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黄泉の貴婦人

71 黄泉の貴婦人




 慌てて飛び退こうとしたけれど、すでに四本の足を掴まれ身動きが取れなくなっていた。


「しまった――」


 セイの悲痛な声がした。

 セイは、全身を掴まれ身を捩って悶えている。

 リトもうなじを摘ままれて、おとなしくしていた。


 地面から、濃い緑色をした人型が、大勢出現していた。

 そいつらは、人間のような手足を持っていて、頭には、黒褐色の殻をかぶっている。

 物凄い力だ――

 全く身動きがとれない。


「何なんだ・・・こいつら」


 リトもセイも、ゲンも、宙を飛んでいたスーさえも拘束されてしまった。


「こいつが・・・邪界鬼です!」


 スーが、苦しみ悶えながら言う。


「あらかじめ、種を植え付けていたのでしょう」


 そうだった。

 こっちのでっかい草みたいのが邪界木で、その種子から生まれるのが邪界鬼と呼ばれていたんだ。

 都合がいいので、全部ひっくるめて邪界鬼と呼称していたが、身動きできる方が鬼なのだ。

 俺が巨体だからか、手足だけでなく首や胴など大勢の邪界鬼が次々と飛びついてくる。


「ぐぁぁぁぁぁ」


 身体中に、激痛が走る。

 邪界鬼たちが、俺の毛をむしり、肉を喰らおうと噛みついていた。

 俺は、身体を揺らして振りほどこうとするが、1体も落ちない。


「くぅそぉぉ――すでに種を蒔いていやがったのか――」


 握りつぶされそうになるのを、セイが苦悶の表情で耐えている。


「こうなったら、やむを得ません! リト様、やってください」


 セイと同じように、握りつぶされそうなスーがリトに懇願する。


「にゅー、むりにょー、うごけないにょー」


 うなじを摘ままれて、リトは仔猫のようにおとなしい。


「ぼぉぉぉくぅぅぅもぉぉぉー、うごぉぉぉけぇぇなぁぁぁいぃぃぃ」


 亀のゲンは、人型の邪界鬼の掌に丁重に乗せられている。


「お前! 動く気ねぇだろ――」


 それを見たセイが、額に青筋を立てて怒った。


「うがぁぁぁ」


 手足がもげそうだ――

 俺は、苦痛に耐えきれず失神してしまいそうになる。


「シロ―、がんばれ――」


 セイが、応援してくれている。

 いや・・・助けてよ・・・

 俺は、遠くなる意識の中で、そんなことを思った。


「あらぁー、おチビちゃんたちぃー、ピンチじゃない?」


 女の声がした。

 どこかで聞いたことのある声だ。

 みんなが、何やら叫んでいる?


 罵声か・・・

 俺は、霞む目で女を眺める。

 黒い服――黒い髪――

 誰だ・・・。


「おぉほほほ、よく戻ってきました。我が半身よ!」


 邪界木が、笑っている。

 半身・・・ああ、この人は、愛さんなんだ。

 天地愛あまちあい――邪界木の半身だ。


「さぁー、一つになってディナーをいただきましょうよ」


 俺は、地面に押さえつけられていた。

 いったい、何体の邪界鬼が俺の上に乗っているんだ。

 俺の目の前に、愛さんが歩み寄った。


「シロさん? あなた白虎だったのですねー」


 愛さんが俺の顔を覗き込む。

 妖艶な美しい顔だった。

 感情のないどこまでも深い瞳には、月のない闇夜のようだった。


「どうでもいいですけど・・・あなた、わたくしの事をおばさんと呼んだの、私忘れていませんからね」


 にたりと笑う大きな口は、不気味だった。

 邪界鬼たちの力が弱まった。

 だいぶ苦痛が和らいだ。

 愛さんが現れたことで、注意がそちらにそれたようだ。


「さぁー、我が半身よ! 我がもとへ」


 邪界木が、触手のような枝葉を広げて愛さんを迎える。


「最悪だ――」


 セイが、苦渋の声を漏らす。


「また・・・また・・・油断に敗北するのです」


 スーは、悔しそうに言う。

 その声は、涙声で震えていた。


「さぁ来い! 我が半身よ!」


 邪界木は、上機嫌だ。

 声が、踊っている。


「あなた・・・醜いですわねぇ」


 愛さんが、扇子で顔を隠し冷たい目で邪界木を眺めた。


「フフン、馬鹿言っていないで、早くいらっしゃい」


 邪界木は、真っ赤な花弁の大きな顔を愛さんに近づけて口を開いた。

 1つになるということは、食うという事か・・・

 おぞましい生き物だ。


 不意に、愛さんが俺に顔を向けた。

 刺すような細い目が、俺の目に刺さる。 

 愛さんの細い手が、地面に押さえつけられている俺の顔に伸びる。


 何かされる――

 俺は、覚悟して目を閉じた。

 フッと、俺の顔を押さえていた力が無くなり、すぐそばでバキバキという音がする。

 何が起きたのかと、俺は恐る恐る目を開けた。


「貴様――何してやがるぅぅぅ」


 目を開けると同時に、邪界木の叫びが聞こえた。

 愛さんが、自分の身体の丈と同じぐらい大きく口を開けて、邪界鬼を喰っていた。

 愛さんの細い両腕が、触手のように伸びてきて、俺にまとわりついている邪界鬼たちを、次々にむしり取って喰っていった。


「何をしていると、訊いているのだ――」


 邪界木の巨大な触手が、愛さんめがけ振り下ろされる。

 ズドーンっと、あたりの地面が振動に揺れた。

 邪界木の触手を、愛さんは両手で受け止め、あろうことかそれも喰い始めた。


「ぎゃぁぁぁぁぁ」


 邪界木は、ちぎれた触手を振り上げて悲鳴をあげる。

 愛さんは、薄紫の唇を白いハンカチでぬぐった。


「あなた・・・何か勘違いしていません?」


 愛さんは、扇子で口元を隠しモグモグしながら問う。


わたくしがあなたなのではなくて、あなたがわたくしなのよ」


 何を言っているんだ?

 俺には意味が解らなかった。


「仲間割れか・・・」


 セイが、邪界鬼の呪縛から逃れ、俺のところにやってきた。

 スーも拘束から脱し、リトを救出しようとリトを摘まんでいる邪界鬼に攻撃をしかけている。


「シロ・・・動けるか?」


 セイが、俺に組み付いていた邪界鬼たちを片っ端から叩き落すと、そう訊ねてきた。

 俺は、全身の状態を確認しながら立ち上がると、身体中痛くてとても動けそうになかったけど・・・


「動けるよ・・・」


 と、答えてしまった。


「あそこだ。あの岩山まで行け」


 セイが指さす方向には、邪界木の背後にあたり、大きな岩山の頂上だった。

 普通の猫のシロだったら無理だったろうけど、今の俺なら行けそうだ。

 俺は、身体を引きずるようにして歩き出した。


 妨害するものはいなかった。

 愛さんや、セイ、スーが暴れまわっていて、俺に気を止める者はいない。 





 岩山の上の眺望は、素晴らしかった。

 遠くに、街の明かりが見える。

 曇っているのか、空に星は見えなかった。


 すぐ眼下では、セイと愛さんが大勢の邪界鬼と闘っている。

 最初は不意を突かれたため、あっけなく拘束されてしまっていたけど、今は形勢逆転だ。

 親玉の邪界木は、リトが一人でボコボコにしている。


 手加減しているのはすぐわかった。

 痛めつけて、遊んでいるのだ。

 猫の良くない一面だ。


 スーが、亀のゲンを掴んで飛び立つと、俺から少し離れた岩山にゲンを置いた。

 何をするつもりだろう・・・

 みんなは、解っているみたいだけど、俺には全くわからない。

 思い出そうとしても、まったく記憶にもない。


「よし! 行くぞみんな――四獣神退魔方陣しじゅうしんたいまほうじんだ!」


 セイが、邪界鬼たちから離れて、俺の向かい側に移動する。

 ゲンのいた場所から、すでに飛び立っていたスーは、ちょうどゲンの真向かいに降りる。


 ――円点線角えんてんせんかく――


 リトの声だ!

 でも・・・邪界木と闘っているリトに、しゃべっている様子はない。

 リトの声だけど、それは耳から聞こえてくるものではなかった。

 ユキさんが使う心話でもない。


 身体中から、全身から聞こえてくる。

 しかも、いつもみたいな舌足らずなしゃべり方じゃないし、しっかりとしたお姉さんの声だ。


 ――えん、周り巡りめくそれは、すなわちえにしなり――


 リトではない。

 ゲンか!

 ちゃんとしゃべっている。


 ――てん、それは遠き、遠き道の先なり、または、夜空に輝く一点の星なり――


 ――すなわち、てんなり――


 これは、スーだ。

 いつもとあまり変わらない。

 眼下での窪地では、リトと愛さんが邪界木と邪界鬼たちと闘っている。


 必死なのは邪界木たちで、リトと愛さんは余裕が見られた。


 ――せん、点と点をつなぐ結びであり、きずななり、絆に集いしたましいかたまりは空間を占める。それはせんなり――


 セイだ。

 丁寧にしゃべると、少し大人びて感じる。

 ん ?

 次は・・・


「お前だ、シロ! ボケっとするな――」


 肉声で、セイに怒鳴られた。


「お前だって言われてもぉぉ」


 俺は、どうして良いかわからずにオロオロしてしまった。


「俺が代わりに念じてやる。お前は、全力で吠えろ!」


 セイがそう言ってすぐ、全身にセイの声が響き渡る。


 ――かく、それは点と点からなる線をつなぎしほうなり――


 もう訳が分からない。

 俺は、セイに言われた通り本気の全力で吠えた。


「がぁぁぁぁぁあああああ」


 岩山に転がる大きな石が、次々と俺の周りに浮遊する。

 俺は興奮しているのか、全身の毛が逆立った。

 体の縞模様も、色濃くなったような気がする。 


 ――四方を固めしそれは、すなわちかくなり――


 セイが言い終わると、俺の身体が金色に輝きだした。

 何事かと戸惑ったが、それは俺だけではなく、セイは青く、ゲンは白く、スーは赤く輝いている。

 俺たちをつなぐように、その光は四方に結び付き、四重の光の壁となった。


「できたぜ! 四獣神退魔方陣しじゅうしんたいまほうじんの完成だ――」


 クククと、セイが卑屈に笑う。

 勝ちを確信している顔だ。


「リト様、お願いします!」


 スーも、若干笑っているようだ。

 光の箱の中心で、リトが目を瞑って仁王立ちになる。

 大きく息を吸って――


「リト様ぁぁぁぁ、いや、応龍様ぁぁ、後生ですぅぅぅ、御慈悲をぉぉぉ」


 リトにボコボコにされて、へなへなになっている邪界木が命乞いをする。

 リトは、目を開いて大きく息を吐いた。

 長く息を吐いて、吐き切ると、箱の中で何かがはじけた。


「にょぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 リトが叫ぶと、箱の中いっぱいに黒い霧のようなものが立ち込めた。

 リトの周囲には、黒い風が吹き、リトは全身の毛を逆なでて叫び続ける。


 ――ぐぉぉぉぉぉおおおおおおおおお――


 俺の全身に、リトの感情が押し寄せてくる。

 それは、すさまじい怒りだった。

 積年の恨みのこもった、おぞましいほどの怒りである。

 俺は・・・リトを畏怖した。








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