模試
六月末、成績不振に悩んでいた。
何ができないかって。定期テストも模試も英語が破壊的に駄目なのだ。
もともと英語は苦手だったけど、定期テストでは範囲があるのでどうにか平均点以上をキープしてきたのに、3年になってから長文で全く点数が取れなくなったのだ。
全国的に有名な予備校の録画授業を自宅で受けている。集中力が切れてスマホに手を伸ばしたりもしてない。お陰で理系分野は伸びているけど、英語は定期テストも模試も下がっていく一方だった。
土曜日の午後、面談に出向いた先の予備校で「ちょっと危ないかも。定期テストでできていた所が模試では出来なくなっている」と、面談の先生が「どうしてだろう」と首を傾げていた。
目一杯頑張ってる。遊ぶのもやめて規則正しい生活をして、録画授業でもそのときは分かった気になっているけど、いざ問題となると理解できない。
「授業を増やしますか? 時間的に無理なら志望校を下げることも視野に入れたほうがいい」と言われてしまい、落ち込んで帰宅していたら林兄に会った。
「どうした、死にそうな顔してる」
林兄はスマホをポケットにしまってわたしの顔を覗き込んだ。そんなに酷い顔をしているのか。見られたくなくて顔を背けたら手首を掴まれて引っ張られた。
連れて行かれたのは近所の公園のベンチ。夕闇迫る中、小学生の男の子たちがサッカーをしていた。
「ここに座れ」と促されてベンチに腰を下ろすと、林兄が隣に座って「何があった?」と聞いてきた。
「林君って、模試の結果はどう?」
「そんなことを聞いてどうする。俺の結果が悪ければほっとして、よければ落ち込むのか?」
林兄は人と比べても意味がないと言いたいのだろう。そんなの分かってるよ。だけど悪いと言われたら林君もなのかとほっとするし、良いと言われたらさすがだなぁと感心する……だけじゃ済まないかもしれない。
わたしはため息を吐いてから彼の質問に答えた。
「成績が下がる一方で。理系科目は上がってるんだけど、英語が全然駄目で落ち込んでる」
「どの程度の駄目なんだ?」
恥ずかしかったけど、定期テストと模試の結果を正直に伝えると、林兄は「下がるってのは、根本から理解できてないのかもしれないな」と呟いた。
多分、と言うか。絶対にそう。英語の長文なんてやってもやってもこんがらがってわけが分からなくなる。
「志望校を変えたほうがいいんじゃないか?」
「それは無理。家から通えなくなるのは嫌なの」
陸斗と離れるわけにはいかない。一緒に住めないとなると、陸斗は施設預かりになる可能性があるのだ。
「これから挽回できるのか?」
「するしかないんだけど、どうしたらいいのか分からないよ」
何度も録画授業を聞いてるけど、授業は理解したつもりなのに別の問題になると駄目なのだ。
頭は痛いし、夜は眠れなくて寝不足だし、成績が下がることがとてつもないストレスになってる。
怖くて勉強が辞められないのに、問題が解けなくてもっと怖くなってしまって気分が浮上しない。
「私立を受けると言ってなかったか?」
「本命は国立だもん。学部は違うけど林君と同じ国立」
「でも今から国立に受かるだけの点数まで上げるのは至難の業だぞ」
「分かってる。でもやらないと」
林兄は頑張ろうとしているわたしに向かって「無理だな」と言い切った。
「無理じゃないよ!」
「いや、今のお前じゃ無理だ」
林兄はいつもの調子ではっきりと言い放つ。わたしは悔しくてぐっと唇を噛んだ。
「何が無理なの、できるよ。夏休みもあるし」
「夏休みは受験生全員が気合い入れて点数上げてくるんだ。今のお前に太刀打ちできるとは思えない」
「なんでよ。同じ受験生じゃない」
「飯食えてないだろ。お前は頑張り過ぎてるんだ。国立は第二志望にして、第一は私立にしとけ」
頑張ってるのはわたしだけじゃない。受験生のみんながそう。なのにわたしだけ伸び悩むのはどうしてなのか。
まだ時間はあるのに、やってるのに分からないのなら才能がないから諦めろって言われている気分になる。
「私立とかあり得ないし」
「じゃあ国立のランクを下げろ」
「家から通えなくなるじゃない。陸斗を一人にするわけにはいかないんだからね!」
「陸斗のせいにするな」
「してないよ」
「してるだろ。自分のせいで姉が死にそうになって勉強してるなんて、陸斗が可哀相だって分からないのか?」
「そんなこと思わないよ」
出来なくて辛いんだなってくらいは思うだろうけど、自分のせいだとか思うはずがない。だって家から通える国立に行きたいのはわたし自身なんだから。
「お前の気持ち、陸斗は分かってるぞ」
林兄は静かに言った。
「二人きりなんだ。陸斗はいつだってお前を気にしてる。俺だって空と二人だったら怖い。別の意味で今の国立を選択したと思う。学部も変えたかもな」
顔を上げると林兄はわたしを見ていた。しっかりと焦げ茶色の瞳がわたしに向けられている。
「なにも国立を受けるなって言ってるんじゃない、第一志望のランクを下げるか私立にしろって言ってるんだ。受験でお前が壊れたら陸斗が辛くなるんだぞ。立場を逆にして考えてみろ」
わたしって壊れそうなんだろうか。
確かに成績が下がって焦っているし、志望校が危ないって言われて落ち込んでた。模試の結果が受けるたびに最低点を更新して。危ないどころじゃない、受けられないレベルだ。
それでも今から頑張れば大丈夫って言葉を期待していたのに危ないって言われてしまった。
「わたし、死にそうな顔してる?」
林兄が深く頷く。
そうか。死にそうなのか。
こんなんだと確かに心配されちゃうな。陸斗は言葉にしないだろうけど、心配しないわけがないんだ。
「頑張るなとは言わない。けど頑張りすぎるな。お前は俺と違って陸斗のことも考えてやらなきゃいけない状況なんだから余力を残しておけ。国立のランクを下げて自宅から通えないのが心配なら、その時は俺が陸斗とお前の家に住んでやる」
林兄は「気持ちを楽に持て」と言ってから立ち上がった。
「帰るぞ。遅くなると陸斗が心配するだろ」
サッカーをしていた小学生たちも帰っていくようだ。
促されて立ち上がる。気持ちの重苦しさが少しだけなくなったように感じた。




