家族の向こう側
わたしは母のスマホに保存されていたチャットのトーク画像を、貪るように隅から隅まで読み漁った。
さなとか言う女は父の部下だと思われる。始まりは「今日はありがとうございました。日向さん以外には相談できなくて…」。
最初の頃は父の返答に節度が見られた。さなを励ます言葉や仕事関連のような会話が続いていたが、そのうち父の文章は絵文字がいっぱいの、浮かれまくったものに変わっていた。
さなとのチャット履歴は二年ほど前からだけど、母の画像にあるチャットの撮影日は今年に入ってから。
母はいつから知っていたのだろう。変わらないように見えたけど、心の中では何を思っていたのか。
二人が言い争いをしている様子はなかった。
父が一方的に持論で母を抑え込んでいたときはあったけど、母はいつも辛そうにしながら耐えていた。
証拠に残していたということは、何かしら行動に移すつもりだったのだろうか。
離婚をするつもりでいたのか。
でも母は午前中のみのパートをしているだけだから生活力はない。
ずっとわたし達の世話に明け暮れていて、パートの時間を増やすような言葉は聞かなかった。
父はどう言うつもりで母を裏切っていたのか。
チャットでは「年度末の旅行楽しみ〜」と出てくるまで、二人が泊まりの旅行を楽しんだ形跡はなく、もしかしたら父は裏切りとは思っていなかったのかもしれない。
「そんなわけあるか!」
わたしは布団に顔を押し付けて叫んだ。
年度末、父が泊まりでいなくなるのは出張の一泊二日だけ。それ以外に見つからないということは、出張は嘘で、さなと二人で行く旅行なのだ。
母はそれを知った時、いったい何を思ったのだろう。
父はわたし達家族を裏切って、その向こう側で何をしていたのか。
「もしかしたら……お父さんのスマホにもなにかあるかも知れない」
思い立ってベッドを降りた時、机の上にある参考書が目についた。
父がわたしのために準備してくれた参考書。わたしはそれを引っ掴むとゴミ箱に投げ込んだ。
リビングでは相変わらず陸斗がスマホをいじっていたが、わたしと視線を合わせると、「もういいの?」と聞かれたので、「平気」とだけ答えて、陸斗の視線を気にしながら、見つからないようにそっと父のスマホを手にして再び部屋に戻った。
結果的に父の浮気は母のスマホの分だけでは済まなかった。
几帳面な父はチャットだけじゃなくて、ずいぶん昔のメールまで仕事と銘打ったフォルダにきっちり分けて保存していた。
女の子と遊んでいたり、メールだけのやり取りだったり。そのほとんどは偽名。
決定的な不倫ではないにしろ、遡れば母との結婚式の日でさえ不特定の相手と恋愛メールを楽しんでいた。
最悪。本当に最悪。これがわたしの父親なのか。
正論で偉そうなことばかり言って、失敗や悪いことは何でも母のせいにしていた父。
厳しいけど優しさもある。自分の思う通りにわたし達を動かそうとするのは、それらが正しいから。わたし達のことを思ってくれているから。
だから理不尽に思っても、悔しくても、自分が悪いのだとどこかでは分からせられた。
そんな父が、裏ではこんな人だったなんて。
これら全てを母は知っていたのだろうか。
確かわたしが小学校に上がった頃、前日まで元気だった母が翌日はベッドから出てこなくて、ご飯も食べれていない日が続いたことがあった。
家事育児を放棄した母に対して父は何も言わず、ご機嫌に陸斗の相手をしていた。わたしも遊んでもらえて嬉しかった。
それでも母が心配だったわたしは、「早く良くなってね」と手紙を書いて渡したのを覚えている。
しばらくすると母は元気になったけど、笑顔が消えて怖かったのを思い出した。
あの頃の父は母にとても優しくしていた。
きっと母はずっと前から知っていて、傷付いて、父も母に謝罪して。
許してもらえるようなことなのだろうか。許せるものなのだろうか。




