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熱中症


 九月末。

 陸斗が運動会の練習中に倒れて救急搬送されたと連絡があった。

 

 陸斗の担任の小野川先生から高校に連絡があって、わたしの担任の長谷部先生が取り次いでくれた。

 

「意識もあって、医者からは大丈夫と言われた。今は点滴中で、このまま様子を見て問題なければ退院になる。どうする? 日向が来るなら保険証を持ってきてくれると二度手間にならないけど」


 他にも熱中症で運ばれた生徒が何人かいるらしい。陸斗は、わたしが行くにはちょっと不便な病院に運ばれていた。

 だから小野川先生は一度で済ませられるならと考えてくれたんだろう。わたしは「行きます」と返事をして、午後の授業が始まる前に高校を早退した。


 保険証とお金を取りに一度家に帰る。林君のお母さんを頼ろうとしたけど不在だったので駅に戻った。


 病院の最寄り駅からタクシーに乗って二十分。タクシーの中で林兄に、帰りはいつもの電車に乗らないことをチャットで連絡した。


 病院の受付で救急搬送されたことと名前を言ったら、看護師さんが来て案内してくれた。

 陸斗と同じ体操服を着た女の子と、彼女の母親らしい人と廊下ですれ違う。


 看護師さんに連れられて処置室に入ると、四台並んだベッドの一つに白い顔色をした陸斗がいた。点滴パックの液が三分の一位になっている。

 傍らには小野川先生。

 先生は丸椅子から立ち上がると「管理不足で申し訳ありませんでした」とわたしに頭を下げた。わたしも「こちらこそご迷惑をかけました」と深々と頭を下げた後、陸斗に「大丈夫?」と聞いた。


「あの程度で倒れるとかショック」


 陸斗は腕で顔を隠して大きく溜息を吐いた。

 去年までサッカーをやっていて、練習で毎日五キロ位は走っていた。夏も真っ黒になって試合にも出ていた。だから悔しいのだろう。それ以上なにも言わない陸斗を見ていて胸が痛む。


 父と母が生きていたら、陸斗はサッカーを続けていたに違いない。わたしの家事能力が高かったら家庭科部に入らなかったかもしれない。

 外を元気に走り回って、運動が得意だった。

 一見するとそうは見えないけど、わたしが知らないところでいろんなことを思って、様々な我慢や葛藤があるに違いないのだ。


 わたしは小野川先生と廊下に出る。先生が沖田さんにも連絡を入れた事を教えてくれた。


「また迷惑かけちゃうな」


 思わず漏らしたら、先生はわたしの頭をぽんと優しく叩いた。


「後見人だから知らせない訳にはいかないからな。迷惑とか考えるな。ただ忙しくて迎えには来れないそうだ。陸斗の状態も悪くないし、後はこちらで責任を持つことになったから」

「先生色々ありがとう。はぁ……早く成人したい」


 そうしたらわたし達だけでちゃんとやれるのに。何か問題がある度に沖田さんや他の大人に迷惑をかけていたら、優しいその人たちにいつか厭われるんじゃないかと不安になる。


「なぁ日向。迷惑かけるとか、人に頼らないとか。そんなことばかり考えるな。もっとゆっくり大人になればいいんだ」


 わたしはあと一年で十八になる。高校生でも成人だ。だから沖田さんは現実的なことをわたしに教えてくれている。なのに小野川先生はゆっくり大人になれと言う。


「ゆっくりなんて。時間はあっという間に来ちゃうのに」


 下を向いて零した声に、小野川先生は少し間をおいて「そうかもしれないが」と続けた。


「俺からすると日向も陸斗もまだまだ子供で、ずっと教え子だぞ」

「先生って何歳だっけ?」

「二十六だ」

「新任で来て四年目だよね。来年もいてくれる?」

「それは分からん」


 新任の先生は三年目で異動になると聞いたことがある。長くても五年とか。小野川先生はわたしが中二の時に新任として赴任してきたからもう四年目だ。来年はもう別の中学に行ってしまうかもしれない。

 知っている人がいなくなってしまうのは寂しい。

 不安に思っていると、小野川先生はわたしの頭に大きな手をのせて、今度は二度、ぽんぽんと優しく撫でるようにたたいた。


 点滴を終えた陸斗は顔色は変わらず白いままだったけど、ふらつきもなく自力で歩いた。

 わたしと陸斗は小野川先生の車で自宅まで送ってもらった。

 病院から家まで三十分。車だととても便利。早く運転免許が欲しいなと思った。


 家につくと林君……空君が玄関先にいた。

 陸斗のカバンを届けてくれたらしく、日に焼けた元気な姿に胸が痛む。


 家庭科部の陸斗は登下校での日焼けはあっても、サッカーをしていた頃とは雲泥の差だ。

 父と母が生きていたら、陸斗も林君みたいに真っ黒に日焼けしていたのだろう。


 小野川先生を見送った後、わたしと陸斗、そして空君の三人は、手回しのかき氷機を使ってかき氷を作った。


 三人で美味しく食べているとインターホンが鳴る。玄関の扉を開けると、袋にいっぱいの経口補水液を持った林兄がいた。



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