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狐火舞う古戦場

69 狐火舞う古戦場


 

 

 何も考えずに、俺はひたすら山を登った。

 ここに生えているのは杉の木ばかりで、地面には枯れた杉の葉が敷き詰められている。

 たまに滑って足を取られたけど、柔らかくて走りやすかった。


 山を登っているのは、俺だけではない。

 周囲には、いっぱい妖怪たちがいる。

 みんな人間の姿ではなくなっていて、いつもの俺ならビビリあげて腰を抜かしていただろう。


 妖怪たちは、俺なんかを気に留めることもなく、りつかれたように歩いている。

 山の頂を目指しているのは、俺も一緒だ。

 俺は、妖怪たちの足元を潜り抜け、追い抜いて行った。


 いつもなら、すぐに息を切らせてへばってしまうのに、今日はいくらでも走れた。

 体の奥から、いろいろな感情が湧き出てくるんだけど、それを押し殺すのに必死で疲れや息切れなど感じないみたいだ。


 山の頂に着いたけど、ここではなかった。

 下り坂があって、その先にまた上り坂がある。

 大勢の妖怪たちが、その先を登っているのが見えた。

 がっかりなんてしない。


 ――行くぞ――





 何て高い山なのだろう。

 周囲の木が、杉から名前も知らない色々な木に変わった。

 背の低い松が多い。


 俺は平気だけど、妖怪たちは難儀しているようだ。

 先を見上げると、もう少しでいただきのようだが・・・

 その先にまた、新たな頂があるのかもしれない。


 目の前の頂が、ほんのりと白く靄のように光っている事に気づいた。

 地面から、細かい振動がある。

 風が吹くと、その風に大勢の悲鳴か怒号のようなものが混じっていた。


 近い気がする。

 俺は、少しだけ重くなった足を前へ前へと動かして、頂を目指した。

 近づくにつれ、禍々しい叫び声が聞こえてくる。


 間違いない。

 この先だ。

 山の頂は、木などは無くて大きな岩だった。


 その大きな岩の上に立つと、俺はおぞましい光景に息をのんだ。

 眼下には、まるでスプーンですくい取ったような綺麗な窪地があった。

 その窪地に、大勢の妖怪たちが集結しているのである。


 青や橙色の人魂が飛び交い、もしテレビでこの映像を見たなら美しいと感じてしまいそうだ。

 妖怪たちは、怯え泣きながらじわじわと進んでいる。

 その先には、巨岩が倒れていて、その上に巨大な木――


 いや、巨大な草が生えていた。

 真っ赤な大きな花を咲かせ、花の中心には1つの目と大きな口がある。

 触手のようにうごめく枝が無数に生え、枝の先には葉のような棘のある双葉があり、それが妖怪たちを捕まえては、ぼりぼりと音を立てて食っていた。


 何故だ・・・

 悲鳴をあげ、泣き叫びながらも食われんがため前に進む妖怪たちの姿に、俺は身の毛がよだつのを感じた。


 あれが・・・邪界鬼じゃかいき

 太古より、この土地に災いをもたらし続けてきた元凶――

 邪界鬼の前に、不自然な空間があった。


 妖怪たちが、その一角にだけいない。

 三角形のその空間は、ほんのりと淡い光を放っている。

 三角形の中心に、小さな蚤粒のようなものが落ちていた。


「リト!」


 俺は、見つけると同時に走り出していた。

 三角形の中心に、リトが倒れている。

 三角形の角には、スーとセイとゲンがいた。


 リトを取り囲んで、守っているように見える。

 何がどうなっているのかわからないけど、俺は無我夢中で岩を駆け下りた。

 妖怪たちが、崖を転がり落ちて行く。


 俺は、落ちていく妖怪たちに巻き込まれないようかわしながら、窪地の底に着地した。 

 降りてみれば、そこは妖怪たちがひしめき合っている。

 すぐ近くに、長い黒髪の女がいた。


 薄汚れた着物を着ていたが、人間ではなかった。

 顔には、目も鼻も口もない。

 何もない顔を、爪を立てて掻きむしっている。


「いやぁだぁぁぁ。いやぁぁぁ」


 女の後頭部から、嘆く声が聞こえた。

 よく見れば、後頭部の黒髪の中に口がある。

 妖怪たちが邪魔で前に進めない。


「なぜ嫌なのに行くんだよ!」


 俺は、苛立ちながらその女に訊ねる。

 女は、何もない顔を俺に向けた。


「身体がぁぁぁ」


 女は俺に手を伸ばそうとするが、足が前に進んで、その手は俺から離れていく。


「くそぉぉ」


 俺は女の背に飛び乗って、頭までよじ登った。

 開いた口がすぐそばにあって、気味が悪いと思ったが、その女は助けてと言った。

 そうか・・・操られているんだ・・・みんな・・・。


 妖怪たちの頭が、所狭しと並んでいる。

 嫌だ嫌だと、嘆く声が周囲からは聞こえ、遠くからは断末魔のような叫び声が聞こえた。

 俺は、前を行く妖怪の頭に飛び移った。


 顔は人間の女だけど、身体は蛇だ。

 すかさず、その前の妖怪に飛び移る。

 髪の毛が無い妖怪で、滑って落ちそうになった。

 爪を立ててよじ登ると、痛い痛いと言いながら振り返ろうとする。


「ゴメンゴメン」


 俺は、謝りながらその妖怪の顔を見る。

 顔は、目玉が一つあるだけだった。

 俺は、妖怪たちの頭を飛び移りながら、前方の微かな光を目指した。





「シロ! なぜ来たんだ!」


 姿は見えなかったけど、トカゲのセイの声がした。

 俺は、その声めがけて飛び上がると、うまいことに光の中に飛び込めた。


「シロさん! どうやって――」


 鳩のスーがいた。

 飛んでいるからすぐわかる。

 俺の目の前には、倒れているリトがいる。

 俺は、リトのもとに駆け寄った。


「リト! リト! やられちゃったの!」


 リトは返事をしなかったけど、代わりに背後のセイが答えた。


「雑魚ばっか相手にして、疲れて寝ちまったんだよ!」


 セイは、迷惑そうに言った。


「そうか・・・無事なんだ」


 俺は、安堵した。

 よく見れば、小さな鼻で寝息を立てている。

 遠くから見たら、死んでいるようにも見えた。


「しぃぃろぉぉさぁぁんー、だぁぁいぃぃじょぉぉぉぶぅぅ?」


 右手に亀のゲンがいる。

 のんきな声で、首を伸ばしていた。


「みんなは、何をしているの?」


 リトから離れた所にいて、動こうとしないみんなに違和感を覚えた。


「結界だよ! リト様が寝ちまったから、結界で守っているんだよ!」


 不愉快そうにセイが言った。

 妖怪たちの足元に、やっとセイの姿を見つけた。

 今にも、妖怪に踏みつぶされてしまいそうだ。


「しかし・・・シロさん。平気なのですか?」


 高いところから、スーが訊いてきた。

 平気? 平気なものか――


「俺は、平気だけど・・・鶴姫が・・・」


 俺は奥歯をかみしめて、泣き出しそうになるのを堪えた。

 スーは、そんな俺を探るような眼で見降ろしている。


「ここには、生きとし生けるものを惑わす臭気が漂っています」


 スーはそう言って、邪界鬼に目を向けた。

 俺は、見ないようにしていたけど、つられて見てしまった。

 すぐ目の前に、妖怪たちを貪り食う大きな花のバケモノがいる。

 何と言うおぞましい姿だろうか――


「あなたは、なぜ操られないのです?」


 スーが、怪訝そうに俺を見る。


「知るか!」


 俺は、怒鳴った。

 知らないよ! そんなこと!

 どうでも良いんだよ。そんなこと!


 もう、やめよう。

 もう帰ろう。

 もう・・・逃げようよ・・・


 俺の心の中の近いところで、俺が言う。

 いつもの俺だ。

 逃げようと思えば、いつでも逃げられるのに・・・


 それをさせない俺が、心の深いところにいるのだ。

 そいつは、煮えたぎりそうな怒りを、今にも爆発させそうだ。


「ふぅあぁぁぁぁぁー、良く寝たにょー」


 俺の足元にいたリトが、伸びをしながら起き上がった。


「リト!」


 離れてから大した時間はたっていないけど、逢いたかった。

 逢いたかったよ。リト!


「にゅー、なぜチロがいるにょ?」


 リトは、まん丸い目で不思議そうに俺を見ている。

 リト・・・いっぱい色んなことがあったよ。

 いっぱい、話さなきゃいけないことがあるんだ。


 でも・・・何から話せば・・・

 俺は、リトに会ってホッとしたからか、力が抜けてしまった。

 立っていられなくなって、その場に座り込んだ。


「さて・・・かるくやっつけるかにょ」


 リトは、そう言って二本足で立ち上がると、邪界鬼の方を向いてしまった。

 ああ、確かに・・・それどころじゃないよね。

 小さな背中だ。


 子猫みたいな小さな背――

 でも、なぜこんなにも頼もしく見えるのだろう。

 そんなリトの背を眺めていて、リトの右腕が小刻みに震えているのがわかった。


 背中からは、怨念のような怒りのオーラが漂っている。

 リトは、ゆっくりと震える右手を振りかぶると、無言でそれを突き出した。

 物凄い風と衝撃が発生し、周囲の妖怪たちが吹き飛ばされる。


 リトの右腕からは、丸太のような大きな黒い柱が飛び出して、邪界鬼の真っ赤な花を跡形もなく消し飛ばした。

 頭部の無くなった邪界鬼は、ゆっくりとその巨体を傾けたが、地面に倒れる直前で無数の枝葉で巨体を支える。

 枝の先に付いていた牙の生えた双葉が、いつのまにか蕾のようなものになっていた。


「ひどいじゃないか」「ひどいじゃないか」「ひどいじゃないか」「ひどいじゃないか」


 無数にある枝の先にある蕾が、一斉に花を咲かせ、口々にリトを非難する。

 そのすべてに、さっきの大きな花と同じ顔があった。

 リトに消し飛ばされた大きな花のあった場所にも、蕾ができて花が咲いた。


「いったぁぁぁいぃぃ」


 真っ赤な花弁を開き、中心にある顔がしかめっ面で叫ぶ。


「不意を突くなんてぇー、最低ねぇー、子猫ちゃん」


 邪界鬼は、不敵に笑う。


「お食事中なのでぇー、もう少しお待ちいただけますぅー」


 邪界鬼は、無数の枝を伸ばして、周囲にいる妖怪たちを無作為に食いだした。


「ちょ――ほんき――」


 リトは、叫びながら飛び上がった。


「リト様! 無駄です!」


 スーが叫んでリトを制すも、リトは止まらない。


千手観音菩薩拳せんじゅかんにょんぼしゃつけんにょぉおおおお」


 リトの両腕から目にもとまらぬ速さで、さっきの巨大な黒い柱がマシンガンみたいに何本も放たれた。

 まるで、台風が目の前にいるかのようだ。

 妖怪たちは、爆風で吹き飛ばされ周囲から完全に姿を消した。


 残っているのは、結界の中にいる俺たちだけだ。

 俺が吹き飛ばされないのは、この結界のおかげか・・・

 それでも、地面にしがみついていなければならなかったけど・・・


 風がやんで、リトが着地する。

 粉塵が治まると、そこには何もなくなっていた。

 邪界鬼は、一瞬にして跡形もなく消し飛んだ。


「やったー」


 すごいよ、リト!

 こんな必殺技があるなら、最初から使えばいいのに。


「はぅぅぅー、腕がもげそうにょー」


 リトは、腕をだらりと垂らして地面に座り込む。


「リト様! 油断してはいけません!」


 スーが、険しい顔で叫んだ。

 邪界鬼は、跡形もなく消し飛んだのに、スーは何を言っているんだ。

 俺は、必死な形相のスーが可笑しくて笑ってしまった。


 しかし、そのときだ。

 あたりの地面から、棘のようなものが何本も突き出してきて、それは蛇ように俺に巻き付いてきた。

 俺だけじゃない。


 リトやセイ、ゲンも巻き付かれている。

 間一髪で逃れたのは、空を飛べるスーだけだった。


「にょー、ぐるぐるにょー」


 素っ頓狂な声をあげるリトが、空高く吊るしあげられる。


「だから油断禁物と言っているのです!」


 スーは、リトを助けようと急降下してリトに巻き付いている蛇のような蔓に攻撃をしかけた。

 そのスーにも何本もの蔓が襲い掛かり、スーはやむなく空へ退避する。


「あぁぁぁれぇぇぇー、うぅごぉぉけぇなぁぁぁいぃぃぃ」


 亀のゲンは、蔓でぐるぐる巻きにされ姿さえ見えなくなっていた。

 地面から蔓がいっぱい生えてきて、それらが束になって1本の大きな幹になる。


「どうしてくれるのですかぁー、あたしのお食事ぃぃぃ」


 大きな幹の上に巨大な蕾が出てきて、それが開くと、さっきと同じ真っ赤な花弁の顔が咲いた。


「この程度で、倒せたら苦労しません!」


 空を飛び回りながら、スーが非難がましくリトに言う。


「にゅー、もうちかれたにょ―」


 リトは、手足を蔓に引っ張られて大の字で吊るされている。


「やむをえません。焼き払います」


 スーは、襲い掛かる蔓を旋回しつつかわすと冷静に言い放つ。


「まてまて、早まるな!」


 体に巻き付く蔓から逃れようと、トカゲのセイは身を捩りながら呻く。


「この地を、焦土とする気か――」


「今回は、完全に読み違えました」


 空を旋回するスーが、口惜しそうに嘆いた。


「百鬼夜行の行軍を見誤り、この者の成長速度も見誤りました。敗北です」


 そうしているうちに、邪界鬼には次々と新しい蔓が巻き付いていき、どんどんと巨大化していく。


「もう、すべてが手遅れなのです!」


 スーは、そう言い残すと垂直に空高く舞い上がった。


「まてぇぇー、スー! シロもいるんだぞぉぉぉ」


 セイが、空に向かって叫んだ。

 スーは、何か言ったのだろうか? 返事は聞こえなかった。

 俺がいるから、何なんだろう?


「ふふふぅー、良いのかしらぁー、この子、たべちゃうぞぉぉ」


 邪界鬼が、幹の最上部に咲かせた大きな花の、大きな口を開く。

 その口の真上に、大の字でぶら下がるリトがいる。


「この子だったら、1000匹分のご飯に匹敵するよねぇぇ」 


「にゅぉぉぉ、いやにょぉぉぉ」


 リトの悲鳴――

 俺の中の、深いところにいる俺が、戦慄している。

 体中の血管だか神経が、ピリピリと痺れるような感覚がした。


「やめろぉぉ、スー! リト様を救え!」


 セイが、絶叫した。

 スーが飛んで行った空に、巨大な火球が出現する。

 真っ赤に燃えていて、まるで太陽のようであった。

 夜のはずなのに、あたりは昼間のように明るくなった。


「フフフ、焼かれる前に食べちゃおぉぉ」


 邪界鬼は、大きな口から脈打つ巨大な舌を伸ばし、その上にリトを置く。


「にょぉぉぉー、いやにょぉぉぉー、食べられちゃうにょぉぉ」


 リトの、悲痛な叫びが聞こえた。

 そのとき、俺の中の深いところで何かがはじけた。








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