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未成年



 五月の連休を終えて、陸斗は家庭科部に入った。

 幼稚園からサッカーをやっていたので、中学でも林君と一緒にサッカーをやるのだろうと思っていたのに。

 驚いて「どうして女子ばっかりの家庭科部なの?」と訊ねたら、「姉ちゃんがお母さんになろうとしてるから」と返された。


 それって、わたしが作るご飯がまずいって意味だろうか?

 陸斗は首を傾げたわたしを一瞥すると「姉ちゃんは姉ちゃんだから。お母さんのやってたこと、全部押し付けるつもりないよ」と言って、冷蔵庫からわたしが沸かした麦茶を取り出して飲んだ。


「姉ちゃんさ、この前のテストの点数めちゃくちゃ悪かったよね。俺ばっかり楽してて悪かったなとおもったんだ」

「は? 陸斗?」

「うん、なに?」

「いや……何でもない」


 一人称が僕から俺に変わっていた。びっくりしたけど、突っ込まないでおく。


 それよりも家庭科部だ。

 中学校の入学式の夜に、林君のお母さんが差し入れてくれた料理。食欲をなくしていた陸斗が全部綺麗に食べたのを見て、わたしは陸斗からお母さんがいなくなってしまうように感じてしまった。


 だから慌てて手料理に挑戦した。

 初めての料理は散々な出来で、お世辞にも美味しいなんて言えた代物じゃなかった。だけど陸斗は「不味……」と呟いたくせに全部食べてくれた。


 それからわたしは掃除をした。父と母が死んでから初めて掃除機をかけた。洗濯も一週間溜め込んで、替えの下着がなくなってから慌ててするのではなく、二日に一回するようにした。


 想像するよりはるかに大変だった。

 眠いし疲れるし時間はないし。お陰でわたしは四月のテストで自己最低の記録を大幅に更新した。

 春休み中に一年の復習をしっかりやらなかったのが一番の原因だけど、二年になってからは授業以外で勉強しなくなっていた。


 林君(兄)のような県下一の進学校ではないけど、二番手にあるような高校の特進クラスに在籍しているのに。そこでクラス五位前後を行ったり来たりしていたわたしが、なんと四十人中二十五位に落ちた。


 勉強していなかったから当たり前だと自分では納得していたけど、まさか陸斗に心配されるなんて思わなかった。正直、陸斗に心配されて、幼稚園から続けていたサッカーじゃなく家庭科部に入った原因がわたしだと知ってショックだった。


 その夜、弁護士の沖田さんから電話があった。


「未成年後見人の手続きが終わりました。由美香さんが成人するまで、私が日向ひむかいさんに代わって二人の後見人となります」

「ありがとうございます。全部、いろんなこと。どうかよろしくお願いします」


 わたしは電話ごしに頭を下げた。

 保護者がわたし達に関わりたくない伯父さんから弁護士の沖田さんになったのだ。


 沖田さんは菅原先生から紹介されただけの、面識なんてなかった五十代のおじさん弁護士。

 はじめは事故後の様々な手続きや相続に関する依頼を受けてくれただけの人だった。


 それが伯父さんとのことにも親身になってくれて、出会ったばかりなのに未成年後見人にまで名乗りを上げてくれた。


 沖田さんは伯父のことを注意しておくといった後、わたし達に関わることで伯父に連絡が行かないように後見人になると言ってくれたのだ。

 

「あの……伯父は過去にどんな問題を起こしているんでしょうか?」


 父とは絶縁していたらしいし、母からも父に兄がいるとちらっと聞いたことがあった程度。凶悪な殺人犯だったとか、そんな悪い考えが浮かんでしまっていた。


「それは日向さんとの約束があって言えません」

「そうですか……」


 不安になるわたしに沖田さんが「由美香さん」と呼びかけた。


「日向さんが言うにはですが。兄との約束がある、君たち二人を守るためにも二度と関わらないと決めている。そう言っていました。実際に会った彼は予想と違って真面目に生活していました」


 沖田さんの声は穏やかだ。

 伯父がわたし達にとって害をなすような、注意しなくてはいけない人物ではなかったからなのかもしれない。


「酷なことを言いますが、君たちは二人だけの家族です。二人が大人になるために、私にできる手伝いはするつもりでいます。これからどんな大人になるかは君たち次第ではありますが、私はなるべく力になりたいと思っています。私も人の親ですからね」


 沖田さんは優しかった。

 両親より年上なのに、わたしに対してもきちんと敬語で対応してくれる。対等に接してくれることが何よりも嬉しい。

 菅原先生はいなくなってしまったけど、本当にいい人と出会わせてくれたのだなと実感した。


 わたしはもうすぐ十七歳になる。小さな子供じゃないし、陸斗より四つも年上だ。だけど大人として認めてはもらえない。

 陸斗と離れず一緒にいるためには、嫌でもこうして大人に縋らなきゃ駄目なのだ。

 

「由美香さん」と、沖田さんの声が少し固くなった。わたしは「はい」とだけ返事をする。


「加害者の奥さんから謝罪に伺いたいと連絡がありました。受けても大丈夫ですか?」


 一瞬で血の気が引いた。ゆっくりとその場に座り込む。返事をしないでいたら「断りましょうか?」と言われて、「いいえ、大丈夫です。会います」と返事をした。


 電話を切ると陸斗が側にいた。お風呂に入っていると思っていたのにまだだったようだ。

 陸斗は「俺も会うから」とだけ言って今度こそお風呂に消えた。




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