父の上司
父の会社は初めて訪問する。大きな企業だからなのか美人な受付嬢が三人もいた。
わたしは優しい受付の女性に対応してもらい、父の上司で藤原さんという人に取り次いでもらえた。
藤原さんは五十代半ばの、人当たりの良さそうな男性だった。
広いロビーのふかふかなソファーに隣同士で座って、「お父さんのことで相談があると聞いたけど?」と、穏やかに優しく問われる。
この人もわたしのことを、親を亡くした可哀想な子供だと思っているようだ。もう十七歳なのに、ずっと小さな子供を相手にするような雰囲気がある。
沖田さんのように、短い時間で自立した大人にさせなくてはいけないといった、そんな責任なんてまったく無縁な態度。
それは今のわたしにとってはとてもありがたかった。
「さなって人に会って確かめたいことがあるんです」と、チャットのアイコンを見せた。
藤原さんは「これは誰だろう?」とスマホを覗き込むと、自分のスマホを取り出してチャットアプリを開いて確認していく。
「同じ会社の人だと思うんです。父の周りにさなって人はいませんか?」
「私とは連絡先を交換していないな。うちの会社の人で間違いないのかい?」
「出張の話をしていたので間違いありません」
「出張? 派遣かと思ったが、だとしたら社員だな」
「女性社員とか、派遣の人とか。誰かに確認してもらえませんか。他に頼れる人がいなくて……」
さなと同じ手を使ったが、藤原さんは引っかかってくれなかった。
「確認してもいいけど、どんな事情があるのか聞いてもいいかな?」
別に隠すことじゃない。父はもうこの会社の人間じゃないし、さなの立場なんてどうでもいい。
わたしは父のスマホを取り出してチャットアプリを開くと、保存されている会話文を見せながら相談した。藤原さんの顔つきがどんどん硬くなっていくのを横目で見ながら。
「これは、日向君の極めて個人的な事情だね。私が見ていいものじゃない」と言いながらも、藤原さんの視線はチャットから離れない。
「そうですよね。でもわたしはさなさんに会って、父との関係がどういうものだったのか知りたいんです。年度末、父はわたし達に泊まりの出張だと言っていました。嘘ですよね?」
上司なら知っているはずだが、藤原さんは答えない。
「きっと無断キャンセルになってます。相手に迷惑をかけているのにキャンセル料も払ってませんので、宿泊先も教えてもらわないと」
「いや、キャンセル料とかの問題では……」
「藤原さんが駄目なら、他に頼れる方を紹介してもらえませんか?」
懇願するように上目遣いで見上げると、藤原さんは「由美香ちゃん」とわたしの名前を呼んでから大きく息を吐き出した。
「少し時間をくれないかい? こちらで調べてみるよ」
藤原さんがさなを特定するためにアイコンを欲しがったので、わたしは切り取ったアイコン画像を藤原さんのスマホに転送した。これで藤原さんと繋がったのでいつでも連絡を取り合うことができる。
仕事があるという藤原さんはわたしを近くのカフェに連れて行くと、会計だけ済ませて会社に戻った。
わたしは何度も頭を下げてお礼を言って藤原さんを見送ってから、アイスとホイップとキャラメルソースもりもりの甘いコーヒーを堪能した。