つくば市中央公園での闘い
63 つくば市中央公園での闘い
夜雲たちは、池を背に追い詰められた――
ように見えるが、そうではなかった。
兜をかぶった鶴姫が、白い歯を見せて喜々と笑う。
「さぁ、見るが良い。我が舞を――」
そう言って、鶴姫は薙刀を振り回しながら影中人の中に飛び込んで行った。
バサバサと、紙か布でも切るように影中人たちを切り刻んでいく。
「これだけ広けりゃ、本気だしても良いよな!」
夜雲は、転人印可の術で変化した鬼のような顔で笑い、駆けだす。
影中人たちの頭上へと飛び上がると、夜雲の身体は10連結の列車のように大きくなった。
ドスン――
巨大な蛇が、影中人たちの上に落ちる。
これが、蛇王夜雲の本当の姿か!
蛇の頭には一本の角があって、首を起こすと辺りの木々よりも高い。
「前鬼、後鬼、小柄! 四角四堺祭だ――」
白髪で、小柄な老人の役小角が指を差しながら指示する。
前鬼と呼ばれたおじさんが北へ、後鬼と呼ばれたお姉さんが西へ、小柄は南へと影中人たちをかわしながら駆けていく。
小角は、その場で跪き祈祷を始めた。
「わたしも入ります! 退魔五龍祭――」
影中人たちを翼の生えた金色の竜に託し、雅は池の中へ入っていく。
何をする気だろう?
雅は、太もものあたりまで水に浸かって池の中ほどまで進んだ。
両手を天に掲げ、空を見上げる。
その唇は、微かに震えていた。
「東方青龍親王―― 叶えたまえへ―― 清めたまへ―― 祓いたまへ――渇き大地、穢れし大地、清め祓い潤したまへ――」
小角は、錫杖を振りながらそう唱えていた。
池に浸かる雅も、同じようなことをしているのだろう。
天に語り掛けている。
あっ・・・雨だ。
雨が降ってきた。
雨は、次第に強くなっていく。
ザーザー振りだ。
影中人たちは、いなくなっていた。
あっという間に消滅したのだ。
「ち、消化不良で、おまけにびしょ濡れだ」
甲冑姿の鶴姫が、悪態をつきながら戻ってくる。
眉間にしわを寄せ、機嫌の悪さが伺えるが、綺麗な目をしている。
こんな綺麗な鶴姫になら、怒られてもいいかな。
「陰陽師が5人揃うと無敵だな」
元の姿に戻った夜雲も戻ってきた。
「いえ、お一方残っていらっしゃる・・・」
跪いている小角が、膝で向きを変え俺を見据える。
「貴様――やはりお前か!」
池の中の雅が、俺の方を見て叫んだ。
みんなの敵意が、俺の方へ向けられる。
怖い――
「誤解ですよ。私は、たまたま通りかかっただけです」
俺を抱いている威徳天のおじさんが、苦しい弁解をした。
「では、何故お前は影中人たちの中にいた」
おどろおどろしい声で、雅が池の中からこちらに向かってくる。
「何故と言われましても・・・」
威徳天は、首をひねって困った顔をした。
「お前が従えてきたのだ!」
雅は、錫杖を振り式神騰蛇の名を呼ぶ。
「違います――話を聞いて――」
威徳天は、後ずさりながら式神を気に掛ける。
「やれ! 騰蛇――その悪魔を食い殺せ!」
雅が叫ぶと同時に、式神騰蛇が威徳天と俺に襲い掛かってくる。
ちょっとまってー、俺も一緒にいるから!
「まったくもー」
仕方がないと呟いた威徳天は、騰蛇と雅に向け目を見開いた。
パン、パンっと乾いた音が2回した。
騰蛇は消え去り、雅は池の中でうつ伏せに倒れる。
「雅さん!」
夜雲は、慌てて池の中に入り雅を救い起す。
「貴様――何をした」
鶴姫が、白い歯をむき出しにして威徳天に凄む。
「小角殿、意地悪しないで助けてください」
威徳天は、困り果てた顔で役小角を見た。
「・・・ご存じない方もおいででしょう。こちらのお方は、威徳天――菅原道真様でございます」
小角は膝をついたまま威徳天を紹介した。
「な、なんと・・・天神様か・・・」
先ほどまで気色ばんでいた鶴姫が、薙刀を収めて膝をつく。
何だろう・・・天神さまって?
「天神様が、雅さんに何をしたんだ・・・」
夜雲が、雅をお姫様抱っこして池から上がってきた。
「正当防衛ですよ・・・雷で痺れさせました」
威徳天は、上着で俺を雨に当たらないようにしてくれているが、もう雨は止みそうだ。
「あんたが、裏で糸を引いているのか?」
夜雲は、雅を駆け戻ってきた小柄と後鬼に託す。
「さぁて・・・どう言ったら良いものか・・・」
威徳天は、答えに窮している。
「関わりないといえば、嘘になりますが・・・裏で糸を引くというほどでもありません」
「では、敵か味方かで言えば?」
夜雲は、探るような眼で威徳天を見る。
「どちらでもない――」
「いつも、いつも、ひょうひょうと」
雅が起き上がって威徳天を睨んでいた。
結いあげられた髪が緩み、濡れた髪が一房顔にかかっている。
「お前だな・・・私のスマホを壊したのは」
そう言えば、昼中に雅のスマホが壊れたようだと言っていた。
「何だと! では、俺が仲間と連絡がとれないのも・・・」
夜雲は、威徳天を睨んだ。
「いやぁ――」
威徳天は、困り果てた顔をする。
「雅さんのスマホは、たぶん私が壊してしまいました。きっと朝、お会いした時ですね。すみませんでした」
夜雲は、やっぱりお前かといった顔をする。
「いやいや、夜雲さんのスマホまで壊していませんよ! 今初めてお会いするのですから、壊しようがないじゃないですか!」
「俺のスマホは壊れていない。俺の仲間の連絡手段を絶ったのだろう?」
夜雲は、ポケットからスマホを取り出し画面を確認する。
「そんなことしていませんよ――」
威徳天は、手を振って必死に弁解する。
「私は、雷・・・すなわち電気を使うものですから、スマホのような精密機械は壊してしまうのですよ。もちろん! 雅さんのスマホは弁償させていただきます」
威徳天は、雅に向いて丁重に頭を下げた。
「下手な芝居は止めろ!」
雅さんが、立ち上がり叫んだ。
「やめましょう、雅さん。濡れた体で何度も電撃を受ければ、加減しているとはいえ危険です」
諭すように、威徳天は言う。
「とりあえず、シロを放してもらおうか・・・」
跪坐していた鶴姫が立ち上がって言った。
威徳天は、俺を懐から出して地面にそっと置く。
もう雨は止んでいた。
「シロさん。我々から離れたところにいた方がいいです」
威徳天は、そう言って俺の頭を撫でる。
悪い奴じゃない・・・気がするんだけどなぁ。
とにかく俺は、皆から距離をとった。
「えーと・・・私に言わせれば、おかしな事をしているのは皆さんなのですよ」
威徳天は、語り始める。
「川は、山から海に流れます。違えようのない摂理です。それを、皆さんは妨害しようとしているのです。妨害したところで、摂理は変わらない。流れるものは流れ、落ちるものは落ちるのです」
「そう言って、お前は多くの民草を嗜虐してきたのだ」
雅は、帯に挟んだ短刀を取り出す。
「流れは止められないのです。多少の犠牲が出たとしても・・・こんなことは言いたくないのですが、あなただって」
威徳天の言葉に、雅の顔が怒りにゆがむ。
「あなたを守るために、あなたの家族は全員死んだ・・・あなた一人が犠牲になっていれば、みんな助かったのですよ」
「黙れぇぇぇぇぇ」
雅が手にしていた短刀を抜き、威徳天には飛び掛かった。
夜雲も転人印可の術を使って飛び上がり、鶴姫も薙刀を振り上げる。
パパパパパンっと、銃を連射したような音がした。
バタバタと、雅や夜雲、鶴姫が倒れる。
少し離れたところにいた黒鷹までひっくり返っていた。
一瞬だ・・・一瞬でみんなやられちゃった。
あんなに強い夜雲たちが、一瞬の一撃で倒されてしまった。
穏やかそうに見えるけど、威徳天・・・ヤバイ奴だ――
「天神様・・・」
跪いたままの小角が口を開く。
「人が抗うのも、摂理じゃございませんでしょうか」
小角の傍らに、前鬼、後鬼、小柄が佇んでいる。
「無駄なこと・・・しているわけじゃないよ」
小柄がぼそりと呟く。
「気持ちは、解らなくもないですがね」
威徳天は、公園の出入り口に向かって歩き出した。
倒れている雅らは、ピクリとも動かない。
早く行って介抱しないと。
「偽りのバージンロード!」
遠くから、聞きなれた声が聞こえた。
池の方から、大きな音を立てて、棘だらけの氷の道が威徳天に向かって伸びていく。
「おやおや、あなたまで――」
氷の棘が威徳天にぶつかって、威徳天の姿は見えなくなった。
「ゆるしません! あなた、わたしの一族を騙しましたね」
凍りついた池の水面に、あの人が立っていた。
鶴姫のような甲冑を身にまとい、大きな槍を持っている。
それら全部、うっすら青みを帯びた氷でできていた。
「氷槍の女武者、ユキメ――参る!」




