女武者の闘い
64 女武者の闘い
氷槍を背に構え、氷の甲冑に身を包んだユキさんが、氷の上を駆けてくる。
「うぅぅぅ寒い」
氷の棘を砕きながら、威徳天のおじさんが立ち上がった。
その頭上を、槍を構えたユキさんが飛び上がる。
「氷槍の10連撃――×24倍!」
ユキさんは、威徳天の頭上から槍の連撃を放った。
前に、武蔵坊弁慶を倒した技だが、槍の密度が前回の技よりはるかに多い。
それはまるで、凍った滝が落ちてくるかのようだった。
激しい音と衝撃がして、氷の欠片が飛び散る。
俺は、氷から目をかばいながら、一番近くにいた雅の元に駆け寄った。
雅をかばうように、夜雲が覆いかぶさっている。
「二人とも大丈夫?」
俺が声をかけると、夜雲が顔を起こした。
「俺は大丈夫だが・・・雅さんは気を失ったままだ」
夜雲は、力なく横たわる雅を担ぎ上げた。
「こっちだよ!」
俺は、近くの木陰に夜雲を誘導する。
周りを見ると、他の人たちも起き上がっている。
良かった。みんな無事のようだ。
「しかし、ユキさんはとんでもねぇな」
夜雲は雅を地面に降ろすと、少し離れた広場で戦っているユキさんを見て苦笑する。
「神と対等に戦っているぜ・・・」
「え! 威徳天って、神様なの?」
俺は、びっくりして訊ねた。
雅は、魔王と言っていたけど。
「魔王威徳天と呼ばれた時期もあったが、当時の陰陽師たちが祓いきれなくてな、神として祀ったのさ」
なるほど・・・とは思わない。
だから、なんで魔王が神様なのさ?
俺の頭の中に ? がいっぱい飛んでいたけど、解らないから考えるのはよそう。
「雅さんの様子はいかがでしょう?」
木々の陰をつたいながら、役小角らがやってきた。
「雅さん、無理しすぎだよ・・・」
小柄が、屈みこんで横たわる雅の顔を覗き込む。
「小柄、回復の祈祷をしましょう」
小柄の背後にいる後鬼というお姉さんが、小柄の隣に膝をつく。
「はい、お母さん・・・」
小柄は、後鬼を見てそう言った。
え?
ああ、そうなんだ。
お母さんなんだ・・・。
若いなお母さん!
お姉さんかと思った。
前鬼と呼ばれていたおじさんが、小柄と向かい合って雅の傍らに座る。
じゃぁ・・・このおじさんは・・・
顔は日に焼けていて、皺が深い。
小柄とは何も似ていないが、父親なのだろう。
「氷槍の大扇風機――」
ユキさんは、氷の槍を車輪みたいにぐるぐる回した。
確かに、扇風機みたいだ。
槍の扇風機から強風と激しい雪が放出され、威徳天に吹き付ける。
威徳天のおじさんは、身をかがめて耐えていたが、震えながら天を指さす。
「ま、まったく冗談じゃない」
威徳天は、震えながら立ち上がると、天に向かって叫んだ。
「雷撃の雨!!」
空が一瞬光ったかと同時に、いくつもの稲妻が地に落ちた。
ゴロゴロ何て言わない。
ドンドドドドンだ。
その一発が、槍を持つユキさんに直撃した。
衝撃で、ユキさんの身体が飛ばされる。
「ユキさん!!」
俺は、離れたところから見ていたけど、慌てて飛び出そうとした。
それを、白髪頭の小角に止められる。
「大丈夫です。近づいたら危険ですから、ここにいなさい」
諭すように言う小角だが、俺は何を言ってんだこのじぃさん、と思ってしまった。
だって、雷に打たれたんだぞ。
しかし、危険だから行くなという言葉に、俺は本能的に従った。
見ていると、ユキさんは無事だった。
槍を支えにして立ち上がる。
兜の角のような飾りが1本折れてはいたが、それほど大きなダメージはないようだ。
「雷に打たれたのに・・・」
俺は、見ている光景が信じられなくてそう呟いた。
「氷は、電気を通しませんからね。天神様には闘いづらい相手でしょう」
ちらりと、小角はユキさんに目を向ける。
小角ら天狗の一族は、威徳天の味方のようだが、俺たちはユキさんを応援するし、何だか複雑になってきた。
ううっ――
後鬼の膝の上の雅の顔が、うめき声と共に苦痛を浮かべる。
雅の目が開いた。
「気がつきましたね」
後鬼が、膝の上の雅の頭をそっと撫でる。
「ああ、小杖さん・・・わたしは一体・・・」
言いながら、雅は身体を起こした。
「天神様の雷撃で気を失っていたのよ」
後鬼・・・名前は小杖と言うらしい。
後鬼と呼ばれているが、小柄のお母さんで、名前は小杖・・・。
後鬼で良いか・・・しばらくは・・・
後鬼は、乱れた雅の着物を背後から直す。
「おのれ・・・魔王め――」
雅は、ふらつきながら立ち上がる。
「雅さん。まだ座っていた方が良いよ」
雅の身体を支えながら、小柄が身を案じる。
雅は、威徳天と闘っているユキさんに目を止めた。
「あれは・・・」
「ユキさんだよ! 助けに来てくれたんだ」
俺は、俺もいるからねアピールで雅の足に掴みかかった。
視点が低いからさ、そろそろ誰かに抱っこしてもらいたいんだよね。
「すごいね。あの雪女! そりゃ弁慶も軽くやられちゃうわけだ」
小柄は、感心してユキさんを見る。
ユキさんと威徳天の、激しい攻防はまだ続いていた。
傍から見る限り、ユキさんが押しているように見える。
雷と氷だと、氷の方が強いらしい。
さっき、役小角がそう言っていた。
「昔さぁ、雪山で彼女に会ったことがあるんだよ」
今は立ち上がって、腕組みをしながら観戦している前鬼がぼそりと言った。
どうやら小柄に語り掛けているらしい。
「お母さんと一緒だったのだけど、あの人いきなり襲い掛かってきて――」
思い出話のようだ。
前鬼は、夜空を見上げながら過去の出来事を淡々と語った。
後鬼が、そうだったわねー、と相槌を打つ。
「めちゃくちゃ強くて、逃げるので精一杯だったよ」
ははは、と笑う前鬼であったが、小柄に反応はない。
「知らないうちに、彼女たちの暮らす地域に入り込んでしまったらしくてね――」
相手にされていないのに、前鬼は語るのをやめない。
「それでさ――」
「あのさ、今それどころじゃないの!」
ピシャリと小柄が言う。
前鬼は、語り掛けの口を開けたまま喋るのをやめた。
父親なんだろうけど、娘に嫌われているのか?
「ユキメさんを、支援します・・・」
雅は、ゆっくりと広場の方へ歩き出した。
「では、我々は天神様を――」
そう言って立ち上がった小角を、雅は睨みつける。
「やめないか・・・手出し無用だ」
夜雲が、間に入って取り繕う。
「たとえ小角様といえども、敵となれば容赦はしません」
小角を睨みつけたまま、雅は冷たく言い放った。
「天の選びますままに――」
雅を見つめる老人の目は優しかった。
「あれは、悪魔です。けっして神などではない」
雅は、睨みつける先を威徳天に変え歩き出す。
その雅に、突然夜雲が飛び掛かった。
勢いあまって、雅と夜雲はうつ伏せに倒れこむ。
止めるにしても、やりすぎだろう・・・。
そう感じながら、俺は夜雲を見ていた。
「いきなり何を――」
雅は、真っ赤な顔で自分に覆いかぶさる夜雲をどけようとする。
その夜雲の背中から、真っ赤な血が噴き出した。
俺の頭上を、ガチャンと音を立てて何かが飛び越える。
鶴姫だ――
甲冑姿の鶴姫が、何かに切りかかった。
「夜雲さん!」
いつもより高い声で、雅が叫ぶ。
悲鳴のようにも聞こえた。
「雅! 何度も何度もふざけんなよ! 周りが見えないならどこかに消えな!」
鶴姫は、敵に正対したまま雅を叱った。
――敵は――
刀を持った人影
シルエットから、女性のようだ。
少しうねった髪が、微風に吹かれふわりとなびく。
「何者だい?」
雅は、刀を青眼に構えたまま俺たちから離れる。
注意を引いてくれているんだ。
小角たちは、敵に注意を払いながら夜雲を取り囲む。
「帯を巻きます。雅さん、あなたの帯を貸してください」
後鬼は、夜雲の傷を押さえながら小声で言った。
雅の反応はない。
どうしたんだろうと思って、俺は雅の顔を見た。
目を見開いて、夜雲の背を見つめている。
感情は読み取れない。
驚いているのだろうけど。
バシッて、後鬼が雅の頬を叩いた。
「はやくなさい!」
雅は、慌てて立ち上がり着物の帯をほどき始める。
俺は、全身で震えた。
何が何だか、何も理解できていない。
何が起きているのかわからないのに、恐怖が先にやってきた。
恐ろしくて、怖くて・・・
でも、涙だけは出ないように必死にこらえた。
泣いてはいけない気がした。
「わたしは、陰の調――」
黒い人型の女は、優しい声をしていた。
綺麗な声をしている。
「わたしの子供たちを殺したのは、あなたたちね?」
黒い女は、刀を担ぐように構えなおす。
前に鶴姫に教わった。
八双の構えだ。
「お前は、影中人たちの親玉か?」
鶴姫は、じわじわと黒い女を引き離す。
黒い女は、夜雲の治療にあたる陰陽師らを撫でるように眺めると、鶴姫に向かった。
的を鶴姫に絞ったようだ。
黒い女は、向きを変えても真っ黒だった。
どの角度から見ても黒い影だ。
ただし、影走りや影中人たちのように、ふわふわしていない。
何と言うか・・・影中人たちは柔らかそうだが、この女は硬そう。
いや、女だから柔らかいかもしれないけど、そう・・・実体がしっかりしている。
形が、はっきりしているのだ。
陰の調と名乗ったその女が動いた。
鶴姫の正面から飛び掛かり、刀を振り下ろす。
それを、鶴姫は刀を斜めに受ける構えをとった。
「飛べ!」
どこからか、黒鷹が叫ぶ。
鶴姫は、受けの構えのままその場でジャンプした。
その鶴姫の足元を、黒い刀の刃が横に走る。
陰の調は、いつの間にか鶴姫の背後に回り込み、しかも屈みこんで鶴姫の足を狙ったのだ。
鶴姫が着地するより先に、背後の足元に1本の矢が突き刺さる。
黒鷹が放ったのだろうが、そこに陰の調はもういなかった。
「姫!!」
闇の中から黒鷹が叫びながら駆けてきて、ちょうど着地して構えなおそうとする鶴姫に体を食らわせる。
――何を――
鶴姫の身体が黒鷹に跳ね飛ばされ、黒鷹の腕から鮮血が噴き出した。
黒鷹の足元には、背を丸め、刀を振り下ろした後の陰の調がいた。
「小角殿! 夜雲は捨て置け!」
短刀を振り下ろしながら、黒鷹が叫ぶ。
「やぁぁぁぁぁ」
今度は、鶴姫が黒鷹の背後に気合と共に切りかかる。
黒鷹の首を刈ろうと、その背後にいた陰の調の姿が消えた。
いつも見ているだけの黒鷹が、いきなり参戦している。
そして、鶴姫と黒鷹の2人がかりでも全く歯が立たない。
どうなってしまうんだ・・・
俺は、もう震えていなかった。
どうすればいいのか、必死に考えていた。
どうすればいいんだ――




