入学式と差し入れ
二年振りの中学校は居心地悪く感じた。もう中学生じゃないので当たり前か。
陸斗の保護者として入学式に参加したけど、高校の制服で出席したせいなのか、完全に場違いな部外者みたいだった。
新入生の半分が陸斗と同じ小学校出身で、あとの半分は他の三校出身。そのお陰で知り合いが多い。
当然、卒業式に起きた事故を目撃した人もいるし、全国放送のニュースにもなったのでわたしと陸斗はちょっとした有名人だ。
ひそひそと話す声や、興味津々といった目つき。顔を向けると慌てて目を逸らす大人たち。
小学校卒業というハレの日に、両親を悲惨な事故で亡くした哀れな姉弟と思われているのだろう。悔しかった。
隣を見ると、林君のお母さんがすごい形相で誰かを睨んでいた。
視線をたどると受付時、事故を知らない他校出身の人たちに、ご丁寧にひそひそっぽくしながらも、声を大にして説明していた二人組のおばさんがいた。しかもわたしを指差した、失礼極まりない化粧の濃いおばさんだ。
林君のお母さんがあまりにも怖い顔をしていたので「空君のお母さん?」と声をかけた。せっかくの入学式なのに息子の入場に気付いてない。
林君のお母さんは「ああいう人間にはなりたくねーな」と吐き捨ててから、わたしと目を合わせると「気にしないのよ?」と優しく笑ってくれた。
林君は二人いる。
一人は陸斗と仲良しの空君。小四の時に転校してきた、水泳とサッカーをやってる、人懐っこくて、明るく元気なスポーツ少年。
もう一人は空君のお兄ちゃんで、わたしと同じ学年の海君。わたしが中二の時に転校してきて、一年間だけ同じクラスになったけど、静かな男の子でほとんど話したことがない。わたしとは別の高校に行ってる。
今回、残念ながら林君と陸斗は別々のクラスになった。これまで仲良しだったけどこれからはどうなるだろう。中学に入ってクラスや部活が違うと接点が減ってしまうので不安だ。
「ねぇ由美香ちゃん。おばちゃんね、今夜はご馳走作るんだ。よかったら食べに来ない?」
優しい申し出だったけど、少しだけ考えて断った。
陸斗が行きたいと言うか分からなかったし、林家の家族団欒に交じるのも、見せられるのもちょっと辛いから。
「じゃあおすそ分け持っていくね」
「ありがとうございます」
コンビニでお弁当買うからいらないとは言えなかった。なんとなく虚しい。
驚いたことに、すっかり少食になってコンビニ弁当を残してばかりだった陸斗が、林君のお母さんがおすそ分けしてくれた巻き寿司と唐揚げとポテトサラダを、わたしの分まで全部食べてしまった。
「そんなに美味しかった?」と聞いたら、「手作りは久し振りだったから」と言った陸斗は、念の為に買った小さ目のコンビニ弁当には全く手を付けずにソファーに寝転んだ。
わたしはショックだった。
林君のお母さんが作った料理が食べられなかったからじゃない。陸斗が食べて満足していることがショックだった。
わたしは食べかけのコンビニ弁当を見下ろす。
代りばえのしない弁当。
時々食べると美味しいのに、最近はむりやり口に押し込んでいた。
わたしは冷たいゆで玉子を咀嚼しながら、スマホで「簡単、美味しい、夜ご飯、レシピ」と検索していた。