お婆さんの心配
森の中に浮かぶ、小さな一点の光はあっと言う間に近づいて来て、丁度洋館の前で止まった。山犬だ!そして、その上に小さな人影が見える。その小さな人影は被っていたフードを外すと、持っていたランタンを掲げ、シャルルの覘いている窓を見上げた。その光に照らされた顔は間違いなくハンスであった。シャルルは大急ぎで窓を閉め、自分の部屋に戻ると厚手のダッフルコートを着込み、帽子と手袋を身につけた。そして、お婆さんとマルタを起こさない様、足音を立てずに玄関まで急ぎ、そっと扉を閉めた。そこには北風で鼻と頬を真っ赤にしたハンスが笑顔で待っていた。
「星を見るなら新月が一番いいと思って。それに、丁度自家用の山犬が借りられたんだ。さぁ、乗って。僕のとっておきの場所に案内してあげる。」
ハンスはシャルルを自分の後ろに乗せると、小さな疾風を残し洋館を後にした。
心配をかけまいとこっそりと家を出たシャルルであったが、その様子をお婆さんは偶然にも目撃していた。体が冷えて中々眠りにつけないでいたのだ。マルタと同じように、お婆さんもパーティ以後どことなく上の空なシャルルの様子が気になってはいた。しかし、シャルルはいつものように明るく無邪気であったし特に気にも止めないでいた。お婆さんは心配になった。長い人生の中で、同じように町の子供と仲良くなり、ついには戻ってこないお人形を何体も見て来た。そういったお人形は大抵は魔法が解け、人形に戻り、人知れず打ち捨てられたように風化する。運良くお婆さんが何かの拍子で見つけ出し、修繕して魔法をかけることができることもあったが、半数は掟がやぶられ、再び笑い喋ることはできなくなっていた。お婆さんは自分の愛したお人形がそういう状態になって戻ってくるのが嫌だった。可愛らしい声で喋り、縋ってきた思い出が脳裏にありありと蘇り、心を引き裂かれる様な悲しみが毎回浮かんでくるからだ。お婆さんは、可愛いシャルルには決してその様な運命を辿って欲しくはなかった。