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泣いてる大人


 教師っていうのは沢山の生徒を相手に忙しく動き回っている印象しかない。だから静かに佇んで窓を打つ雨を眺めている小野川先生に声をかけるのが躊躇われた。


 小野川先生は、両親が事故で亡くなって真っ先に駆けつけてくれた人だ。

 何をどうしたらいいか分からないわたしに、内緒で陸斗の担任になることを教えてくれて、今後も関わってくれるのだと知って安心させてくれた。


 親が事故で亡くなったからって過剰に特別な扱いはされてないと思う。だけど異動するまでの1年間、担任として陸斗を見守ってくれて、わたしのことも気にかけてくれていた。


 ゆっくり大人になればいい、ずっと教え子だって言ってくれた先生。

 何かあったら頼れる大人で、先生なのに砕けた口調で話しちゃうくらいの距離を許してくれる先生。

 わたしが中3の時は、クラスのみんなにとってお兄さんって感じで接してくれて、悩みを相談する子も多かった。


 なのに今私の前にいる小野川先生はとても弱々しく見えて。暗い窓の向こうに降り注ぐ雨に打たれてびしょ濡れになってるんじゃないかと錯覚するほどだ。


 何かあったんだと分かる。きっとお祖父さんに関わること。

 一人で居たいかな? 声をかけたほうがいいのかな? って見つめていたら、先生がおもむろにこちらへ顔を向けた。


「日向?」


 すっごい力のない声。

 わたしは何も知らない子供のふりをして「先生どうしたの?」って無邪気さを装おうとしたけど、声に明るさをのせることができなかった。


 むりやり口角を上げただけのわたしに、「実は先生落ち込んでるんだ」って、小野川先生は前髪をくしゃっとかき上げるようにして笑った。


「一緒にいてあげなくていいの?」

「今、綺麗にしてもらってる最中」


 ああ、やっぱりそうなんだ。

 わたしは点滴スタンドをぎゅっと握りしめだ。


「近くにいなくていいの?」って聞いたら、先生は長く息を吐いた。


「先生泣きそうで。男は泣くなって育てられたからなぁ」って、照れたように笑うけど、涙を流してないだけで、先生自身は泣いてるようにしか見えない。


「一緒にいれる時間って限られてるよ。わたし経験者。あっという間だよ。一緒にいた方がいいよ」


 わたしは握りしめた点滴スタンドを押して先生の側に行くと腕を掴んだ。


「一緒に行ってあげる」


 手をつないでぐいっと引っ張ると先生は簡単に引っ張られる。そのまま数歩行った所で、繋いだ手をそっと離された。


「ごめん、日向。お前はこんなもんじゃなかったんだろうな」


 小野川先生は手のひらで顔を覆ってわたしから背けた。


「人と比べることじゃないよ。悲しいことに優劣なんてないし。こんな時に泣かなくていつ泣くの?」


 先生だから、大人だからって特別じゃない。普通に生きているただの人で、大切な人の死に悲しみを抱く。


 先生は肩を震わせていたけど、しばらくしたら「ちょっと行ってくる。病室まで送ってやれなくてごめんな」って、赤い目で笑った。


 わたしは先生の事情を知らないけど、泣くなって育ててくれたのはお祖父さんなんだろうな。

 先生にとってお祖父さんはとても近くて大切な人で、心構えをしていてもいざ亡くなってしまうと悲しくて、側にいるのも辛くなちゃうような関係だったんだ。


 でもこのあと一緒にいられる時間って本当に少ない。あのボタンを押した瞬間から縋る人は消えてしまうんだもん。どんなに辛くたって、大切なひとならほんの少しでも絶対に側にいたほうがいいって思った。

 



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