美味しそうなポッポ
8 美味しそうなポッポ
「にょーーーー、待つにょーーー」
リトが、十王台の住宅街を疾走する。
俺は、その後を必死に追いかけている。
何をしているかと言うと、リトが逃げ水を追いかけているのだ。
「にゅー、逃げられたにょー。チロが遅いからにょ!」
俺をリトが睨んでいる。
説明したんですよ。
あれは、目の錯覚で本当に水があるわけではないと・・・。
でも、信じないのです。
目で見えているものが、無いわけがないと・・・。
「にゅ、良い匂いにょ」
リトが鼻をヒクつかせた。
確かに、どこからか香ばしい良い匂いがする。
「ちょっと、大木山さん。庭でサンマを焼くの止めてもらえます。洗濯物に匂いが着くじゃない」
とあるお宅の前で、恰幅の良いご婦人が不満そうに言っていた。
「はぁー、何言ってんだい。自分の家でサンマ焼いて何が悪いのさ!」
お宅のお庭で気難しそうな老婆が、顔をグシャグシャにして悪態をつく。
「今は、昔と違うんだから」
苦情を言っているご婦人も引き下がらない。
「何が違うっていうのさ、昔も今もお天道様は東から登って西に沈むんだ。何かい、サンマは昔と違って匂うって言うんかい!」
老婆は、立ち上がって庭先で不服そうにしているご婦人にまくしたてた。
「もう結構です」
恰幅の良いご婦人は、過分に付けた腹のぜい肉を揺らしながら帰って行った。
「は、しょうもないことで文句ばっか垂れやがって、少しは我慢と遠慮をしやがれ」
老婆は、そう言ってサンマを焼いている七輪に屈みこんだ。
「おいちしそうな匂いにょー」
リトは、喉を鳴らしながらその老婆のお宅に入っていく。
「お、おい! 今のやり取り見てただろう! ここはやめよう」
しかし、リトは止まらない。
「おいちそうにょー」
リトは老婆の傍まで行くと、猫なで声で話しかけた。
「なんだいチビ? あんたも文句垂れに来たんかい?」
「それ、ちょっとおくれにょー」
リトは満面の笑みで、老婆に甘える。喉を鳴らし、背中を老婆の足に擦り付ける。
俺は、少し周りを見てみた。
近所には比較的新しいお家が多いのだけれど、ここのお宅は焼杉の木造住宅でずいぶんと古いお家のようだった。
老婆はリトには構いもせず、家の中に入って行った。
「これ、全部くれるってことかにょ?」
リトはよだれを垂らして、七輪の上のサンマを眺めている。
「いや、違うぞ絶対。ここでサンマをくわえると、棒切れでぶっ叩かれるからな!」
俺は知っている。
過去に、何度もそれで痛い思いをしている。
お家の中から、小さなお皿をいくつか持って、さっきの老婆が戻ってきた。
「おや、盗まなかったかい。今どき人間よりも犬猫のほうが分別があるってもんだ」
老婆は、七輪に屈みこむとサンマを皿に移した。
「ほれ、まだ熱いからすぐに食べるんじゃないよ」
老婆は、俺とリトの前にサンマを一匹ずつのせた皿を置いた。
え、くれるの?
焼いていたサンマは、2匹だったので自分の分は無い。
俺は、不思議に思って老婆を見上げた。
「ふん。あたしの分はいらないよ。嫌がらせで焼いていたんだ、猫のくせに遠慮なんかすんじゃないよ」
老婆は、そう言って少しだけ笑った。
そして、家の中に戻っていく。
じゃ、遠慮なく・・・。
俺は、何が起きるかわからないから、用心しながらサンマに口をつけた。
隣のリトは、すでにサンマにかじりついている。
獣のような唸り声を発しながら・・・。
怖そうなおばぁさんだったけど、実は良い人なのかな?
アチ!
まだ熱かった。
舌を火傷した。
隣のリトは、熱くないのだろうか?
平気そうに食べている。
まずい! 急がないとリトに取られる。
俺は、熱いのを我慢して泣きながらサンマをかじった。
リトがサンマを食べ終わるのと、ほぼ同時ぐらいに俺も食べ終わった。
口の中がひりひりする。
いっぱい火傷した。
水が欲しい。
そう思っていると、家の中からさっきの老婆が出てきた。
「なんだい。もう食べ終わったのかい」
老婆はそう言って、俺とリトに小さな皿に入った水をくれた。
「ありがにょー」
リトも俺を、水に飛びついた。
口の中ひりひりするし、ちょっとしょっぱかった。
老婆は、またすぐにいなくなってしまった。
ちゃんとお礼言えなかったな。
満足した俺たちは、縁側を借りてお昼寝することにした。
顔と声は怖いけど、本当は優しいおばぁさんなんだなぁ。
俺は、そんなことを思いながら微睡んだ。
日当たりの良い、良い縁側だ。
どれくらい寝ていたであろう。
途中、日が陰り涼しい風が吹いた。
心地よいと感じながら、また眠った。
何かの気配で目を覚ます。
薄っすらと目を開けると、庭に一羽の鳩が舞い降りた。
隣で寝ていたリトに目を向けると、リトもすでに起きていてもぞもぞと身を屈めている。
ん?
これは、狩りの体勢・・・。
「おいちそうなポッポにょ・・・」
リトは目をキラキラさせて、小声で言った。
おいおい、また食べるの?
さっきサンマ食べたばかりじゃない。
いや、リトもお腹はいっぱいなはず。
獲物を狩りたいという欲求を満たそうとしているのだ。
「コウ様、ご無沙汰しております。このスー、火急の要件にて参上いたしました」
あれ・・・、鳩が喋っている。
鳩が喋り終わるや否や、リトは鳩に飛びかかった。
「ギャーー、何をなさいますか! 私です! スーです!」
鳩は、悲鳴をあげながらリトから逃れようと暴れる。
「にゅーポッポがしゃべってるにょ?」
リトは鳩の首に噛みつきながら、怪訝そうに鳩を見る。
「私です! スーです。食べないでください」
鳩は、懇願した。
リトは、残念そうに鳩の首から口を離す。
「もー、お忘れですか? 私です。あなた様の仲間のスーです」
「にゅー、ポッポに知り合いなんていたかにょー」
「ちょっとー、しっかりしてくださいよ。仲間を食べようとするなんて、冗談じゃありませんよまったく!」
スーと名乗った鳩は、ちょっと怒っている。
「あ、スーちゃんにょー。思い出したにょ」
どうやらリトは、この鳩の事を思い出したようである。
しかし、猫と鳩が仲間とはどういうことだろう?
「ま、とにかくご無沙汰いたしました。コウ様」
「にゅー、コウってだれにょー?」
「あ・な・た・です!」
スーはあきれ顔で言った。
「ご自分の名前も忘れてしまったのですか?」
「にゅー、違うにょー名前はリトにょ! ガウガウリトにょ」
「はいはい、名前忘れてまた適当に名乗っているんでしょう。今度はリト様になったのですね」
図星であった。
リトも何も言えず、唸っている。
「わかりました。今後は、リト様とお呼びします」
スーは、俺に目を向けた。
「さて、そちらのお方はどなたでしょう? まさか・・・。いや、似ていますが違うようです」
俺の事だろうけど、気になる言い方。
「チロにょ。おともだちにょ」
リトは、ざっくりと俺を紹介した。
「そうですか、私はスーと申します。リト様とは古いお付き合いです」
スーは、庭を歩きながら少し考える風をした。
「お友達の前ですが、チロさんなら良さそうです」
スーは、躊躇いがちに語りだす。
しかし、俺はまず間違いを正さなければならない。
「チロじゃなくて、シロだから」
「ああ、失礼しました。シロさん、ご一緒に聞いていただきます」
俺とリトは、縁側に飛び乗って庭にいるスーの話しを訊く体勢をとった。
「まず、御山の結界が破れかけています」
・・・。?? え?
全く話が見えません。
語り出しが意味不明。
大丈夫か? この鳩・・・。
「それに伴い、この国のあちこちで不穏な輩が出現しております」
スーは、神妙な面持ちでそう告げた。
「今のところ、私たちで対応いたしておりますが、ここ、リト様がいらっしゃる中央には、やっかいな気配を感じ、馳せ参じた次第にございます」
あ、それか!
俺には、心当たりがあった。
「スー、実は先日、リトが大蛇に喰われかかったんだ」
「何ですと!」
「うん。でもその大蛇とは和解して、今は仲良しだよ」
「じゃぁ、違いますね」
さらっと否定された。
「じゃ、どういうことなんだろう?」
ちんぷんかんぷんでしょう。話の流れが・・・。
「さて、どこから話せばよいものか・・・」
スーは、思案顔でリトに目を向ける。
リトは、暖かい陽気に誘われコックリコックリしている。
「こらー! 何で寝ちゃうんですか!」
リトはびっくりして目を覚ます。
「ごめにょ」
しかし、無理もない。
お腹いっぱいだし、心地よい陽気だし、猫だし・・・。
「まぁ、良いです。話は長くなるでしょうから、今日はご挨拶までということで」
スーは、飛び立とうと羽根を広げた。
「私は、この辺りの状況を確認します。また後日お会いいたしましょう」
スーは、そう言って飛び去って行った。
突然現れて、気になることをいくつも告げていった鳩のスー。
いったい何が起きようとしているのだろう・・・。
「ねぇリト、君は一体・・・」
何者なのか訊ねようと、俺は傍らのリトを見た。
リトは、伏せて気持ちよさそうに眠っている。
数日後、夜刀神社に夜笑さんが来たので、夜笑さんにスーとの事を話してみた。
「そうですか。リト様のお仲間が・・・」
夜笑さんは、リトを抱き上げて歩きながら思案している。
「・・・。確かに、ここ最近うすら寒い気配のようなものは感じております。それが何なのか、私如きではわかりませんが」
夜笑さんは、腕の中のリトを見つめる。
「リト様は、何かお気づきなのではありませんか?」
「にゅー、ちらないにょ」
リトはそう言うが、たぶんどうでもいいのだろう。
あれから数日経つも、スーは現れない。
リトは、何を聞いても答えてくれないし、分からないことだらけでもやもやする。
「そうだ、人を頼るのも良いかもしれません」
「え、人って人間ってこと?」
「ええ、人間は知恵がまわりますし、私たちとは違った目線で何か感じているかもしれません」
なるほど・・・。
しかし、人間に知り合いなんていないしなぁ。
「私に、人の知り合いがおりますので、訊ねてみましょう」
まるで夜笑さんに、俺の心の中を見透かされたようだった。
「そうだね。お願いします」
夜笑さんは、人間の言葉も俺たちの言葉も話せるから、とても頼りになる。
「わかりました。ではまず、私のお友達のところへ行きましょう」
「え、夜笑さん。人間のお友達がいるの?」
「それは、人のなり形をしておりますから、人間とのお付き合いもありますよ」
なるほど・・・。
「一応、巫女ですし」
夜笑さんは、にこりと笑って見せた。
今気づいたが、俺、結構失礼な事言っているよな。
「夜笑さん。ごめんね。変な事ばかり言って」
「いえいえ、シロさんが謝るようなことはなにも」
夜笑さんは、優しく笑った。
綺麗な人だ。
色々あったけど、この人は信頼できる。
俺とリトは、夜笑さんに連れられて神社を出た。
夜笑さんに連れられてやってきたのは、エスズ家電であった。
「ここに夜笑さんのお友達がいるの?」
「ええ、ここで働いているのです。お休みでなければいると思うのですが」
んー。夜笑さんのお友達って、加藤さんではなかろうか・・・。
「にゅー、いつもと様子が違うにょー」
リトが、夜笑さんの着物の懐から顔を出して言った。
なんだろう?
エスズ家電の入り口前に、赤色灯を焚いた車が停まっている。
それを囲むように人垣ができていた。
「おや、事件でしょうか? 警察の方がいらっしゃいますね」
夜笑さんは、足を止めて怪訝そうに様子をうかがう。
「近づかない方がいいかな?」
俺は、夜笑さんの袴の後ろに身を隠した。
俺の本能が、危険を予感している。
「あー、カトーがいるにょー」
リトが、店から出てくる加藤さんの姿を見つけて、夜笑さんの着物の懐から手を振った。
「カトー、カトー、こっちにょー」
ニャーニャー機嫌よく鳴くリトの声は、加藤さんには届いていないようだ。
「リト様、暴れないで! 着物がはだけちゃう」
少し乱れた着物の胸元を、夜笑さんが慌てて直す。
加藤さんの両脇には、女の警察官と男の警察官がいた。
なんだか、怒っているような表情だ。
加藤さんは、女の警察官に促され渋々パトカーに乗り込む。
あれ?
どういうことだこれは・・・。
「加藤さん。警察につかまっちゃったの」
俺は、夜笑さんの袴を掴んで訊ねた。
「にゅー、カトー悪いことしたのかにょ」
「えーと・・・。そんなことは無いと思うんですが、どうしたんでしょう?」
俺たちが見ている前を、加藤さんを乗せたパトカーが走り去っていった。




