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ホワイトデーと一周忌



 恋人同士じゃなくなったけど希君とは付き合いが続いてる。琴音ちゃんと同じ立場になって、友達として遊びに誘われるようになった。


 わたしは「彼女はいないの?」と時々聞くようにしている。希君に彼女ができたら誘いにのらないからだ。


 喧嘩別れした訳じゃないうえに、希君の背景を知ってしまって邪険にできなくなったというのもある。「恋人じゃなくても由美香ちゃんなら俺のこと見捨てないって信じてるんだよね」って笑顔で言われた時は見捨ててやるって思ったけど、「駄目かな?」って悲しそうに誘われてしまうと、負担にならない時はのってしまっちゃうのだ。


 ホワイトデーを前にした土曜日。希君がマシュマロをもって突撃訪問してきた。

 陸斗が林弟と出かけていて家にいないので、絶対に家にあげることはできない。だから玄関先で受け取っていると、希君の後ろから林兄が現れる。


 希君が「誰?」と顔を顰めたけど、林兄はマイペースに手提げのビニール袋を差し出すと、「ホワイトデーのお返し」と言って押し付けた。


「由美香ちゃん、俺以外にもあげたの!?」と希君。林兄は希君を一瞥すらせず「じゃあ渡したから」と帰ってしまう。わたしは慌てて「ありがとう、みんなによろしく伝えてね!」と声を上げた。


 林兄からの反応はなかったけどちゃんと聞こえたはずだ。ずっしりと重たいビニール袋の中を確認すると赤い紙袋が入っている。取り出すと甘栗だった。


「ホワイトデーに甘栗? なんで?」と希君が首を傾げた。わたしは「なんでだろうね」と一緒に首を傾げたけど、甘栗はわたしの大好物のうちの一つ。林君のお母さんが選んでくれたのだろう。とても嬉しかった。


「由美香ちゃん、あいつにもチョコあげたんだ?」

「近所に住んでるの。彼のお母さんにお世話になってるから家族みんなにあげたんだよ」

「ふーん。もしかして同じ年?」

「そうだよ。駅まで送るね」


 希君は林家のことを色々聞いてきたけど適当に切り上げて希君と駅まで歩く。


「このまま遊びに行こうよ」

「今日は駄目。お財布も定期もスマホ持ってきてないし」


 誘われても行けないのであえて持ってこなかったのだ。

 普段やってない片付けや掃除もしないといけない。さぼるのは余程じゃないと駄目だ。今のわたしは陸斗の信頼をこれ以上裏切っちゃいけないって気持ちが強い。


 手を振って希君を見送ったあと、「はぁ」と息をついて現実に戻る。

 来週は父と母の一周忌だ。

 沖田さんが来てくれることになってる。わたしと陸斗は一周忌とか三回忌とか、そういうことも知らなくて、ただ命日なんだと受け止めるだけだった。


 一周忌は沖田さんが手配してくれたお坊さんがやってきてお教を唱えてくれた。何と言っているか分からないお教を聞きながら、わたしはぼんやりとあの日を思い出していた。

 隣を見ると陸斗はじっと前を見つめている。ぎゅっと拳を握りしめていた。


 陸斗の拳に手を伸ばすと強い力で握りしめるように繋がれる。

 きっと陸斗もあの日、あの時を思い出しているんだと思った。

 

 大きくなった手。背もぐんぐん伸びてわたしを追い越した。

 だけど陸斗はわたしよりも四つも下で、まだ中学一年生。なのにこんな思いをしなきゃいけないなんて。

 事故を、加害者を恨んでもどうしようもないけど、どうしてわたし達のお父さんとお母さんだったのだろうと思ってしまう。


 お教が終わってお坊さんの説経があったけどほとんど頭に残っていない。それよりも沖田さんから「この一年、よく頑張りましたね」と言われて涙が溢れてしまった。


 あと一年、わたしが成人すると沖田さんの手を離れる。陸斗と二人で生活するのは変わらないのに、支えてくれる人もいるのに途端に怖くなった。


 支えてくれる人もいる。たけどわたしと陸斗が無条件で信頼して信じられるのはお互いしかいないのだ。伯父はいてもお葬式で会っただけの他人。

 こんなに親身になってくれる沖田さんも知り合ってたったの一年だ。弁護士で、未成年後見人という立場の大人の男性。


 ちょっとだけ。本当にちょっとだけだけど、今になって希君がわたしを選んだ気持ちが分かるような気がした。

 きっと希君は小さい頃から度々こんな気持ちになっていただろうな。



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