陸斗の進学とわたしの就職
陸斗が県外の国立大学に合格して。入学手続きやアパートを決めたりしていたらあっという間に時間が過ぎていて、わたしはと言えば気付いたら国試に合格していた。
わたしは4月から県内の大きな総合病院で働くことになっている。もちろん自宅通勤。そして今日から広すぎる一戸建てに一人暮らし。
4月早々陸斗は引っ越しをした。
六畳とキッチンが別になっている、大学生がごく一般的に借りている間取りの狭いアパート。
引っ越しに一緒について行って、ちょっと手伝えば引っ越し終了になるような広さ。
その後二人でご飯を食べて、わたし一人だけ電車で戻ってきた。
家まであと少しなのに、気力を失ってしまったわたしは駅近くの公園にあるベンチに座って薄暗くなった空を見上げていた。
陸斗はわたしの一人暮らしをとても心配していて、毎日連絡を取り合うことを約束させられた。
拗ねていたわたしは「そんなに気になるなら一緒に住めばいいのに」って、恨みを込めてぼやいてしまった。そうしたら「だって俺、姉ちゃんのこと守りたいから」って、陸斗は今にも泣きそうな顔で言ったのだ。
陸斗が弁護士を目指したのは沖田さんに影響されたからだった。
無知なわたしと陸斗では、父と母に死なれて二人で生きる術を見つけられなかっただろう。そこに現れた沖田さんは法律を知っていて、その力と弁護士という肩書でわたしと陸斗の願いを叶えてくれたのだ。
今度は陸斗が弁護士になって、わたしや、わたし達のような人を守っていきたいという大きな目標を持っている。
立派な弟だ。
自慢の弟。
姉思いの、たった一人のわたしの家族。
そうだよ。陸斗はわたしの家族なのに。たった一人の弟なのに。大人になると一緒にいられなくなるなんておかしくない?
と、考えていたら。「日向」って、唐突に名前を呼ばれてびっくりした。
視線を向けると林兄がいた。
ものすごく久し振りに会った。会話をするのはさらに久し振りだ。
「こんなところでどうしたんだ?」
「陸斗を送ってきたの」
「ああ、一人暮らしするって聞いた。落ち込んでるのか?」
「落ち込んでないよ。寂しいだけだよ」
「そうか。俺が一緒に住んでやろうか?」
林兄はわたしを見下ろして、しごく真面目にそう言った。
わたしは思わぬ言葉に瞳を瞬かせる。
こんな時にさ。当然のようにそんなことを言われたら。寂しさを埋めたくて縋りたくなってしまう。優しさを特別な好意と勘違いして惚れてしまいそうだ。
だけど相手は林兄だ。
冗談を言うような人じゃないけど、本気にしていいものかどうか。
いや、きっと本気で口にしているのだろう。
ただなんていうのか、林兄は希君や下心のある男の子達とは違って、純粋な正義感と優しさだけで言ってくれてるんだろうな。
「そうだね。寂しくて死にそうだったらお願いするよ」
「死にそうになる前に言え」
林兄は溜息を吐くと隣に座った。
「国試受かったんだろ。就職先は?」と聞かれたので答えると、林兄は「そうか」と頷てその後は無言になる。
こういう人だって分かってるから会話が弾まなくても息苦しくない。わたしはふと、何かあったときは林兄がいつの間にかいるなって気付いた。
その後、林兄と会えてほっとしたからなのか、初めての仕事で忙しすぎるせいなのか。どちらか分らないけど、陸斗がいなくて寂しくて病むような日々にはならなかった。
本当に仕事が忙しくて。
何がって覚えることが多すぎるのだ。
指導についてくれた先輩は患者さんにとっても優しくて、だけどわたしにはものすごく厳しい。
心が折れそうになるけど、先輩の言ってることに間違いはないので必死について行っていた。
陸斗と連絡を取り合う約束をしていたのに、疲れて帰宅してそのまま寝ちゃうなんてこともあって。
心配した陸斗が週末に帰ってきたりして、むちゃくちゃ散らかった家を見て「ちゃんと生活するように」ってお説教されたり。
反省はしたけどなんだか嬉しかった。




