3メートル後ろ
同じ路線なので寄り道させてる訳じゃないけど、林兄の時間を拘束するのは申し訳ない。だからストーカーと言うのは言い過ぎで、父の会社の女性が自宅に来てトラブルになったのだと告げたら、スマホの英文に固定されていた視線がわたしに向いた。
「なお悪い」
「え? 悪い?」
この一週間、視線をスマホに固定したまま、人や物にぶつからず歩ける海君に関心していたけど、真横にいるわたしを見ててもまっすぐ歩いている。いったいどんな技なのか。
わたしの意識が脱線していると気づいたのか「日向」と名前を呼ばれた。
「俺が母さんや父さんに叩かれるのとは理由が違う。大人が他人に、しかも未成年に手を出すとか最悪だ」
「林君、お母さんやお父さんに叩かれたの?」
「小さい時に悪いことをしたらな。今は言われたら理解できるから殴られてない」
へぇ、そうなんだとわたしは声なく頷いた。小さい時は乱暴だったのかな。男の子だからそんなもの? わたしは叩かれて育ってないので分からないや。陸斗も叩かれたりは、わたしが知る限りないな。
「さらにお前自身に危機感が薄いことが最悪だ。実際に警察沙汰になってる。女はすぐにヒステリックになる。そうなったら何をするか分からないぞ」
「女の人がヒステリックになるっていうのは偏見だよ」
「自分の身を守るために都合よく話を解釈したり、集団になるとすごいぞ」
それは海君が経験したことだろうか。ま、そういう女の子もいるかもね。実際にあの女もそんな感じだったし。
「だけど大丈夫。ストーカーなんて言っちゃったから付き合ってくれたんだよね。問題ないよ」
「病院送りにされて何が大丈夫なんだ」
「林君に電車の時間を合わせてもらうのも悪いし」
毎日が定時ではない。課題や発表とか、先生に質問とか。気遣いは嬉しいけど、わたしのせいで海君が自由に動けなくなるのは負担だ。
「たまたま同じ時間なだけで合わせてない」
確かに、同じ路線ならだいたい同じ時間の電車になるんだけどさ。海君は隣りにいても終始無言で英文を読んでるし。
「分かった、迷惑なんだな」
「いや、迷惑ってわけじゃ……」
「明日からは3メートル後ろを歩く」
「ストーカーじゃん!」
お互いに学校の予定がある。早退することもあるだろうし。だったらいつもの時間とずれるなら連絡したほうが心配されないだろう。
海君の気遣いをありがたく受け取ることにしよう。
この日わたしは海君と連絡先の交換をした。




