加害者
あの事故から二ヶ月、加害者の奥さんが謝罪にきた。小さな子供をつれて。
「主人が大変なことをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
両手をついて謝る彼女を前に、わたしと陸斗は何の言葉も出ない。ただ二歳くらいの彼女の子供が、指をしゃぶりながら不思議そうな顔で母親を見上げていた。
あの日、父と母を轢いたトラックを運転していたのは彼女の旦那さん。加害者は自分が父と母を殺したことを知らない。
加害者は三十五歳のトラック運転手。
運転中に心筋梗塞をおこしたらしく、意識を失ったと思われている。足はアクセルを踏んだまま、猛スピードで父と母を跳ねた。救急車が駆けつけたときには加害者は既に息をしていなかったそうで、病院に運ばれたけど、意識が戻らないまま死亡している。
加害者の奥さんは妊娠中で、事故のショックで入院していたそうだ。そのせいで謝罪が遅れると、相手側の弁護士から連絡があっていた。
すべてのことは弁護士間のやり取りで決まっていった。
わたしと陸斗が彼女や相手側の弁護士と会うのは今日が初めて。
彼女はガリガリに痩せて化粧もしておらず、酷く憔悴しているのが見て取れた。
そっちも大変だろうし、辛くて悲しいのは分かる。彼女が父と母を殺したんじゃないのも分かってる。
だけど、わたし達よりもずっと辛そうな様に何故かむかついた。卑怯だと感じてしまった。
小さな子供を連れて来る必要あった? こんなに大変なことが起きたんだよ。誰かに面倒みてもらうのが普通じゃないの?
「謝罪はいいです。謝ってもらっても命は帰って来ないし。二度とわたし達の前に顔を見せないでください」
わたしは二階に駆け上がって部屋に閉じこもった。陸斗を置き去りにしたことが気になったけど、悔しくて辛くて、涙が止まらなくて。出したばかりのティッシュケースが空になるほど鼻をかんで涙を拭った。
しばらくして陸斗と沖田さんが扉の向こうから声をかけてきた。
「姉ちゃん大丈夫? あの人たち帰ったよ」
陸斗の声は落ち着いていた。沖田さんは「会わせたのは間違いでした。申し訳ありません」と謝ってきた。
沖田さんのせいじゃない、会うと決めたのはわたしだ。父と母を死なせた人も死んでいて、わたしは誰を詰っていいのか分からなくて。謝罪にくるという加害者の妻を標的にするはずだった。
なのに、どうやったらいいのか分からなかった。父と母を返してと胸ぐらを掴んで揺すってやろうと思っていた。未成年二人で残されてどうしてくれるんだと詰め寄るつもりだった。今日まで溜まりに溜まった怒りや悔しさを全部ぶつけるつもりだったのに。
なのに、同じく親を亡くした子供がいた。
あどけない、何も分かっていない大きな瞳の女の子。痩せ細った加害者の奥さんのお腹はぺったんこで。お腹の赤ちゃんはどうなったの?
目の前に突きつけられた、わたしよりもはるかに小さな遺児。
わたしはどうするのが正解だったのかな?
他人を思いやる余裕なんてないし、思いやってなんかないけど、気持ちがぐちゃぐちゃでどうしようもなく苦しくて辛かった。