表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/76

行け! シロ

68 行け! シロ




 黒鷹の操る黒いバイクは、爆音で爆走する。

 あっという間に市街地を抜け、稲田の中の国道をぶっ飛ばしていた。

 揺れと振動もすさまじく、鶴姫の乳房でだいぶ緩衝されているのだろうけど、頭が痛くなってきた。


「黒鷹! あっちは車だ! 急げば追いつけるぞ!」


 鶴姫が、黒鷹を鼓舞する。

 あっちとは、たぶんカシンたちが乗るスポーツカーの事だ。

 しかし、千代さんがハンドルを握るスポーツカーも早そうだけど・・・


 激戦の後は、車とバイクのレースか――

 忙しい一日だ。

 夜の田園風景が、ずっと続いている。


 西を目指しているようだけど、どこに向かっているのか正確な場所は俺にもわからない。

 百鬼夜行は御山おんやまを目指しているって言っていたから、そこに向かっているのだろうけどなかなか山には入らなかった。

 遠くにそびえる山は見えているけど、大きく迂回して進んでいるように思える。


「姫! 高速道路に入ります! 高速に入ったらアレを使います」


 黒鷹が、後ろを振り返って叫ぶ。


「ああ、わかった――シロ! シロ!」


 鶴姫は、了解して胸元にいる俺を呼んだ。


「これから高速でぶっとばすから、あんたは奥に入ってな」


 鶴姫の顔を見上げながら、俺は頷いた。

 面頬めんぽうで顔のほとんどが隠れているのだけど、鶴姫の美しさに胸がキュっとなる。

 吸い込まれそうな涼やかな瞳に、潤いのある果実のような唇、黙っていれば世界で一番の美女だ。

 バイクが田園沿いの道から、高速道路へと上がった。

 何台かの車を、縫うように追い抜くと前方が開ける。


「発動します!」


 黒鷹が叫ぶ。

 鶴姫が、俺を胸の奥へと押し込んだ。

 何が始まるのだろう?


 ――アフターバーナーを発動します――


 聞きなれない女性の声がした。

 大きな声だ。

 俺の足元から聞こえる。


――周囲の車両は、ご注意ください――


――燃料系ライン作製完了、バーナー点火確認良好――


――システムオールグリーン。アフターバーナー発動可能――


――後方車両は、退避してください。後方車両は退避してください――


「発動!」


 黒鷹が、叫んで身をかがめた。

 鶴姫も、黒鷹に抱きつくようにして伏せる。

 バイクの後ろで、爆発音がした。


 同時に、飛行機に乗った時のような衝撃に全身が押される。

 何だこれは・・・俺は呼吸が苦しくて・・・意識が遠のいていく――





 バイクは、闇の中を走っていた。

 急な上り坂と急なカーブが続く。

 俺は、意識を失って――その後は心地良くなって眠ってしまったようだ。

 鶴姫の胸の中でもぞもぞしていると、声をかけられた。


「いやな気配がプンプンする。いつ何が起こるかわからないから、用心しな」


 俺には、夜闇と木々の影しか見えない。

 それからしばらく、登ったり下ったりを繰り返し、小さな集落に出て、また山道のカーブを繰り返した。


 随分遠いなぁ――

 俺は寝ていてわからないけど、だいぶ時間も経ったようだ。

 そろそろ・・・飽きてきた。

 最初は心地よかったこの場所も、狭くて抜け出したくなる。


「シロ! あまり動くな。着物が乱れるだろう」


 鶴姫が着物の袂を開いて、中にいる俺を叱る。

 バイクが止まった。

 着いたのかな?


 俺は、鶴姫の胸元が開いているのを好機と、鶴姫の乳房を掴んでよじ登った。

 鶴姫の注意も、どこかに向いているようだ。

 そこは、峠道の登りきった所で、眼下に山間の窪地に田畑が広がっているのが見える。


 黒鷹と鶴姫が、黙ってそちらを見下ろしているので、俺も目を凝らして眺めてみる。

 田畑の畦道や農道に、うごめく何かがいた。


 何だあれは・・・。

 人のようだった。

 大勢の人・・・でも、様子がおかしい。


「何なの?」


 俺は、鶴姫の顔を見上げて訊ねた。


「何てことだ・・・してやられた・・・」


 鶴姫が、悔しそうに呻く。


「あいつら・・・人に化けて、各個に移動していやがったんだ」


 俺は、眼下の田畑に目を戻す。

 人のようだが、それは違う。

 あれは、人に化けた魑魅魍魎たち・・・。


 百鬼夜行は、分散してここに集結したのだ。

 黒鷹がスマホを取り出して、どこかに電話をかけている。


「出ないかい?」


 鶴姫が訊ねると、黒鷹は首を振って、スマホを操作する。


「カシン・・・」


 鶴姫は、空を見上げて呟いた。

 そうだ・・・カシンとリトが先に来ているはずなんだ。

 どこにいるんだろう?


「姫!」


 黒鷹が、慌ただしくスマホを懐にしまう。

 それは、俺にもわかった。

 周囲の木陰から、大勢の気配を感じたのだ。


「とりあえず出しな! 行けるところまで行くんだ!」


 鶴姫が叫ぶと同時に、バイクは道路を蹴って走り出した。

 大勢の気配が、背後に迫っているのを感じる。





 どうして・・・

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。

 俺の前には、兜も面頬も脱げ、うつろな目をして倒れている鶴姫の顔があった。


 口端から、赤い線が地面まで伸びていて、顔の下の土を黒く染めていた。

 黒鷹が、俺を覗き込んで必死の形相で何かを叫んでいる。


「シロ! しっかりしろ!」


 黒鷹の声が、聞こえた。

 返事はできなかったけど、俺は黒鷹を見た。

 俺は、路肩の小さな祠の中にいた。


 そうだ・・・。

 突然、俺たちは窮地に追い込まれたんだ。

 俺たちを乗せたバイクは、下りの峠道を降りきって田畑の広がる農道に出た。


 そこで、突然雪崩のような妖怪たちの群れに襲われたのだ。

 俺たちは、バイクごと跳ね飛ばされて、蕎麦の香る畑の中に落ちて、鶴姫と黒鷹が必死に闘いながら、この小さな祠の前まで逃げてきたのである。


 人間の姿をした者もいたが、顔が牛だったり、狸だったり、首の長い女だったり、妖怪の姿に戻りつつあるものもいた。

 一人だけ、人語で叫ぶお坊さんがいた。

 服がボロボロだけど、周囲の妖怪たちに指示を出しているように見える。


「あいつだ・・・あいつが野寺坊のでらぼうだ」


 鶴姫が、逃げながら言っていた。

 火の玉がいっぱい飛んでいて、あたりは山間にあっても夕暮れ時のような明るさだ。

 二本足で歩く、爪の長い狼が執拗に鶴姫を襲う。


 黒鷹も、鶴姫を助けようとするのだけど、包丁を持った老婆と、美しい女の顔を持つ巨大なクモに阻まれて近づけない状況だった。

 鶴姫は、何とか狼を倒したけど左腕を切られ負傷した。


 鶴姫は、路肩にこの小さな祠を見つけると、俺を祠の小さな扉を開けて放り込む。

 猫の俺が、1匹やっと入れるぐらいの小さな祠だ。

 扉を閉めると、鶴姫は屈みこんで手を合わせる。


「この地を守りし土地神様よ。この小さな命を護りたま――」


 そんなこと、そんなことしなくていいのに!

 鶴姫は屈みこんだ背後から、牛の顔をした武士に切りつけられた。


「姫!」


 黒鷹が叫んだが、黒鷹の周りにもいっぱい妖怪がいて鶴姫に近づけない。

 鶴姫は立ち上がり、振り向きざまに牛顔の武士を刀で切り払った。

 鶴姫の鎧は、肩の紐が切れて斜めにぶら下がっている。


 背中の小袖が、血に染まっていた。

 俺を胸元に入れるために、鎧の紐を緩めたから・・・

 俺を祠に避難させるために、背中を向けたから・・・


 二人は、一生懸命に闘った。

 俺は、祠の格子窓からそれを見ていた。

 鶴姫は兜を飛ばされ、面頬は自分で外して敵に投げた。


 黒鷹は、黒いスーツが切り刻まれてボロボロになった。

 俺は、二人の名前を何度も呼んだ。

 でも・・・でも・・・





「シロ!」


 黒鷹が、祠の中の俺を見てにっこりと笑う。

 初めて見た黒鷹の笑顔――

 その顔には、額を切られて赤い線がいっぱい流れている。


「シロ、行くんだ。お前は勇敢な漢だ。行くんだ」


 時折顔をしかめながら、黒鷹が言う。

 行けって・・・どうして・・・どうやって・・・

 黒鷹の背の先に、横たわる鶴姫の顔がある。


 鶴姫は、うつろな目をしていてピクリとも動かない。

 黒髪が目にかかっているのに、気にする様子もない。


 鶴姫――

 大好きだよ。鶴姫――

 黒鷹は、祠から俺を出すと山の上を指さす。


「この方向だ・・・まっすぐ駆けあがれ」


 黒鷹は背後に近づく狸の顔をした僧侶と、狐の顔をした僧侶を続けざまに切った。


「振り向かずに、駆けあがれ! お前ならやれる・・・」


 黒鷹は、肩越しにそう言って左手の親指を立てる。

 やめろよ――いつも寡黙でちょっと怖い黒鷹なのに・・・


 怖い顔していてくれよ――

 黒鷹は、右手の刀を引きずりながら鶴姫の傍に歩み寄る。


「姫、それがしもすぐに参ります」


 黒鷹は、じわじわと迫りくる妖獣たちを警戒しながら、鶴姫を片手で抱き起し、唇に口づけをした。

 そのときだけ・・・


 ほんの一瞬なんだけど、時が止まったように思えた。

 一瞬が、長く感じられた。


「行け! シロ!」


 黒鷹は、振り向いて叫ぶ。

 その顔は、覚悟を決めた男の顔だった。


 やだよ!

 嫌だよ!!


 俺は、二人に背を向けて駆け出す。

 嫌だけど、嫌なのに・・・

 黒鷹の雄叫びが聞こえ、妖怪どもの悲鳴や怒号が聞こえた。


 急な勾配を、俺は爪を立てながら走った。

 黒鷹が指示した方向を、ただまっすぐに駆け上った。

 振り向くなと言われたから、俺は振り向かない。


 黒鷹の声も、妖怪たちの声も、すぐに聞こえなくなった。

 一度、足を止めたけど、俺は振り向かない。

 俺は、叫んで自分を奮い立たせながら山を駆けのぼった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ