彼氏
十七歳にして初めて彼氏ができた。
隣のクラスの秋吉希君。
わたしよりも背が高くて、イケメンの陽キャな彼は、一年の頃からわたしのことを気にしていたらしい。
わたしの何が良かったのか分からないけど、かっこいい男の子に「付き合って」と告白されて舞い上がってしまったわたしは、友達たちの後押しもあってすぐにOKの返事をしてしまった。
告白されるまで彼のことをほぼ知らなかったけど、顔と明るさと人当たりの良さで人気者らしく、彼のまわりには自ずと人が集まっている。
そんな人気者の希君と付き合うことになっても、女子から妬まれるとか意地悪されるとかもない。
友達が他校に彼女がいたという噂を聞いたらしいけど、本人に確認したらずっと前に別れたのだとかで、二股とかでもない。
わたしは突然できたカッコいい彼氏の存在に照れつつも、久し振りに気分が高揚して幸せな気持ちになっていた。
下校時。友達と一緒か一人で駅までが常だったのに、付き合い始めた日からは希君と二人で下校することになった。
電車は上りと下りで一緒ではないけど、好きなことやはまっていること。希君の家族のことや中学時代の話をしながら二人肩を並べて歩く。
時々電車を一本遅らせることもあった。浮かれていても林兄に連絡するのは忘れない。
スマホを覗いていた希君が「林兄って誰?」と聞いてきた。
「ご近所に林さんって一家がいてお世話になってるの。なにかと心配してくれてるから、迷惑かけないように連絡してるの」
「ふーん」
兄だから男性だというのは分かっただろうけど、追求されなかったので同級生だってことはあえて伝えなかった。
なのに数日したら林兄の存在を希君に指摘されてしまった。「一緒に帰ってるんだって?」って言われて、「ご近所さんだから、同じ電車に乗ると必然的に」と答える。
確かに林兄とは同じ電車で帰宅している。一緒の電車に乗っていても会話なんてほぼないけど。
林兄はスマホに表示された英文に釘付けだし、わたしは邪魔をしないようにただ黙って流れる風景を眺めていた。
家の前までず〜っと無言で、相変わらず顔も見ずに「じゃあ」で別れる。
それでも同じ電車に乗るように示し合わせているから、一緒に帰っていると言えるだろう。
「俺以外の男と一緒に帰るとかやめて欲しいんだけど。由美香だって、俺が他校の女の子と示し合わせて帰ったら嫌な気分になるよね?」
希君の言うことは尤もだ。だから林兄には断らなくちゃいけない。
どことなくもやっとしたものを抱えたまま、わたしは林兄にチャットで彼氏ができたことと、彼氏がいるのに林兄と下校するのはよくないから辞めることを伝えた。
既読はついたものの、林兄からの返信はなかった。
わたしは希君と別れて、一人で電車に揺られて帰宅する。いつもの車窓の風景がなんでか寂しく感じた。
駅に着くと林兄がいた。確実にわたしを待ち伏せしていた。
わたしと林兄は無言で帰路に着く。
林兄はわたしの3メートル後ろを歩いていたけど、自宅前に差し掛かると別れ際に、「お前の安全を蔑ろにするような男が彼氏でいいのか」と投げかけた。




