心配されて嬉しい
救急には交通外傷の患者さんも搬送されてくる。軽症から重症まで様々で、手を尽くしても亡くなる方もいた。
その度に父と母を思い出す。
わたしが家で過ごしている間に父と母はこの世から居なくなっていた。
同じように亡くなる方を目の当たりにした時、医師をはじめとしたスタッフが最善を尽くしてくれただろうことを思い描いた。
看護師も5年目になると沢山のことが出来て当たり前になる。
救急科では3年目、後輩も出来て指導する立場になった。
夜勤として夕方からの勤務についた矢先、心肺停止で運ばれてきた交通外傷の患者さんを前にして、急に息ができなくなって倒れてしまう失態を犯した。
これまではどんなに酷い状態で運ばれてきても迅速に動けたのに。血なんて怖くなかったし、酷い傷を見て躊躇することもなかった。
なのにどうしてか、交通事故にあって救急車に同乗してきた小学校高学年と思しき男の子と、意識不明の母親という組み合わせを目の当たりにして、その二人に陸斗と母を重ねてしまったのだ。
気付いたらベッドの上で点滴に繋がれていた。
傍らには林兄。
「気分はどう?」って、専攻医になった彼がいつもの冷静な表情でわたしを見ていた。
どうして林兄がいるんだろうと思っていたら、「帰ろうとしたところで師長に呼び止められた。目が覚めたら一緒に帰って欲しいって」と、わたしが訊ねる前に教えてくれた。
林兄は点滴の調子を見ながら「母親が子供に付き添われて搬送されてきたそうだな。思い出した?」と。鋭いな。
「付き添ったのはわたしじゃなくて陸斗なのにね」
わたしが病院に駆けつけたときには全てが終わっていた。陸斗はわたしが行くまで一人きりだった。
事故の瞬間から父と母がトラックに潰された状態を、小学校の卒業式で見てしまったのは弟だ。なのにわたしが今になって動揺しているなんて。
「父と母が死んだ時ね。3人が帰ってこなくて苛々してたの。チャットで連絡しても返事がなくて。あの男の子と陸斗が重なって」
わたしは点滴が繋がっていない腕で顔を覆った。林兄は慰めるようにわたしの頭に手を乗せて、「搬送されてきた母親は意識が戻った。父親も来た。あの男の子は一人じゃない」と言った。
「そう、良かった」
「お前も一人じゃないだろ?」
「そうだね。陸斗がいるし」
「俺もいる」
「うん。ありがとう」
点滴のパックが空になる頃には涙も止まって、林兄が針を抜いてくれた。
師長の指示もあって林兄に伴われて帰宅する。21時を回って外は真っ暗。病院を出るとサイレンを鳴らした救急車が入ってくるところで、立ち止まって見ていたら「行くぞ」って、林兄がわたしの手を引いた。
「定時で帰れたはずなのにごめんね」
「予定もなかったし気にするな」
そんな風に言ってくれるけど、専攻医はまだまだ勉強中の身で多忙なはずである。わたしのせいで迷惑かけてるって気持ちが消えない。
気分的なものなので一人で帰ることもできた。だけど病院側からすると、仕事中に倒れたスタッフをそのまま帰すわけにはいかなかったのだろう。
救急科は忙しいからわたしが抜けるだけでも負担だ。その後の面倒をみるために人手を割けない。そこで師長は、わたしと林兄が同級生で近所に住んでいることを思い出して慌てて引き止めたようだ。
待つことなく来た電車に乗り込むと、林兄はわたしを座らせて前に立った。
「ふうっ」て息を吐いたらわたしの前にしゃがんで「大丈夫か?」って声を掛ける。「過保護だね」って言ったら、「倒れたんだから過保護にもなる」って。心配されて嬉しかった。




