表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/76

亡骸

73 亡骸




 御山を下山していると、生き延びた妖怪たちと出くわした。

 とは言っても、彼らに敵意はなく、同じ山の頂を目指した登山客のようなものだ。

 会釈などをしながら、通り過ぎていく。


 操られていた彼らは、最初から敵ではなかったのだ。

 でも、妖怪たちにも大勢の犠牲は出たし、その妖怪たちのために犠牲になった者もいる。

 山を降りると、あの祠のある場所に出た。


 鶴姫と黒鷹を最後に見た場所だ。

 妖怪たちの死骸はなかったが、忍び装束の少女カシンと千代さんがいて、鶴姫と黒鷹を抱き起こしている。


「カシン・・・」


 俺は、ゆっくりとカシンたちに近づいた。

 カシンは、随分前に俺たちの気配に気づいていたようで、俺を見て驚く様子もない。


「シロ・・・もう、わたし達が来た時には・・・」


 少女カシンは、鶴姫を抱きながら悲しげに言う。


「知っているよ・・・直前まで一緒にいたんだ・・・最後まで・・・」


 俺は、黒鷹を見た。

 千代さんに抱き起されている黒鷹は、黒いスーツがボロボロで最後の最後まで諦めずに戦ったのがわかる。


「よく頑張ったな・・・」


 少女カシンは、鶴姫の顔にかかる黒髪を撫で・・・あ、白髪になっている。

 鶴姫は、老婆の姿に戻っていった。


「よく頑張った。もう大丈夫だ」


 千代さんも、黒鷹の額の血を布でぬぐいながら言う。


「誰が治療してくれたの?」


 カシンが、俺に訊いた。

 何を訊かれているのか、よくわからなかった。

 死体を治療なんてしないでしょう?


「直前まで一緒にいたのでしょう?」


 カシンが、怪訝そうに俺を見る。

 俺も、首をかしげてカシンを見た。


「うっ・・・」


 老婆となった鶴姫が、顔をしかめた。

 え!

 ええええええ!?


 俺は、鶴姫の顔に飛びついた。

 息をしている!

 黒鷹を見る。


 黒鷹も、よく見れば胸が上下して呼吸をしていた。

 生きてるじゃん!

 それからは、もう泣いた。

 泣くしかなかった。 





「くそぉ、あの疫病神めぇ」


 忌々し気に、鶴姫は悪態をついた。

 少女カシンに肩を借りながら、ゆっくりと歩いている。

 鶴姫は、カシンらが乗ってきた黒いスポーツカーに乗せられた。

 今は、すっかりお婆さんになっていて、可愛らしい声ではない。


「夜刀神様にお会いしたら、お礼を・・・」


 黒鷹は、先に乗り込んだ鶴姫に言いかけた。

 どうやら、鶴姫と黒鷹は絶体絶命のピンチを夜刀爺さんに救われたらしい。

 何千もの妖怪たちを、夜刀爺さんはひと睨みで退けたそうだ。

 それから、河童の秘薬で二人の治療もしたそうだが、カシンらが来た時にはもういなかったらしい。


「申し訳ありません。このような狭い所で・・・」


 カシンと千代さんは、俺たちを順番に車のトランクに運びながら何度も謝罪する。


「十分だよ。気にしないで」


 トランクの扉を閉めようとする千代さんが、じっと俺の事を見つめていた。


「どうした?」


「いえ、雰囲気が・・・気配が変わったように感じまして」


 千代さんは、黒ぶちの眼鏡の位置を直しながら、俺をまじまじと見つめる。

 やっぱり、解っちゃうんだなぁ――


 俺の神々しい気配が、解る人には見えちゃうんだなぁ。

 俺は、さすが千代さんだと思った。


「いや、気のせいですね・・・」


 ――バタン――


 トランクの扉が閉められると、俺は真っ暗闇の中に閉じ込められた。

 トランクの中は、すでにリトがイビキをかいて眠っている。

 セイやスーも眠っているようだ。


 車が唸り声をあげて動き始めた。

 とても寝ていられない轟音と振動が、狭いトランクの中に響く。

 こいつら、良くこの環境で寝れるな。


 闇になれた俺の目には、だらしなく眠る神々の姿が見えていた。

 車は、筑波に向かっている。

 鶴姫と黒鷹の治療を、急がなければならない。


 我が儘を言っている場合ではない。

 俺は、リトから少し離れて身体を丸めた。




 

 俺も、疲れていたんだろう。

 気が付いたら、朝になっていた。

 スズメと鳩の鳴き声がする。


 ここはどこだろう?

 薄暗い部屋に、リトやゲンにセイがいた。

 カシンと千代さんも毛布にくるまっている。

 見覚えのある景色だった。


 ここは、前に夜笑さんと泊まったキャンプ場のバンガローとかいう小屋の中だ。

 俺は、少しだけ開けられている扉から、光を求めて外に出た。

 めちゃくちゃ寒い。


 吐き出す息が、真っ白だ。

 車に乗る前に、カシンと千代さんに説明を受けたことを思い出す。

 帰ってきたんだ・・・筑波に・・・


 夜雲や鶴姫、黒鷹もここにいるはずだ。

 3人とも大怪我を負っているから、治療すると言っていた。

 人間だったら病院に入院するのだろうけど、みんな妖怪みたいなものだからね。


 まぁ、俺もただの猫ではなかったし、似たようなものだ。

 いや・・・違うぞ!

 俺・・・神様だ。


 だって、四獣神しじゅうしんの1柱である白虎だからね!

 フフフーン。

 俺、白虎ぉ。

 今は、猫ぉ。


 ちょっと、にんまり笑ってしまう。

 実は俺、すごい奴!

 えへへへへへ。


 俺は、白虎だったことを思い出しながら、何だか誇らしい気分になった。

 もう、みじめな野良猫じゃないぞ。

 そう思うと、周囲に漂う白い新鮮な空気も、山の背後から溢れ出てくる朝日も、新鮮なものに感じた。

 生まれ変わったような、気分であった。





「はいはいー、みんなぁ、朝ごはんだよぉ」


 少女カシンが、ピンクのエプロン姿でみんなを起してまわる。

 山の陰で、太陽はまだ見えなかったけど、空はしっかり青かった。

 同じ小屋で寝ていた、俺の仲間たちも起きてきた。


 四獣神の朱雀、鳩のスー。

 同じく玄武、亀のゲン。

 同じく青龍、トカゲのセイ。


 そして、それらを統べる四獣神の王、応龍、小さな仔猫のようなキジトラ猫のリト。

 みんな、実は神様だった。

 まぁ、俺もだけどね。 


 朝ごはんは、大きなテーブルのある小屋に用意された。

 黒いスーツの人たちと、夜雲の仲間の人たちがせっせと準備してくれた。

 黒いスーツの人たちは、カシンの会社の人なんだって。


 俺とリトのご飯は、猫缶食べ放題!

 最高だ!


 スーは、鳥の餌。ヒマワリの種とか、ヒエとかアワとからしい。

 亀のゲンは、ホウレンソウを食べている。

 トカゲのセイは、ハエとか虫食べていて、よく用意したなと感心した。


 夜雲は起きて来られなかったけど、鶴姫と黒鷹は頑張って起きてきた。

 鶴姫は、真っ白い髪のお婆さんの姿に戻ってしまって、若くて綺麗な鶴姫が良かったと、個人的には思う。


 このキャンプ場には、百鬼夜行を追いかけていたみやびの仲間で、土御門つちみかどの一族や、夜雲の仲間である蛇の一族もいた。

 それから、百鬼夜行と行動を共にしていた雪女の一族もいて・・・。


「もぉ~、前からちゃんと人の話を聞きなさいって、言っているでしょう」


 金髪に小麦色の肌・・・ピンクのTシャツの上に、白いダウンコートを羽織っているお姉さんが、ユキさんに小言を言っている。

 ユキさんは、しょんぼりとして小さな声で返事をする。


「あなたは、一族のおさなんだからぁ~、しっかりしなさいよぉ~」


 この小麦色の人、雪女らしい。


「まったくぅ~、ミッチーがわざわざ里山まで来て教えてくれたのにぃ~」


「ちょっと、姉さん。ミッチーは失礼よ」


 傍にいる他のお姉さんが、小麦の女を窘める。

 この女の人は、茶色い髪をしていてうねうねした髪を、後ろに束ねていた。

 同じく雪女だ。


「良いのよ~、長い付き合いなんだからぁ」


「長くないでしょ! ほぼ初対面じゃない」


 話を聞いていると、どうやらミッチーとは威徳天いとくてん、天神様のことらしい。

 雪女たちが暮らす集落に、そのミッチーが百鬼夜行の到来を知らせてくれたらしく、雪女たちは百鬼夜行に加わる妖怪たちを、離脱するよう説得しながら同行していたようだ。


 途中、影中人かげのなかびとらと土御門や蛇の一族、猿や犬たちが戦闘になった際には、助力したらしい。

 威徳天とユキさんが闘ったのは、ユキさんの早とちりと勘違いの所為らしかった。


「まぁまぁ、姉さん方、ユキメさんも頑張ったんですから――」


 そう言って間に入ったのは、頭頂部に髪の生えていないイケメン、河童の良庵だ。


「きゃぁ~、アヤメちゃん~」


 良庵が、幼い河童の女の子、アヤメを連れてきたものだから、周囲の女たちは大騒ぎだ。

 モンペに半纏姿のアヤメに、雪女たちはキャーキャー言いながらまとわりつく。

 負傷している鶴姫も、顔をしかめながらアヤメに近づいて行った。


 朝食だったはずなのに、炭が焚かれ肉が焼かれ始めると、酒がふるまわれ、そのまま昼食に移行した。

 そして、それは夜まで続いたので、晩御飯と言う事にもなる。

 大勢の人たちが、酒を酌み交わし、勝利の美酒に酔っていた。

 こんなに多くの人が、この戦いに加わっていたのを改めて実感した。





「よく飲むなぁー」


 俺は、はしゃぎながら酒を飲み続ける人々を傍目に、あぶったイカをかじっていた。

 あたりはすっかり夜の帳が落ちている。


「誰も褒めてはくれませんが、彼らはこの地を救う戦いに勝利したのですから・・・」


 テーブルの上に鳩のスーがやってきた。


「今回は、犠牲も少なく疫病にも苦しめられませんでした。過去例のないほどの大勝利なのです」


「そうなんだ・・・」


 残念ながら、過去の記憶は俺にはない。

 でも、どうして今までは苦戦したのだろう?

 俺の疑問に、スーは答えてくれた。


「邪界木は、毎度毎度色々と戦略を変えてくるのですよ。前々回は、威徳天の怨念に乗じて疫病をばらまかれました」


 邪界木の出現に気づくのが遅れたと、スーは嘆いた。

 それは、威徳天の所為らしい。

 もしかしたら、雅さんが威徳天を憎むのは、このことからかもしれない。


「そして、あなたを失った前回は・・・」


 スーは、遠い目をして語り始めた。

 前回は、今回と同様に、早い段階で邪界木の出現を察知できたらしい。

 物凄く余裕があったそうだ。


 そもそも、邪界木は疫病や災いを生物たちに振りまくことが脅威であって、それが無ければ、取るに足らない存在らしい。

 リトやスーたち四獣神は、本来の姿になるとそれだけでこの現世に災いをもたらしてしまうそうだ。


 朱雀は大地を焼き、玄武は山を崩し、青龍は地を水に沈める。

 応龍は、見た者の命を吸うと言われているそうだ。

 そんな四獣神の中で唯一、本来の姿でも害のないのが、俺・・・白虎だそうだ。


 それゆえに、過去の邪界木との闘いでは、俺が先陣を切って闘った。

 しかし前回、それを手玉に取られたのだ。

 疫病も災いもなく、楽な戦運びであったと言う。


 傍観する他の四獣神から白虎おれを引き離し、賽の実で消し飛ばした。

 それで、大きく天秤が邪界木に傾いたのだ。

 四獣神の一柱を失い、四獣神の四柱がそろっていて発動できる四獣神退魔方陣しじゅうしんたいまほうじんが作れなくなる。


 怒り狂ったリトが、単独で円点線角を放ったのだ。

 邪界木は消し飛んだが、結界に護られなかった周囲に大きな被害をもたらした。

 山を吹き飛ばし、大地を削り、何年も木々の生えない不毛の土地と化した。


 御山おんやまの窪地は、そのためにできたのである。

 遠くの山が欠けていたのも、その所為だ。


「シロさん・・・」


 不意に声をかけられて、俺は思考から離れた。


「多大なるご尽力に感謝申し上げます」


 そう言いながら、その人は俺のことを抱き上げる。

 ふくよかな胸の感触と、甘い香り・・・香ばしいにおいが混じっている。

 お香の匂いだ。


 思いっきり抱きしめられ、顔をうずめているから顔なんて見えないけど、その人は雅だ。

 俺には、わかる。


「それと・・・今までの非礼、どうかお許しください。白虎様・・・」


 顔が見えない。

 雅は、顔が良いのに・・・。

 俺は、雅の顔が見たくて額であろう場所を押した。


 小さく、鼻をすする音が聞こえる。

 俺の身体は、さらに締め付けられた。

 ぬぐぐぐ、苦しい――


 でも、我慢した。

 仕方がないので、雅の頭を撫でてやった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ