恐怖のランチパーティ
75 恐怖のランチパーティ
夜刀神社には、枯葉舞う冬がやってきていた。
日中は、石畳や軒下などで日向ぼっこしているが、それ以外はお社の中にこもりっぱなしだ。
感心なことに、カシンがよく食事を届けてくれる。
今も、俺は軒下でカシンが現れるのを待っていた。
ほら来た。
「リト――、カシン来たよー」
俺は、お社の床下に潜り込んで遊んでいるリトに声をかけた。
「ごめんねー、お店混んじゃってぇ」
カシンは、黒いダウンジャケットを羽織った少女の姿だった。
3段しかないお社に上がる階段に腰を掛け、ビニール袋の中から竹皮の包みを取り出す。
「ユキさんは、お店にいるの?」
俺は、俺たちの食事は何かなぁーと、カシンの一挙手一投足を目で追いながら訊ねる。
「うん。千代と一緒に、お片付けお願いしているの」
何だか酸っぱい匂いがするなぁ。
「にゅー、くちゃいにょー、何にょー」
リトも、お社の床下から這い出てきて顔をしかめた。
「しめ鯖よ」
竹の皮を広げると、一口サイズにカットされたサバの肉が現れた。
俺とリトは、二匹揃って顔をしかめる。
「無理だよ。酸っぱいの食べられないよ」
せっかく持ってきてくれたのだけれど、こればかりは無理だ。
「あれー、そうだったっけ」
人間は、お魚に色々と味をつけたがる。
ぶち壊しだ。
そのままで良いのに――
「仕方がない。千代に何か持って来てもらおう」
少女カシンは、コートのポケットからスマホを取り出すと千代さんに連絡を入れた。
「M失敗、A対応――夜刀神社」
カシンは、それだけ言ってスマホをしまった。
いったい何のことだろう?
「何て言ったの?」
「え、千代に他のご飯をお願いしたのよ」
「そうは言っていなかったと思うけど・・・」
「千代は、付き合いが長いからあれで十分なのよ」
ふーん。
「にゅー、お腹すいたにょー、もう限界にょー、我慢できないにょー」
リトが床を転げまわって、駄々をこねる。
「お待たせしました」
賽銭箱の前に、黒い忍び装束の千代さんが、いつの間にか跪坐していた。
早すぎだろう。
「ありがとう千代」
カシンは、階段を降りて千代さんから紙の包みを受け取った。
「あ、良い匂い――」
カシンが、包みを開けながら言う。
確かに良い匂いだが、魚じゃないぞ。
「丸岡精肉店のコロッケでございます」
かしこまって千代さんは言うが、コロッケもダメでしょう猫には。
俺は、油の臭いにげんなりした。
「脂っぽいものも無理だよー」
「もう! あれは嫌これは嫌言わないの!」
何故か叱られた。
「リト様を見なさい。しっかり食べているでしょう」
隣のリトは、唸り声をあげてコロッケを食べている。
嘘でしょう! 食べないでしょうコロッケ。
俺は、仕方なく油の臭いを我慢しながらコロッケとやらをかじってみた。
「アチィ!」
めちゃくちゃ熱かった。
舌を火傷したじゃないか!
猫舌だぞ俺は!
俺は、恨めしくカシンを睨む。
『助けて――』
ん! ユキさんの念話だ。
「どうしたのユキさん?」
俺は、あたりを見渡してユキさんの姿を探す。
いるわけがない。ユキさんはカシンのお店にいるはずなのだから。
そこに、カシンのコートのポケットから振動音が発した。
「はいはーい。どうしたのユキさん?」
調子よく電話に出たカシンの顔が、どんどん険しくなる。
「千代! すぐに店に戻りなさい」
スマホをポケットにしまいながら、カシンは走り出した。
「ちょっと、何があったの?」
俺は、カシンと心で通じているはずのユキさんに訊ねた。
「ああー、あなたたちも来て!」
走りかけたカシンが、言いながら戻ってくると、リトをコートのポケットに突っ込んで、俺を抱き上げる。
コートの胸に収まって、俺は喜びを感じる。
ああ、なんて暖かいのだろう。
柔らかくて、暖かくて、一生ここにいたい。
俺は、揺れるカシンの乳房にしがみつきながら、夢心地でいた。
商店街にあるカシンの経営するカフェにたどり着くと、カシンは店の扉に張り付いて中の様子を窺う。
「いち、にぃ・・・さん、し・・・四人か」
カシンは、自分の傍で刀を抜いて待機する千代さんに、目で何やら指示をする。
千代さんは、刀を鞘に納めると消えた。
俺は、カシンのコートの胸元から顔を出し、カシンの顔を見上げた。
険しい顔をしている。
いったい何が起きているのだろう。
ユキさんは大丈夫なのだろうか・・・。
カシンは、店の扉の把手に手をかけると、音と立てないよう静かに開けた。
店の中は、静かだった。
客の話し声も、音楽も流れてはいない。
カウンターの中には、格子柄の着物を着たユキさんがいて、とても困った顔をしている。
そのユキさんと、目が合った。
『シロさん! 来てくれたのですね』
ユキさんの心の声が聞こえた。
『何があったの?』
俺は、カシンの胸元から身を乗り出して店の中を見渡す。
あ・・・これは・・・大変だ・・・
聞かずとも、俺は状況を理解した。
店内には、珍客がいた。
奥のテーブル席に、テーブルの上に両足を投げ出して煙草を吹かしている白髪の老婆と、黒いスーツ姿の男がいる。
鶴姫と黒鷹だ。
そして、コの字のカウンターの奥の席に、黒いドレスの美しい女と、ワカメみたいな髪をした目の細い男がいる。
天地愛さんと、手下の田力我聞だ。
うわぁ、最悪の取り合わせだ。
カシンは、俺を抱いたまま奥の席に向かう。
「いらっしゃいませ」
少女カシンは、カウンターの客とテーブルの客に引きつった挨拶をした。
俺を抱く腕に力が入っている。
ちょっと怒っている?
「お鶴さん。この子達お願いできるかしら?」
カシンは、俺を黒鷹に、リトを鶴姫に差し出した。
鶴姫も黒鷹も、無言で俺たちを受け取る。
「ちょっと着替えてきます」
カシンはそう言って、店の奥へと歩いて行った。
カウンターには、いつの間にかスーツ姿の千代さんがいて、カチャカチャと何やら作業をしている。
鶴姫の膝の上で、リトが愛さんを睨みながら唸り声をあげた。
――カラーン――
店の扉が開いた。
また、誰かが来たようだ。
「ごめんください。まだ大丈夫でしょうか?」
上質な青いスーツに、黒いコートを羽織った顔色の悪い男だった。
皆の顔に、戦慄が走る。
「これはこれは、皆さんお揃いで、その節はお世話になりました」
男は、にこやかな笑みを浮かべて店の中を進む。
カウンターから、ユキさんが手拭いで手を拭きながら慌てて出てきた。
「道真さん。先日は大変失礼いたしました」
ユキさんは、男の前に出てくると深々と頭を下げた。
そうこの男は、菅原道真であり、魔王威徳天であり、天神である。
「いえいえ、誤解が解けたのなら何よりです」
威徳天こと道真であるミッチーは、にこやかな笑みを浮かべながら奥へと進む。
「遅かったじゃありませんか? おかげでこの方たちに睨まれていますのよ」
愛さんは、細い眉を寄せ肩をすぼめた。
「おや、わだかまりがまだ御座いますか?」
ミッチーは、俺たちを見回して意外そうな顔をする。
俺は、なんとも思わないけど・・・他の人たちはまだ消化できないんじゃないのかなぁ。
邪界木討伐の際には、助太刀となってくれたけど、そもそも愛さんも邪界木なわけだし。
「何しに来たんだ?」
鶴姫が、田力我聞に訊ねた。
他の2人には、言いづらいのだろう。
「おいおい、茶ぐらいのんだっていいだろう。なぁ?」
田力我聞は、いやらしい目つきでユキさんを見る。
「あ、あ、痛い痛い――目が、目がぁ――」
突然、目を痛がる田力我聞であった。
それを、ユキさんが冷ややかに笑いながら見ている。
何かやったな・・・
たぶん目を凍らせたんだ。
恐ろしい・・・
俺は、身震いした。
「もぅ、うるさいったらありゃしない。死んでやりなおすかい?」
愛さんが、我聞の髪を撫でながら訊ねる。
「いえ、大丈夫です。もう平気です」
田力我聞は、涙を流しながらお行儀よく椅子に座りなおした。
「まぁ、皆さんまだ色々と思う所もおありなのでしょうけれど――」
ミッチーは、周りを見渡しながら言葉を続ける。
「今日、我々を呼んだのは夜刀神様なのですよ」
店の奥から、フリルの付いたウェイトレスの姿で少女カシンが現れた。
鶴姫の足を振り払って、俺とリトにミルクを出してくれた。
とても飲めるような雰囲気ではないが、リトは鶴姫の膝から飛び移ってミルクを飲み始めた。
「あの疫病神、今までどこにいたんだい?」
鶴姫が、誰ともなく訊ねる。
「あのお方は、単身であちこち飛び回っていたみたいですねー」
ミッチーが言うと、少女カシンも同調した。
「その情報は確かで、夜刀様は西へ行ったり筑波に行ったり、忙しくしていたみたい。何をしていたのかまではわからないけど・・・」
そう言うカシンの隣で、千代さんがうんうんと頷いている。
「たく・・・肝心な時に・・・」
どうやら、鶴姫も夜刀爺さんに用事があるようだ。
「指定された刻限に、まだ時間があるようですので、こちらで昼食でもと愛さんにお声がけした次第です」
ミッチーは、ニコニコと笑顔でいるが、裏ではどのような顔でいるのだろう?
「あたしらも、ご一緒させていただこうか? あの爺さんには、こっちも用事があるんだ」
何と言う事でしょう。
このメンバーで、お食事をご一緒することになってしまった。
意外にも、穏やかな食事会であった。
ミッチーが、上手く愛さんと他の人たちの間を取りなってくれていたのと、土御門雅がいないから、だと思う。
少女カシンと、千代さんとユキさんが、お料理の支度で忙しかったというのもあるかもね。
田力我聞もすっかり大人しくなって、存在を忘れてしまうほどだ。
カウンターの隅で、スパゲッティーをすすっている。
「そうだ・・・ユキさん。この蝶々、何とかしていただけませんか?」
ユキさんが、みんなの飲み物のお代わりを持ってきたタイミングで、ミッチーが声をかけた。
懐から、ハンカチを取り出しそれを広げる。
そこには、氷の小さな蝶が羽を震わせながら横たわっていた。
「もうだいぶ弱っているようなのですが・・・」
ユキさんが、ハンカチの中を覗き込むとクスッと笑う。
「こんなに、大事にしていただくようなものでもないのに」
ユキさんは、ハンカチの上の蝶にフッと息を吹きかける。
すると、蝶は粉になって宙に消えた。
「あらあら、美しくて気に入っていたのに・・・」
ミッチーが、残念そうに言う。
「あなたを監視させていたのですよ?」
ユキさんは、驚いた様子だ。
子供のように、残念そうな仕草を見せるミッチーに、俺も不思議に感じた。
威徳天という魔王であったはずなのに、天神という神様でもあるのに、普通の人間のように見える。
――カラン――
店の扉のベルが、また来客を知らせた。
あ・・・
みんな、そう思ったはずだ。
あ・・・来ちゃった。
店の扉を開けて入ってきたのは、土御門雅に体を支えられて立つ夜雲であった。




