大好きなもの
ひだまり童話館 第34回企画「さくさくな話」参加作品です。
僕のお父さんとお母さんは、働いている。だから僕が小学校から帰ると、誰も家にいない。僕は一人っ子だから。
いつものように、持っている鍵でドアを開けて、家に入る。そう、いつものこと。だけど、友だちの家にはお母さんがいて、出迎えてくれるみたい。僕も出迎えて欲しい。でも、お父さんとお母さんには言えない。二人とも一生懸命働いているから。寂しいとは感じるけど、慣れてきた。
僕は、学校の宿題を始めた。宿題が終わる頃に、お母さんが帰ってくる。
「ただいま」
お母さんが帰ってきた。
「お帰りなさい」
僕は、お母さんを出迎えた。本当は、この言葉を逆に言いたい。僕が「ただいま」。お母さんが「お帰りなさい」。これは僕のわがままなのかな……。
お母さんは、帰ってきてすぐに、夕食を作り始める。
「今日の夕食は何?」
僕が聞くと、お母さんは、
「今日はカレー!」
お母さんは、楽しそうに笑った。僕も嬉しい。カレーは大好物だから。お母さんがカレーを作っていると、お父さんが帰ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさい! 今日はカレーなんだよ!」
僕は嬉しくて、お父さんに言った。
「そうなのか。お父さんも嬉しいよ」
お父さんは、柔らかく笑った。
そろそろカレーが出来そうだ。いい匂いがただよっている。僕はテーブルを拭いたり、食器を出したり、お母さんの手伝いをする。
「ありがとう」
お母さんは嬉しそうに、カレーが入っている鍋をかき回していた。そして、三人でカレーを食べた。僕は、おかわりをしようとしたけど、お母さんに止められた。
「何で?」
僕の問いかけに、お母さんは笑いながら言った。
「これからお腹いっぱいになるわよ」
僕は意味がわからなかった。そのまま椅子に座っていると、お母さんは、箱を出して、テーブルの上に置いた。そして、箱のふたを開けると、アップルパイが入っていた。
「わあっ!」
僕は驚いた。
「今日は何の日?」
僕がお母さんに聞くと、
「今日は、正樹が一人で家に帰れるようになった日よ」
お母さんが働き始めて、僕は一人で誰もいない家に帰るようになった。その日、初めて、僕は家の鍵をもらった。「なくさないようにね」とお母さんに言われて、僕は大事に毎日使っていた。僕にとっては宝物だった。その日を僕は思い出した。そうだ、これで一人前になれたって喜んでいた僕。寂しいけど、毎日宝物を使っていたんだ。僕は、お父さんとお母さんから、宝物をもらっていたんだ。それを思い出して、何だか嬉しくなってきた。
「僕、これからも宝物を使うよ」
僕は、お父さんとお母さんに宣言した。そんな僕を、お父さんとお母さんは、嬉しそうに笑ってくれた。
「正樹が宝物を使ってくれるから、私たちは安心出来るんだよ」
お父さんは言った。
「さあ、食べましょう」
お母さんがアップルパイを切って、僕のお皿に置いてくれた。
「いただきます!」
僕は、アップルパイを口に入れた。
さくっ。さくさく。
僕がアップルパイを食べるたびに、音が響いた。
「美味しい!」
僕は、すぐに一切れを食べてしまった。
「もっと食べたい!」
僕が言うと、お母さんが、もう一切れアップルパイをお皿に置いてくれた。
さくっ。さくさく。
美味しい音を響かせながら、アップルパイを食べる僕。
すっかり「家の鍵」という宝物をもらったことを忘れていたけど、あの時の嬉しさがよみがえってきた。そして、お母さんは、僕の大好きなものを買ってきてくれた。
大好きなお父さんとお母さんと一緒に食べるアップルパイは、いつもよりも美味しく感じた。
誰もいない家に帰る寂しいという気持ちよりも、宝物を使う、わくわくした気持ちの方が勝ってきた。これから僕は、毎日をわくわくしながら帰ることが出来る。そう思うと、嬉しくなった。
「正樹、いつも家で待っていてくれて、ありがとう」
お父さんとお母さんが言ってくれた。
「うん! 僕は宝物と一緒だから平気だよ!」
宝物を持っていると、お父さんとお母さんと、いつも一緒にいるように感じる。これからも僕は宝物を大切にするんだ! でも、たまにアップルパイは食べたいな。僕がそう言うと、食卓は笑いで満ち溢れた。
今度はいつアップルパイを食べられるかな? 僕はそれを楽しみに、今日も宝物を使っている。