シスコン
退院してから自宅に戻ったら、退院祝いに陸斗がケーキを焼いてくれていた。
買ってきたんじゃなくて、焼いてたの。
生クリームが添えられたガトーショコラ。
「意外と簡単だよ」って。さらっと言われて。退院祝いなのにちょっと凹んだ。
家事能力はわたしよりも陸斗が高いってのは分かってる。張り合おうとすら思ってない。
けどね。お雑煮もバレンタインデーのチョコクッキーも、わたしなんかが作るよりはるかに素晴らしいって分かっていても、お店で買ったと言っても疑わないようなガトーショコラが紅茶と一緒に出てきたら、実力の差を目の当たりにさせられた気分になってもおかしくないよね?
しかも退院に付き添ってくれた沖田さんにはホールで渡して。ちゃんと箱に入っていたから、沖田さんも買ってきたものだって思って。陸斗が焼いたと知って言葉を無くしてたよ。
お腹を切ったと言っても傷跡は小さい。二週間ちょっと入院したけど、運動とかしなければ普通の生活ができる。
「由美香ちゃん、退院おめでとう!」って、いつの間にかやってきた林弟と三人でケーキを食べて、夕食も三人でお好み焼きを焼いて楽しく過ごした。
「入院中は陸斗と一緒にいてくれてありがとう。改めてお礼に行くからお家の人にもよろしく伝えてね」
9時前には林弟にお別れをして、お風呂に入って寝る時になってから。わたしの部屋に陸斗がやってきて「今日から一緒に寝るから」って、わたしのベッドの横に布団を敷き出した。
「は? なんで? もう中学なのに?」
何を突然。一体どうしたの? ってびっくりしている間に、陸斗は散らかった部屋を片付けてお布団を敷いてしまった。
「姉ちゃんが心配だから」
「いやぁ……ありがたいけど、あんなこと滅多にあることじゃないし。自分の部屋に戻りなよ」
「やだよ。姉ちゃんが死んだらどうしてくれるんだよ」
「どうしてくれるんだよって……」
「俺は姉ちゃんが心配で一人で寝られない」
それはまぁ気持ちは分かるけど。
腹膜炎って、手遅れになって死んじゃうこともあるって聞いたし。だから陸斗が不安になるのは分かるけど、虫垂切除してるんだから、またなることなんてほぼないんじゃないかな?
「今日は退院したばっかりだから早く寝るけど、明日からはまた受験勉強するから。電気つけてやるから陸斗が眠れなくなるよ」
「アイマスク買ったから大丈夫」
「誰かに知られたらシスコンだって言われちゃうよ?」
「いいよ別に。本当のことだし」
え?
陸斗はシスコンなの?
特にそんなことないと思うんだけどな。
「とにかく一緒に寝るから。何もずっとじゃない。とりあえず俺が安心するまででいいから。電気消すよ」
わたしの返事を待たずに陸斗は電気のリモコンを押した。当たり前だけど途端に真っ暗になる。
「今から友達にチャットで連絡入れようと思ったのに」
「こんな時間に迷惑だろ。明日にしなよ」
陸斗は親みたいなことを言う。
「おやすみ」と強制終了されちゃったので、「おやすみぃ」と返してわたしも布団に潜り込んだ。
陸斗と一緒に寝るなんていったいいつぶりだろう。
陸斗がまだ幼稚園で、ベッドじゃなくてフローリングにお布団を三つ敷いて。家族4人で転がっていた記憶が最後かな。




