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病院のコンビニで


 受験生なのに二週間も入院することになって焦ったけど、パソコンと教科書と参考書でいっぱいになった鞄のお陰で、勉強にかんしてはそれほど落ち込むことがなかった。


 学校の勉強が遅れることが心配だったけど、友達たちがノートの写真を撮って送ってくれたので、教科書と照らし合わせて、時には便利なお勉強動画を検索して。入院生活は意外にも充実していた。


 することと言えば勉強位しかない。

 もちろんサボろうと思えばパソコンもスマホもあるので暇つぶしの方法は無限大だ。

 だけど、鞄が名実ともに重たいのだ。

 林兄がわたしに必要だと選別したものは、本当に必要なもので。不思議なことにプレッシャーではなく、やらないと林兄に対して恥ずかしいなって気持ちがあった。


「お腹切ったのに勉強してるとか、由美香ちゃん凄すぎ。俺なら腹痛いって言って堂々とさぼるな」


「サボった分だけ自分に伸し掛かるんだろうけど」と、お見舞いに来てくれた希君が笑っている。

 希君は最近になって受験に本腰を入れたようで、たまにあった遊びのお誘いはすっかりなくなっていた。


 陸斗は平日来ることができないけど、毎日チャットで会話してる。

 傷の具合やご飯を食べたのか、必要な物はないのかと心配してくれるけど、絶食とお粥の期間が終わってからちゃんと食べてるし、洗濯も病院のランドリールームがあるし、突発的に必要なものがあったら外来にあるコンビニで買えちゃう。


 沖田さんは1日置きに様子を見に来てくれて、林君のお母さんからは陸斗情報がチャットで届いていた。

 わたしの入院生活は沢山の人に支えられて無事に終わりそうだ。


 退院が近づいてくると気分転換に病院内をうろつくようになった。

 そう言っても病室とコンビニの往復程度なんだけど。点滴スタンドを転がしながら1日2回はお世話になってる。


 夕食後、甘いお菓子を買いに出向いたそのコンビニで、わたしは思わぬ人に会った。


「小野川先生?」

「日向?」


 お互いに声を揃えて「どうしたの?」「どうしたんだ?」って。


「わたしは虫垂炎からの腹膜炎で入院してるの。先生は?」

「俺は祖父のお見舞。って日向、腹膜炎って重病じゃないか。歩いてないで座ろう。ほら、あっちに椅子があるからおいで」


 重病だと焦る先生の様子がなんだかおかしくて笑ってしまった。


「大丈夫だよ。暇つぶしと体力が落ちないようにするために散歩してるんだから」

「いや、でも腹膜炎だろ? 腹切ったんだろ?」

「もう塞がってるし。駄目ならうろつくのを医者が許可しないよ」

「それでも座ろう。ジュース奢ってやるから座れ」


 小野川先生はわたしを座らせるとコンビニに向かいかけて、慌てて戻ってきたかと思ったら「なに飲みたい?」って。

 頼りになる先生だったのに、腹膜炎って聞いただけでこんなになるなんて。なんか面白い。


「ジュースよりプリン食べたいです」


 希望通りお高いプリンを買ってくれた。

 小野川先生は今年から別の中学に異動になったので、陸斗の担任じゃなくなっていたから久し振りに会った。


「先生のお祖父さんは何で入院してるの?」

「もう年だから色々な」


 あ、ちょっと寂しそう。これはあんまり良くないな。これ以上聞くのはやめたほうがいいのかな?


「お前が入院してるってことは、陸斗は一人なのか?」

「林君が泊まりに来てくれてるって。ご飯も林家でお世話になってるみたいで。けっこう楽しそうにしてるよ」

「中2男子が二人でか。それは楽しいだろうな」


 笑ってるけどなんだか寂しそうだった。


「先生は毎日きてるの?」

「平日は仕事終わってからだからだいたいこの時間にきてるな。日向が入院してるなんて思いもしなかったよ」

「だよね、わたしもだもん。わたし暇だから、また会えたら話してもいい?」

「もちろん」


 翌日、わたしはまた小野川先生と会えるかなって思いながら、夕食後コンビニのあたりをうろついたけど会えなかった。


 ちょっと残念に思ったけど、中学の先生は忙しいからお祖父さんのお見舞いに来れない日もあるだろう。

 点滴スタンドを押しながら散歩がてら暗い外来の待合を歩いていると、緩くロープが張られて閉鎖されたカフェルームがあって、そこに人がいることに気付いた。


 小野川先生だった。

 先生は両手をズボンのポケットに突っ込んで暗い窓の外を見つめている。いつの間に降り出したのか、窓は雨で濡れていた。





 

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