ズノウを持つお人形
マルタもぼんやりしているシャルルを横目で見ながら、自室へ戻り鍵をかけた。部屋は昼間だというのに遮光カーテンがかかり、暗かった。マルタは机の上のスタンドライトを、カチとつけた。ぼんやりと浮かび上がってきたのは数々の分厚い本。丁度、お婆さんの部屋の棚にある人形達が全て本に置き換わったような、本だらけの部屋だった。そして、スタンドの乗っている机には不思議な液体やら、粉やら、顕微鏡など、実験器具が所狭しと並び、マルタが何かの研究に打ち込んでいることは一目瞭然であった。しかし、仲間内で(とは言っても今はお婆さんとシャルルしかいないが)、マルタのこのような行動を知る者はなかった。マルタはしっかりもので優しく、皆のお姉さん的存在で、その柔らかな物腰からはこの暗室は想像できなかった。もしかすると、マルタは意図的に自分の研究を隠していた、ということもありえるだろう。マルタの部屋には常に鍵がかかっていたのだ。
時間はない。残り時間は3週間をゆうに切っていた。次の満月までに完成させなければ全ては終わってしまうだろう。自分が作られた意味、そしてお父さんの意思。お父さんを想うと自然と落ち着いて研究に集中できた。それは、自分の頭の中に、お父さんの作った「ズノウ」が入っているからなのだろうか?
マルタのお父さん、つまり作者である人形師は前衛的な職人で、科学の研究にも長けていた。その為、マルタ自体がその時代、及び今の時代にも類を見ない少し特別なお人形に作られていた。見目の麗しさも他とは一線を画すレベルであったが、それよりも特徴的であったのが、「ズノウ」の埋め込みであった。ズノウというのはその人形師が発明した、からくり、つまりコンピュータの様なもので、ある一種の目的を果たす為の思考回路が埋め込まれていた。もちろんその目的というものは、人形師が切に願う個人的願望を達成するものであったので、ズノウにはカモフラージュのためにも、人間の為の生活給仕の行動回路が公にはメインで埋め込まれていた。しかしだ。これは遠い昔、百年以上も前の話であったので、さすがに現代の様な科学技術はなく、作られたのはズノウの概念のみであった。ズノウを人形の頭に埋め込む事はできても、それを起動させる技術まではその人形師には無かったのだった。そこで、その人形師とバネッサ婆さんの繋がりの糸口が見えてくる。お婆さんの魔法の力だ。人形師は彼女の力を求めた。二人の間にどんなやり取りがあったかは知られていないが、彼の作り出した奇跡のお人形マルタは、ついにお婆さんの魔法で完成されたのであった。