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その日から


 父と母の火葬をする。

 炉の扉を閉めた職員の中年男性が「ご遺族代表の方、ボタンを押してください」と伯父に向かって声掛けした。

 その声に伯父は、感情のこもらない冷たい視線のままで、「由美香ゆみか」と、わたしの名を呼んだ。


 促されたわたしは扉の閉まった炉の前に立つ。

 火葬の準備が整ったことを知らせるボタン。これを押したら父と母の体は燃えて灰と白い骨になる。


 二人は死んだ。

 四日前、平凡でどこにでもあった当たり前の日常がなくなってしまった。

 わたし達の父と母は、弟の小学校卒業式に出席して。それを終えての帰り道。暴走するトラックに轢かれて二人とも死んでしまった。


 その時わたしは自宅で三人の帰りを待っていた。

 卒業のお祝いに焼き肉を食べに行こうと、倹約家の父が普段なら絶対に行かない高価な焼肉屋を予約していた。

 初めての高級店。

 わたしは両親の死や弟の置かれた状況も知らないで、楽しみにしながら三人の帰りを待っていた。

 

 卒業式は十時半で終わる。なのに十三時を過ぎても三人は帰ってこなかった。


 卒業式の後、友達や先生と写真を撮ったり話をしたりで何かと時間がかかることは経験済みだったけれど、それにしても時間がかかり過ぎだった。


 お腹が空いて苛ついたわたしは、ボードに貼ってある卒業式の連絡プリントを何度も確認した。

 スマホから母に「まだ終わらないの?」とメッセージを入れて。泣き顔スタンプを送信しても既読がつかなくてますます苛立ちを覚えた。

 朝を抜いてお腹が空いていたわたしは、なかなか帰って来ない三人に腹を立てていた。


 十三時十五分。

 弟である陸斗りくとの同級生、林空はやしそら君のお母さんが焦った様子でやってきて、「由美香ちゃん、お父さんとお母さんが事故にあったの。陸斗君はお母さんと同じ救急車に乗って市立病院に運ばれたのよ!」と叫ぶように言った。

 お腹が空いていたことなんて一瞬で吹き飛んだ。


 わたしは林君のお母さんが運転する車で市立病院に連れて行ってもらえた。そこでは蒼白になった陸斗と、死亡宣告をするだけになった父と母が待っていた。


 四日前の出来事を思い出して、立ったままじっと動かないわたしの左手に誰かが触れた。

 目をやると、陸斗がわたしと手を繋いでいた。下を向いているのでその表情は分からない。


 四歳年下の、あと半月で中学生になる弟。わたしは年度が変われば高校二年に進級する。

 そんな姉の左手を、弟はぎゅっと強く握りしめた。


 最後に二人で手を繋いだのは、陸斗が小学一年の時。新一年生になった弟と手を繋いで登校して以来。ずいぶん久し振りだ。


 陸斗は顔を上げると黙って扉を見つめる。後ろに立つ伯父が「早くしなさい」とわたしを急かした。

 わたしは深呼吸するように息を吸い込んで、陸斗が繋いでくれた手に力を込めた。

 右手を震わせながらボタンを押したら、陸斗が嗚咽を漏らして泣き出した。






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