みんな色々ある
わたしにとって林兄は異質だった。
やらなきゃいけないのにやれなくて、親がいないからと陰口叩かれたくないのにちゃんとできなくて。
林兄は、抜け出すきっかけがつかめないわたしの鬱々とした感情に入り込んだ。
にこりともしない。黙っていると怒っているみたい。
口を開いても怒ってるような、感情が掴み難い、わたしの周りにはいない男の子。
饒舌なんてまったくない。必要最低限の、少しぶっきらぼうな素っ気ないような物言い。
気遣いなんてなくて、唐突で、こっちの事情やペースなんてお構い無しで。
腫れ物に触るような感覚は、隠されていても感じるものだけど、林兄にはそれがない。
長谷部先生にもないけれど、どことなく面倒そうな、教師の役割だけをとりあえずこなしている感じがしたけど、林兄の声にはそれがなかった。
彼はわたしに勉強を教えてくれる。眉間に皺が寄ってそうだなと思って見てみたけど寄ってなかった。
教え方は淡々としていて分かりやすい。感情の籠もらない淡々とした物言いは耳に心地よくて。問題を解くペンが止まると質問してくれて、何がわからないのか見つけてくれる。
林兄は空君を伴って週に何度かやってくる。林兄弟のお母さんが作ってくれる温かい差し入れ持参で。それをわたしと陸斗は美味しく頂いてる。料理に対するわたしの嫉妬心もいつの間にかなくなっていた。
わたしはお鍋を返しに林家を訪れた。
平日の昼間。みんな学校だ。
そこでわたしは林兄弟のお母さんに、林兄のことを聞いてみた。
「海君から引きこもってたって聞いたんですけど……」
彼にはさらっと言われたけど、本人には聞きづらい内容だ。林兄弟のお母さんは「海がそう言ったのね?」と、少し悲しそうに笑った。
「あの子、性格が硬いでしょ。自分なりに同級生と仲良くやっていこうと努力した結果、誰にでもいい顔する八方美人だとか、自分の意見がない奴だとか言われてね。学校に行けなくなって引きこもっちゃったのよ。一日中ぼおっとしてるから、家庭教師つけたのよね。そうしたら勉強はするようになったんだけど、やっぱり大勢の中で学ぶのも大事だと思って。だからこっちに転校してきたのよ」
そんなに遠くない地区からの、中ニからの転校生。親が新しい家を買ったからだと思っていたけど違った。林兄に興味がなかったからまったく知らなかった。わたしも人のこと言えないな。
「由美香ちゃんに話せたんだね。なんかおばさん嬉しいよ。由美香ちゃん、ありがとう」
「お礼を言うのはわたしです。海君にも勉強があるのに教えてもらっちゃって」
林兄は、自分のせいで引っ越してきたって自覚があるのだ。親に迷惑かけたとか、弟を道連れにしたとか、彼なりに考えているのだろう。だから母親に言われてわたしの面倒をみてる。
気遣いなんてない。そんな風に思ってしまって悪かったな。
長谷部先生がどういう気持ちで言ったのか分からないけど、みんな色々あるのだと分かった。
翌日から、週に何度かだったわたしの登校が毎日に戻った。
勉強や課題についていくのは本当に大変で、だけどサボったことに後悔はない。わたしには必要な時間だったのだろう。
仲の良かった友達も変わらず接してくれる。休んでいた間のノートを見せてくれるし、グループでやる課題も初めから一緒にやっていたような気持ちでいさせてくれた。
友達は親の話題を出さなくなった。うざいとかの悪口は特に言わない。わたしに気を遣ってるからだけど、わたしも逆の立場だったら同じようにするだろうから、複雑な気持ちになるんじゃなくて、ありがたく思うことにした。