宴もたけなわ
74 宴もたけなわ
雅が、さめざめと泣くものだから、俺はてっきり夜雲が死んだのかと思ったが、夜雲は生きている。
宴もたけなわで、良庵に肩を借りて会場に現れた。
裸の上半身は、包帯でぐるぐる巻きだ。
夜雲の姿を見つけると、雅は俺のことを放り投げて夜雲に駆け寄る。
「夜雲さま! まだ寝ていないと」
抱きつくように、雅は夜雲の胴に手を回す。
「けっ、さまだとよ・・・色づきやがって」
膝にアヤメを乗せた鶴姫が悪態をつく。
「仕方ないよ。体を張って雅さんを何度も助けたのだもの・・・女の子だったら好きになっちゃうよ」
金髪を馬尻毛に結った少女カシンが、あたたかい眼差しで雅と夜雲を眺めた。
「お前が、女心を語るな!」
鶴姫は、テーブルに置いてある煙草に手を伸ばしかけたが、膝の上のアヤメに気づいて手を止めた。
それをチャンスと見たか、そばにいた小柄が手を伸ばしアヤメを鶴姫から奪う。
「はい、はーい。アヤメちゃん~、そろそろお姉ちゃんと一緒にねんこしましょうねぇ」
上下スウェット姿の小柄が、アヤメを抱いて足早に去っていく。
「あぁーずるーい――」
蛇族の男みたいな女の子、夜摩が小柄の後を追う。
それを見送りながら、鶴姫は舌打ちした。
「さぁーて、わたしもそろそろぉ――」
嫌な予感がしたのであろう。
少女カシンも、その場を去ろうと試みる。
「まて、カシン!」
煙草を口にくわえ火をつけると、鶴姫はカシンの背を呼び止めた。
「お前、御山ではどこにいたんだ?」
まるで喧嘩を売るかのような、険しい顔で鶴姫は問う。
「え・・・」
少女カシンは、狼狽えながら辺りに助けを探す。
「何故、リト様と先行したお前だけが無傷でいるんだ?」
「ええとぉぉ、それはぁぁ」
「カシン様、こちらへ――」
駆け付けた千代さんが、カシンを連れ出そうとする。
「黒鷹! 槍を持て!」
鶴姫は、カシンらを逃がすまいと黒鷹に命じる。
しかし、黒鷹も怪我人だ。
大きなアタッシュケースを運ぶ途中で倒れてしまった。
「だ、大丈夫・・・」
一番近くにいた少女カシンと、千代さんが黒鷹に手を貸す。
「か、かたじけない・・・」
「黒鷹! 貴様――」
激高して叫んだ鶴姫だったが、むせてその場にうずくまってしまった。
「ちょっとお鶴さん。歳なんだから・・・」
少女カシンが、哀れむような眼で鶴姫を見て、老婆の背を摩ってやる。
「誰が! ゴホゴホ」
カシンの手を振り払いはしたものの、鶴姫は血を吐いて手を着いた。
「ちょっと! 良庵さん! 来て――」
「まったく・・・あの二人だって瀕死の重体だったのですから、酒なんて飲ませては駄目ですよ」
鶴姫と黒鷹の介抱を終えた良庵は、宴の席に戻るとみんなを窘めた。
少女カシンと千代さんは、小声で謝罪し頭を垂れる。
それから、二人は御山での出来事を語った。
リトたちを、御山に送り届けた後の話だ。
何の事はない。
忍びの二人は、魑魅魍魎らに囲まれると姿をくらまし、木の上を飛び移りながら逃げていたのである。
二人の選択は正しいと、俺は思う。
俺だってそうする。
ただ・・・鶴姫には言わない方が良いな。
宴は、だいぶ静かになっていた。
さっきの出来事で、しらけたわけではないけれど、みんな疲れているからね。
ひとりふたりと、少しずつ寝床に消えていった。
そう言えば、リトはどうしたろう?
アヤメと同様で、色々な女の人の胸に抱かれていたけれど・・・。
『――シロさん。ここにいますよ』
俺の心の中に、呼びかける声があった。
念話だ。
ユキさんが、どこからか俺に念話で話しかけている。
あたりを見回したけど、ユキさんの姿は見えない。
「どこ?」
『ここです――広場の方です』
宴会場から少し離れた所に、大きな芝生の広場がある。
今は闇にのまれ、何も見えないけど・・・。
俺は、闇の中に進んでみた。
しばらくすると、広場の中央付近に佇む人影が見えた。
「ユキさん?」
俺は、その人影に呼びかけた。
「はい」
その人は、返事をして微笑する。
ユキさんだ。
鼠色のパーカーを着ていて、すっぽりとフードをかぶった姿は、夜摩に似ていると思った。
「どうしたの? こんな所で」
俺は、ユキさんに近づいて訊ねた。
その胸には、寝息を立てているリトがいた。
「何だ、姿が見えないと思ったら、寝てたんだ」
「リト様も、お疲れなのでしょう」
ユキさんは、リトの額を指で撫でる。
「姉さんたちに叱られっぱなしで、わたしも疲れました」
ユキさんは、微笑したまま項垂れた。
それほど疲れているようには見えない。
「ユキさんは、一族の長なのでしょう?」
一族の長なのに叱られるって、不思議だった。
「それは・・・姉さんたちが、面倒くさがってわたしに押し付けたんです」
「そ、そうなんだ」
雪女も、色々大変なんだな。
「はぁー、でも威徳天さんには、悪いことをしてしまいました。全部、わたしの勘違いだったなんて・・・」
威徳天のおじさんと、ユキさんの闘いはすさまじかった。
俺は、あの闘いを思い出して身震いした。
「考えてみれば、姉さんたちがそう簡単に百鬼夜行に加わるなんて、ありえない話です」
ユキさんは、思案顔で続ける。
「いや・・・そうでもないなぁ。ふざけて付いていくかもなぁ」
いったい、雪女の一族って・・・
雪女って、勝手なイメージで無口で冷淡で冷酷だと思っていたけど、ユキさんと出会ってから全く違う事に気づかされた。
そして、めちゃくちゃ強い!
きっと、お姉さんたちも強いのだろう。
「まぁ、威徳天さんには、今度会ったら謝罪します」
うん、それで良いと、ユキさんは何度も頷いた。
しかし、威徳天のおじさんは、いったい何をしたかったのだろう?
天神様でもある威徳天の不可思議な行動に、俺も困惑する。
ユキさんが、勘違いするもの仕方がないような気がした。
「シロさん」
考え事をしていたら、ユキさんに呼ばれて我に返る。
「白虎だったのですね。すごいですね」
ユキさんは、そう言ってにっこりする。
「・・・うん。でも・・・実感ないんだ。夢みたいで・・・」
そう、夢だったような気がする。
俺が、白虎だなんて・・・嘘なんじゃないか?
明日目を覚ましたら、佐藤さんの家の軒下にいて、ああ変な夢見ていたなぁで、終わるんじゃないだろうか・・・。
宴会の席では見えなかったけど、この広場からは星が見えた。
久しぶりに綺麗な星空を見た気がする。
これも、夢なのだろうか・・・。
翌日の昼過ぎだ。
みんなアホみたいに寝続けて、やっと起きてきたのが昼を過ぎてからだ。
でも、そこからが慌ただしかった。
土御門の一族が、玄武のゲンを連れて北の地に帰るという。
「それではみなさん。お気をつけて――」
そう言って雅が頭を下げる。
しかし、雅が頭を下げているのは、俺たちにではない。
玄武であるゲンと、一族の者らに対してである。
「コクテイ様、決して根性の別れではございません。雅はこの地で、コクテイ様と土御門の安寧をお祈りいたします」
雅はそう言って、再び深く頭を下げた。
「みぃやぁぁびぃぃちゃぁぁん、おしぃぃあぁぁわぁぁせぇぇにぃぃぃぃ」
「はい!」
雅は、頭を下げたまま軽快に返事をしたが、その体は小刻みにふるえていた。
そして、堪えていたものが堪えきれなくなり、土御門の者が抱えていたゲンを奪い取ると抱えたまま座り込んで、幼子のように泣き出した。
煌びやかな着物に土がついたが、それを気に留めようともしない。
雅は、この地に残ることになった。
彼女は、夜雲の傍にいたい、ただそれだけを皆に告げた。
何故とか、どうしてとか、理由を問うものはいなかった。
あの鶴姫でさえ、咥えたばこで無言だ。
俺にはよくわからないから、あとでユキさんにでも聞いてみようと思う。
そう、ユキさんも雪女の一族は北に帰ると言うのに、自分は帰らないと言ったそうだ。
その理由も、訊かないとわからない。
土御門の一族と、雪女の一族は、準備ができるとそれぞれ去って行った。
方向が一緒だから、しばらくは行動を共にするそうだ。
「シロ!」
少し離れた所から呼びかけられ、俺は振り向いた。
よたよたと歩く体格の良い犬が、こっちに向かってくる。
「ライデン!」
俺は嬉しくなって駆け出した。
十王町を縄張りにするわんこたちのボスだ。
猿王が率いる猿の一族と共に、妖怪たちと闘ったのだ。
「無事だね? 良かった」
俺は、ライデンの様子を観察して安心した。
「ああ、平気だ」
「でも、犠牲が出たって聞いたから・・・心配してたんだ」
「ああ、タモツの事だろう・・・」
「え! タモツが!」
タモツは、良くしゃべる小型犬だ。
しゃべってばかりで、正直鬱陶しい奴だったけど・・・
「そうか・・・タモツが・・・」
俺は、タモツの事を思い出していた。
好きではなかったけど、今回はしっかり闘ったんだな。
「いや、シロ・・・犠牲は無かったんだ」
ライデンが、申し訳なさそうに言う。
どういうことだろう?
「タモツの奴、昨日まで死んだふりをしていやがってな・・・昨日、埋葬しようとしたところで起きたんだ」
ライデンが、ため息をつく。
「え・・・ずっと死んだふりをしていたの?」
「ああ、戦闘が始まった直後から、昨日までだ」
ああ、タモツらしいな・・・
そう思ったら、俺は噴き出してしまった。
「呼吸も最小限にしていたようで、全身は完全に脱力、誰も気づけなかった」
笑いが止まらない。
腹が痛い。
俺は、転げまわりながらライデンの話を聞いた。
「埋葬の際に、死後硬直が見られなかったので、もしやと思いタモツに声をかけたんだ」
「あはははー、もーやめてぇー」
俺は、呼吸が苦しくなった。
お腹も痛い。
犬たちや、猿の一族も雪女の一族に助けられたようだ。
ユキさんや、お姉さんたちに尻尾を振って感謝していた。
俺は、茶色い髪のお姉さんに揉み手で愛想を振るう猿王に声をかけた。
「お前も無事だったんだな」
しかし猿王は、振り返ると蔑むような眼で俺を見る。
「お前ごときに、お前呼ばわりされる覚えはない・・・」
え・・・
何だこいつ!
若干腹が立った。
猿王などと言っているが、ちょっと前まで猿の一族の一番下っ端の若い猿、猿ト(えんと)だったのだ。
あのね、俺、一応神様だからね。
そう言ってやろうと思った時だ。
「おちゃる!」
リトが上機嫌で駆けてきた。
「これはリト様、此度の活躍、聞き及んでおります。ご勝利おめでとうございます」
猿王は、両膝と両手を着いて頭を下げる。
じゃあ、俺の活躍も聞き及んでいるだろうに・・・
「にゅん。くるしゅーないにょ」
小さな仔猫のようなリトが、うんうんと頷きながら言う。
何だか調子狂うな、この2匹・・・
「さて、みんな帰り支度は大丈夫かな?」
金髪を二本のおさげにして、革の上着を羽織った少女カシンが、おもむろに俺を抱き上げる。
「私たちも、そろそろ縦浜に帰ろうか」
カシンは、そう俺に声をかけながら目でリトの姿を探す。
リトを見つけると、カシンはリトの方向を指し示した。
すかさず黒いスーツ姿の千代さんが駆け出して、走り回るリトを回収する。
「何だか、ちょっと寂しいな」
俺は、カシンの腕の中で呟いた。
「白虎様、リト様、我々もこれにて失礼いたします」
カシンの背後から、お爺さんの声がした。
カシンが振り返ると、修験者装束の天狗の一族が膝をついて頭を垂れている。
役小角と前鬼、後鬼、そして小柄の4人だ。
「失礼します」
そう言って後鬼が立ち上がると、カシンから俺を受け取る。
後鬼の胸の中から見上げると、後鬼が優しい眼差しで俺を見つめた。
「白虎様、今までお傍にいながら気づけなく申し訳ありませんでした」
後鬼は、俺の頭を撫でながら言う。
とても謝っている態度ではないと思うけど、気持ち良いから良いです。
「本当にゴメンな。白虎様」
脇から小柄の白い手も伸びてきて、俺の喉を撫でた。
お前、謝罪が軽くないか?
気持ち良いから良いけど・・・
うかつにも、ゴロゴロと喉が鳴ってしまう。
「願わくは、我々と一緒に西にお戻りいただきたいのですが――」
そう言いながら、俺に手を伸ばす前鬼に俺は牙をむいて威嚇した。
男は許さん!
「良いのです。安寧を取り戻した今、すぐにお戻りいただく必要はありません。しかし、いつの日か西にお戻りいただけますよう、我々はお待ちしております」
綺麗な人だな。
俺は、小柄の母親である後鬼に見惚れた。
目が優しいの。
俺も甘えたくなる。
でも・・・
俺は、小柄に抱き上げられたリトに目を向ける。
この暴れん坊を、放ってはおけないよ。
天狗の一族は、西に向かって去って行った。
俺たちも、それを見送ると縦浜への帰路に就く。
さぁ、おうちに帰ろう――




