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希君の過去



「保育園の時にね。母親が迎えに来てくれなくて。暗くなるまで先生とストーブの前で遊びながら待ってたら、かなり遅くなってから遠くに住んでるはずの伯母が来てくれた。以来母親は行方不明。未婚の母でさ。母の姉夫婦が養子に迎えてくれて、それが今の俺の家族ってことになってる」


 母親に捨てられたのだと、何でもないことのように笑って話す姿になんとも言えない辛い気持ちがこみ上げてきた。


 お友達がみんな帰宅しても、希君だけが先生と母親を待っていた。お友達はみんな保護者と帰ってしまって。きっと不安だったと思う。


「伯母さんたちと上手く行ってないの?」

「上手く行ってるよ。でも俺はむりやり入り込んだんだって気持ちが消えない」


 本来なら伯母さんの家庭に招き入れられる予定じゃなかった。希君が母親に捨てられたから引き取られた。彼らの家庭に入り込んだのだと希君は言う。


「今の家族とは三人が優しいから上手くやってるけど、やっぱり本物じゃないんだ。だから外に出て俺は自分の家族が欲しかった。琴音ちゃんはね、幸せな家庭の子だから俺の気持ちを本当の意味では理解できないし、何よりも家族がいたから」


 そう言って希君はわたしを見ると、ちょっとだけ躊躇って「そんな時、由美香の両親が死んだって聞いたんだ」と言った。


「弟がいるけど、突然親がいなくなって俺と同じ気持ちなんだろうなって思うと嬉しかった。由美香なら俺の、俺だけの家族になってくれるって思ったんだ」


 え、なにそれ。じゃあ希君は「父と母が死んだからわたしに告白したの?」

「由美香のことは前から可愛いって思ってた。付き合えたらいいなって思ってたけど、告白したのはその通りだね」

「酷いね。酷過ぎるね」


 母親の失踪が幼い希君に大きな傷を残したんだろう。だから常に人に囲まれていたくて、ひとりぼっちが寂しくて。一人になるのを恐れているのかもしれない。


 だけどさ。わたしのことを好きだったとしても、告白のきっかけが父と母の死だなんて酷すぎるよ。


「ごめんね。ずっと由美香と二人でいたいと思ったんだ。由美香なら俺だけの家族になって、俺だけを見て、俺を捨てないでくれると思った」


 わたしには陸斗がいるもの。

 いずれ大人になって結婚して家庭を持っても、わたしと陸斗が姉弟だってことに変わりはない。

 だけどこれを希君に言うのは酷だろう。


「わたしじゃ希君の寂しい気持ちは埋めてあげられない」


 親がいないのは同じ。

 だけどわたしには陸斗がいる。陸斗とは、陸斗が生まれた時からずっと一緒。


 希君は伯母さん夫婦が親になって従兄が兄になった。幼い頃から親子として生活したのに、希君は彼ら親子三人の生活に入り込んだ異物だと自分自身を思っているのかもしれない。

 もしかしたら捨てられるような自分が、幸せな家庭に存在することに疑問を持ったのかも。しっくりこないと感じているのかも。


 親がいなくて寂しいし悲しい。負の感情にどっぷり浸かったら抜け出せなくなるって分かってる。だからわたしと陸斗は前を向くしかない。


 きっと希君も前を向いてるんだろうけど。母親に捨てられたって思っているから、同じく親を亡くしたわたしに執着したんだ。

 だけど、「わたしじゃ希君の傷を癒すことも、孤独を埋めることもできないよ」。

 

「ごめんね」って謝ったら、希君は「うん、分かった。俺の方こそごめん」と言って、わたしをぎゅっと抱きしめた。





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