんだよ。」
「犬さんの星座かぁ。星に意味があるなんて私、知らなかったよ。ハンスは物知りだなぁ。」
「へへ、そんなこと無いよ。唯、星が好きなだけ。昔はね、特に明るいおおいぬ座のシリウスと子犬座のプロキオン、そして今はもう無いけど、オリオン座のベテルギウスで冬の大三角って言っていたらしいよ。かっこいいよな、僕もあんな星になれるかな?」
「え?」
「僕、もう少ししたら兵隊の訓練を受ける為に家を出るんだ。本当は天文学者になるのが夢だったんだけど、お国の為に頑張って戦った兵隊は星になれるって伯父さんが言ってた。僕が…もし、僕が星になれたら、ベテルギウスの様な赤くて明るい星になる。」
「そしたら…、私は毎日その星に話しかける。空は広いから…どこにいてもハンスに会えるね。」
「ま、こうして隣にいられるのが一番楽しいけどな。」
「ふふ、もちろん!あ!ねぇ、ハンス?」
「ん?」
「ベテルギウスはどうして星を辞めちゃったのかな?」
「うーん…、きっと空から降りて、大切な人の隣に帰ったんじゃないかな?」
「そっかぁ…。」
辺りはまだ暗かったが、一番鶏が騒ぎだした。
「いけねっ、夜明けまでに戻らないとお婆ちゃんに心配かけちゃうよな?僕もママとオリビアにばれたら大変な事になりそうだし、急がなくちゃ。さぁ、山犬に乗って。」
帰り道、シャルルはハンスの背中にしがみつきながら考えていた。次の満月までに後何回ハンスと遊べるのだろう?ハンスがヘータイになるより前に、自分がお人形に戻らなくちゃいけない。ハンスに何て伝えよう?お人形に戻りたくないなぁ…。