生活の乱れ
林兄は過保護だ。兄弟の中に女の子がいたら絶対に過保護になってる。
真っ暗の遅い時間になって帰宅するならまだしも、大勢の人が帰宅する時間帯に危険なんてそうそうない。あの女の件があったので楽観視できないのは分かるけど、林兄の心配は過剰だ。
わたしの安全を蔑ろにする彼氏って、希君にそこまで求めるのは絶対に間違ってる。
同じ高校生で、帰宅の方向が真逆で、ちゃんと暗くなる前……最近は日が沈むのがすっかり早くなったけど、下校デートで寄り道しても19時半には帰宅してる。
何も問題ない、普通のことだと思うのにな。
あの日以来、林兄は同じ電車に乗ることがほぼなくなった。
わたしの帰りが遅くなったのもあるけど、希君に用事があって一人で下校する時も、同じ電車だとしても車両を移ることはなく、自宅最寄りの駅からも3メートル以上離れて後ろを歩いているようだった。
なんだかわたしが悪いことをしている気分になってしまう。でもわたし悪くないよね。希君が女の子と示し合わせて登下校していたら、幼馴染でご近所さんで何もなくてももやっとするだろうし。
でも今日はちょっと、かなり遅くなった。
陸斗には連絡したけど、本来の帰宅予定時刻を大幅に超えてしまって21時を過ぎていた。
明日が土曜で休みというのもあって、帰りに希君と、希君の中学時代の友達とその彼女を交えた四人でカラオケに行ったのだ。
他校の話を聞いたり、大きな声でふざけながら歌ったりして凄く楽しかった。
だけど三人と分かれて一人で電車に揺られる頃には、真っ暗な車窓の風景のせいで途端に寂しくなった。窓には車内の光が反射して、スマホの画面に釘付けのサラリーマンばかりが映し出されていた。
父と母が生きていた一年前なら、学校が終わってそのままカラオケに行くなんて渋い顔をされたに違いない。休日に行く時は笑顔で送り出してくれたけど、夕飯の時間までに帰る約束だった。
カラオケに持ち込んだスナック菓子を食べたのでお腹は空いてないけど、遊んで帰宅しても迎えてくれる父と母はいない。ソファーに寝そべってスマホでゲームをしていても、自動でご飯が出来上がるなんて時は終わってしまったのだ。
住宅街には明るい光が溢れている。家族団欒の声が聞こえてくることもある。そんな家の前を早足に通り過ぎてようやく帰り着いた。
「おかえり」と玄関で迎えてくれたジャージ姿の陸斗は、食べかけのカップラーメンを手に持っていた。
わざわざ玄関に出てくるなんて。帰宅が遅くて不安にさせていたのだと実感した。
「遅くなってごめんね。調子に乗って歌いすぎちゃった」
「別にいいよ。連絡くれたんだし。友達は大事にしろって、お父さんとお母さんも言ってたしね」
彼氏ができたことを陸斗には言ってない。今日も友達だと伝えた。大して変わらないと思っていたけど、今日は罪悪感があった。
最近は帰りが遅くて掃除やご飯を作る当番をサボってしまっているからだろう。なのに陸斗はわたしを責めないし、ひとつも文句を言わない。
育ち盛りの中学一年生。平日の夜ご飯がカップラーメンだなんて。今日陸斗は部活後あって中華を作ると言っていたけど、大した量は食べてないだろう。
わたしが中一の時……高一の三月までは、母がいろんな栄養満点の温かい料理を作ってくれていた。わたしは数か月前までそれを何の疑問もないまま食べていた。陸斗よりもずっと長く、父と母の恩恵にあずかっていたのだ。
「ごめんね。明日は早起きして掃除と洗濯と料理やるから」
「洗濯は溜まってたからさっきやっといた。あとは干すだけだけど明日は雨らしいから、姉ちゃんが風呂入ったらもう一回洗濯機回して、乾燥させにコインランドリー行かない?」
「うん、分かった。そうしよう。夏物で洗ってないのもこの際だから片付けちゃおうよ」
「それ姉ちゃんだけ。さっき姉ちゃんの部屋みたらぐちゃぐちゃでびっくりした」
「一ヶ月掃除機かけてない」
「虫湧いてんじゃない?」
「怖いこと言わないで!」
陸斗からコインランドリーに誘われて嬉しくなるなんて。
わたしは急いで放置していた夏服と、制服のブラウスや下着やらを洗濯機に放り込んで運転させる。その間に急いでお風呂を済ませて、陸斗と二人で重い洗濯カゴを持って、近所にあるコインランドリーに向かった。




