本当の俺
70 本当の俺
夜空には巨大な火球があって、何もかもが照らし出されている。
灼熱が降り注ぎ、大地からは水蒸気が登り、木々から煙が立ち上った。
邪界鬼の大きな花からも、煙だか水蒸気が出ていた。
その邪界鬼の口の中にリトが――
リトの悲痛な叫びが――
聞こえなくなった。
リトが、邪界鬼に食われた。
上下左右に邪界鬼の口が動くたび、ボキボキ、ゴリゴリと堅いものを砕く音がする。
「うあぁぁぁぁぁぁ」
俺は、叫んだ。
「――ぁぁぁがぁぁぉおおおおおおおおお」
俺は叫び続けた。
全身で叫んだ。
体の中の、怒りや悲しみ絶望、それら全部を吐き出すかのように叫び続けた。
「リトぉぉおおお」
俺は、駆けだすと邪界鬼めがけ飛び掛かった。
「リトを――食うなぁぁああああ」
俺は、リトをかみ砕いている邪界鬼の顔を渾身の力でぶん殴る。
そこで少し我に返った。
邪界鬼の顔が、まるで豆腐でもすくうかのように、簡単に破壊できた。
剥ぎとられた邪界鬼の口の中に、きょとんとした顔で俺を見るリトがいる。
――良かった。リトは無事だ――
急激な安堵、俺の心が救われた。
俺は、リトをくわえると邪界鬼の顔面を蹴って元居た場所に着地する。
邪界鬼の大きなが幹が、大きな音を立てて倒れた。
――ん? ――
今度は、不可解な違和感に戸惑った。
何もかもが、おかしい。奇妙だ。
俺は、口にくわえているリトを地面に降ろす。
地面が遠い。
何だ、これ?
リトが、小さい。
リトの身体が、俺の前足の指より小さい。
いや、何だこれ・・・
俺の足に、薄ら青い縞模様が浮き出ている。
あれ――
振り返って見れば、全身に縞模様が浮き出ていた。
そういえば・・・前にも一度あったな。こんな事・・・。
蛇になった夜笑さんと闘った時だ。
「おい・・・シロ・・・いや・・・タイガなのか?」
トカゲのセイの声が、すぐ足元でした。
見えない・・・あ、いた。
リトのすぐ隣に、芥子粒みたいなトカゲがいる。
あぶない、あぶない。
踏みつぶすところだった。
あたりが暗くなった。
空を見上げると、さっきまで煌々と大地を照らしていた火球が無くなっている。
「シロさん・・・あなた・・・」
スーが、俺の鼻のすぐそばで羽ばたいていた。
何だか、香ばしい匂いがする。
「白虎だったのですか?」
スーが、俺の鼻の上にとまった。
スーも随分小さいぞ・・・。
何だ? 白虎って?
「にゅー、チロはタイガだったかにょー」
リトが、不思議そうな顔で俺を見上げていた。
「あはははははは」
俺の鼻の上のスーが、爆笑している。
目に涙を浮かべて・・・
何がそんなに可笑しいのか、俺がきょとんとしてしまう。
「いったい何なのさ? これは一体・・・」
俺は、自分の右手をあげて観察する。
デカいし、ごっついし、爪なんて凶器だこれ!
「あなたには、記憶がないのですね・・・でも、これだけは間違いない。あなたは我々と同じ四獣神の1柱、白虎です」
俺の鼻の上のスーが、まっすぐ俺の目を見て言う。
「四獣神? 白虎?」
スーの言葉を復唱すると、何だかおぼろげに古い映像が脳裏に浮かんだ。
色も声も無い、無声映画のような映像だ。
確かに、俺は誰かと一緒に戦っている。
真っ赤に燃える巨大な鳥・・・大きくてとても強そうな青い竜・・・山より大きな亀・・・
そして・・・俺だ。
他の者よりは小さいけど、でも象よりも大きいであろう白い虎――
そうれが、俺だ。
――リトは――
俺は、記憶の中のリトを探した。
いた――
「リトは!」
わかった。リトが何者か理解した。
でも、確信が欲しい。
「リト様は――当時は、あなたも我々もオウ様とお呼びしていましたが・・・」
スーは、俺の気持を察してくれたようだ。
「我々、四獣神を統べる獣神王――応龍様です」
ああ、そうだね。
フフフ、そう、すごい奴だった。
「おのれぇぇぇー、白虎ぉぉぉ」
地響きと共に、邪界鬼が身を起こしながら吠えた。
そうだ・・・俺は、この邪界鬼と闘って・・・
死んだのか?
「おれ・・・死んだんだっけ?」
俺は、鼻先のスーに訊ねる。
「ええ、邪界鬼の隠し玉、賽の実をくらって・・・この現世から消滅しました」
ああ、思い出した。
邪界鬼が、分身を作り出す実だ。
分身じゃないときは、強大な爆発を起こす。
文字通り、どっちが出るかわからない。
その威力を、俺はこの身で知っている。
「えんてんせんかく、やるにょ」
俺の足元にいるリトが言った。
「ええ、今度は油断することなく、決めましょう」
スーが、下を向いて頷く。
「おい! 邪界鬼! 大人しくそこにいろ!」
セイが、するすると邪界鬼の前に躍り出る。
「前回みたいな油断は無いぜ! 滅ぼしてやる!」
「まずは、謝罪します。あの時あなたを死なせてしまったのは、わたし達の慢心です。本当に申し訳ありませんでした」
スーが謝罪するも、俺にはまだよくわからない。
「ごめん・・・まだよく思い出せないんだ」
「ええ、後でちゃんと説明しますね」
スーは、そう言って俺の鼻から飛び立った。
「生きていたなんて、驚きましたよぉー、白虎さん」
邪界鬼が、気味の悪い大きな顔を俺に向けて言う。
「お互い様だ」
俺が消滅した後、リトたちに滅ぼされた邪界鬼が、またこうして現れたのだから、皮肉なものだ。
「あなたは、あまり覚えていないようですが、わたしはあなたのことを、忘れていませんよぉ。子憎たらしいといったらありゃしません」
俺と邪界鬼は、会話を交わしながらにらみ合っていた。
こいつに対して、俺にはものすごく大きな恐怖がある。
身を伏せてしまいたくなるような、重力のような気恐怖だ。
でも、許せない。
こいつに対して、俺は恐怖を覆い隠して余るぐらいの怒りを持っている。
ああ、そうだ。
前回、こいつと闘った時の俺はおぞましいほどの怒りを持っていた。
こいつの所為で、大勢の人間が疫病に苦しみ死んでいった。
人間だけではない、牛や馬、犬や猫の家畜も大量に死んだのだ。
嘆きのあふれる世界で、こいつはそれを糧に成長していったんだ。
多くの神々が傍観する中、俺たちは立ち上がり闘った。
「俺だって、お前を許していないぞ!」
俺は、叫び咆哮をあげた。
そして、駆けだすと邪界鬼の顔面めがけて跳躍する。
「まて、白虎!」
どこからか、セイが叫んだ。
「フフフーン。四獣神最弱の白虎さん。また、あなたは死んでしまうのですねぇ」
邪界鬼は、真っ赤な花弁の真ん中でいやらしい笑みを浮かべる。
俺は、右手を振りかぶって、とっさに思い出した技を繰り出す。
「金爪刃斬――」
俺の爪が邪界鬼の顔を切り裂く直前、邪界鬼は口を膨らませていた。
来る――
俺は、気づいていた。
「逃げて! シロさん!」
大慌てで飛んでくるスーの姿が、視界の端に見えた。
邪界鬼の口が開き、何かが放出された。
岩のような塊が数個、俺めがけて飛んでくる。
そうそう、これだ。
これをくらって、前回は消し飛んだんだ。
賽の実だ――
賽の実が、俺を取り囲む。
そして、一斉に黒く光った。
「消えちゃいなさい。白虎――」
邪界鬼は、愉悦に満ちた顔で笑う。
俺は、咆哮をあげた。
地面の岩石が舞い上がる。
俺は、邪界鬼の顔面を、渾身の力で切り裂いた。
賽の実は、爆発することなく、ボトボトと地面に落ちる。
「うぎゃぁぁぁぁ」
ガラスを引っ掻いたような、邪界鬼の悲鳴が響く。
俺は、着地すると耳を塞ぎながら邪界鬼から距離をとった。
「何をしたんだ?」
すぐ足元から、セイの声がした。
草に隠れていて、その姿は見えない。
「よくわからないけど・・・爆発する瞬間、周囲の岩が賽の実にくっついて、岩の中で爆発したみたいだ」
「なるほどな・・・お前には鉱石を扱う力がある・・・てか、前回もそれで防いどけばよかったじゃねぇーか」
「一回見ていたから、できたんだよ」
そう、俺じゃなくて、タイガが見ていたからできたんだ。
「フン、もうお前なんか雑魚だぜ! 観念しな」
草葉の陰から出てきたセイが、苦しみ暴れる邪界鬼を嘲笑する。
「にゅー、チロだけでよゆーかにょ? ねんこするかにょー」
リトが、後ろ足で後頭部を掻きながら言う。
「ダメですよ! 前回それでタイガさんを失ったんですよ! 反省と成長をしてください」
余裕をぶっこいているリトを、スーがたしなめた。
「おのれぇぇぇ、白虎ぉぉぉ、許さんぞぉぉぉ」
邪界鬼は、鬼の形相で俺を睨んでいる。
すでに顔は再生されていて、大したダメージはないようだ。
「子供たちぃぃぃ――」
邪界鬼は、触手のような枝葉を空に掲げるとそう叫んだ。
「発芽!」
俺たちは、邪界鬼が何かをするのだろうと、邪界鬼に注意を向ける。
しかし、 それは過ちであった。
地面から、何かが出てきて俺の足を掴む。
2本、3本と人の手のようなものが何本も地中から生えてきた。
それは、俺の周りだけでなく、あたり一帯あちこちで――
それは、人の姿をしていた。
濃い緑色の人型だった。




