十年の想い
「……え?」
なに言ってるの? え? 意味が分からないんだけど?
意味不明なことを言われたせいで思考が固まる。
「結婚しよう」
林兄はもう一度同じことを言った。
彼が言った言葉は分かる。「結婚しよう」でしょ。結婚は分かる。だけどね、どうしてそんな言葉がわたしに向けられているのか。まったく分からない。
「ごめん。意味が分からないんだけど」
「俺と結婚しよう」
「それ、わたしに言ってる?」
「日向由美香さん。俺と結婚しよう」
とても真剣な目を向けて、しごく真面目に林兄は「結婚しよう」って4回も言ってのけた。
どれもわたしに向けた言葉なんだけど……
「わたし達、好きだとか思いを告白し合ったり、付き合ったりとかもしてないよね?」
わたしは一瞬、自分がどこかで大きな間違いをしたのかと思った。気付かないうちにどこかでそんなことになったりしたっけ? と、林兄の言葉に混乱していた。
「告白したこともないし、付き合ってもないな」
「だよね!? 何の冗談?」
「冗談じゃない。俺はお前のことを理解しているから付き合う必要性は感じない」
「いやいやいやいや、理解しているから必要性を感じないって、意味が分からないんだけど」
「それに俺はずっとお前のことが好きだ」
「は!? 初耳なんだけど!? ずっとっていつからよ!?」
「ホワイトデーに甘栗持って行ったの覚えてるか? そこに男がいた」
甘栗って。高2のときのことかな?
確か希君もいたなって思い出す。
「そいつが当時お前が付き合っていたやつだったんだろ。こいつが暗い中彼女を一人で帰すやつかと思った。俺ならそんなことしないって怒りが湧いた。けどよく考えたら、俺が気になるのはお前だけで。その時俺はお前のことが好きなんだと気付いた」
え、ちょっと待って。十年くらい前のことになるんだけど……
「昨日お前が倒れたとき、ただの同僚の俺には何の資格もないって実感した。どんなに心配でも一晩中一緒にいることができないことが悔しかった。俺はお前と一緒にいるための立場が欲しい。だから結婚しよう」
いつになく饒舌な林兄はとても真剣だ。そもそも彼が冗談なんか言うことはなくて。わたしは突然の告白にびっくりするばかりで。
そんな中でも、父と母に話があると言ったのは、このことだったんだと思い至った。
「わたし……結婚するつもりないんだ」
林兄の告白を聞いてようやく絞り出した言葉がこれだった。
だってわたしは恋愛に向いてなくて。
希君との交際は楽しかったけど、疲れることも多かった。大和さんに至っては不倫関係になっていて、とんでもなく傷ついて、わたしは相手を見極める能力に欠けていると分かったし、彼氏なんていらないって思った。
「俺は結婚したらお前に誠実であることを約束する。俺のことが信じられないか?」
「信じられないわけじゃないけど……」
特別な付き合いはしてないけど、彼が誠実であることは知っていた。硬い性格で何か信念のようなものかあって、嘘をつくような人じゃないことも。
言葉遣いは命令口調で強引だったりするけど、全部わたしを気遣ってのことだった。
「信じてはいるけど……急に結婚はないんじゃない?」
「俺は今すぐにお前を守れる立場が欲しい」
そう言って林兄はにじり寄ると、わたしの顔を両手で覆って顔を寄せる。
びっくりしたわたしが動けないでいたら、「逃げてもいいぞ」と言われて。動かずにいたらそのままキスをされた。




