戦々恐々
62 戦々恐々
鶴姫と雅が支度を終えて、バスから降りてきた。
2人とも、煌びやかな甲冑と着物をまとい、映画の撮影みたいだ。
「どうするんだい? 連絡が取れないんじゃ動きようがないじゃないか」
鶴姫が、臙脂色のお面から見える紅を塗った唇で言う。
お面は、面頬と言うらしい。
「雅さんの力を借りたい。陰陽師の術で、索敵のようなことはできないか?」
夜雲が視線を向ける先には、黒地に金糸で蝶の絵柄の着物に身を包んだ雅がいた。
雅は、少し考えてから答える。
「ええ、わかりました。邪なものを察知する結界を張りましょう」
その時、夜雲のポケットの中のスマホが、ブルブルと震えた。
怪訝そうな面持ちで、ポケットからそれを取り出した夜雲であったが、画面の表示を見るなり歓喜した。
「もしもし、どこだ!?」
(つくば駅に着いたところだよ)
スマホから漏れ聞こえる声は女性の声で、どこかで聞き覚えのある声だった。
「そうか、早かったな」
(いや――、それより大変なことになっているけど、大丈夫なの?)
「ん・・・大変なこと?」
(改札出たら、影中人だらけで、お爺ちゃんたちがぶっ倒しているけど・・・)
「何だって・・・」
スマホを手に持つ夜雲の顔が、驚愕に染まった。
「そこを動くな! すぐに向かう!」
夜雲はスマホに向かって叫ぶと、慌ただしく動き始めた。
何だ、どうしたと鶴姫と雅の顔にも緊張でこわばる。
「やられた・・・つくばの市街地に影中人が侵入している」
夜雲は、悔しさをにじませ歯ぎしりをした。
「急いで車を出せ!」
言いながら鶴姫はバスに乗り込み、黒鷹が無言で運転席に向かった。
「何故・・・影中人が・・・」
雅は怪訝そうに首をひねる。
「わからない。とにかくバスに乗ってくれ」
夜雲は、バスの中から手を差し出し、雅の乗車を助ける。
俺も、乗った方が良いのかな・・・。
迷っていると、夜雲と目が合った。
夜雲も、俺を凝視して迷っている様子だ。
「乗れ、シロ! もうどうなるかわからん」
どっちでも良さそうな言い方だったが、乗れと言われれば俺は乗ってしまう。
俺は、乗ってはいけないような気がするけど、バスに飛び乗った。
俺たちを乗せたバスは、猛スピードで大きな通りを走っている。
他の車はゆっくり走っているし、パトカーや救急車のようなサイレンも聞こえない。
とても街に危険が差し迫っているような、様子は見られなかった。
と、思った矢先だ。
交差点から先の道路が、真っ黒に染まっていて横断歩道が見えない。
何だ、あれ・・・。
俺は、助手席に座る夜雲の膝の上で、首を伸ばして目を凝らしてみた。
闇の塊の中から、一台の車が飛び出してきた。
人型の黒いものが、跳ね飛ばされて道路にたたきつけられたが、その顔は笑っている。
イヒヒヒ――と、奇怪な声がする。
俺の全身から血の気が引いた。
影中人だ・・・ぬっとりと動く黒い塊は、影中人の塊だった。
「黒鷹! 突っ込め!!」
俺を抱きしめて、夜雲が叫んだ。
車が急加速し、黒鷹はハンドルを大きく回す。
バスが黒い塊にぶつかると、ドドドドドンという衝撃が、何度も車体を揺らした。
交差点を右に折れると、そこにはつくばの中心街なのであろう大きな建物がいくつもあって、街灯や窓の明かりが、煌々と夜空の星よりも光り輝いている。
でも、その足元は真っ黒だ。
歩道を行きかう人々は、隅にうずくまりガクガク震えている。
「大変だよ! 人がいる」
俺は、助手席の窓から外を見て夜雲に訴えた。
「大丈夫だ・・・妖気にあてられただけだ」
夜雲は、険しい顔で言う。
闇の中を、車が走っている。
どうやら、人間たちに影中人は見えていないようだ。
ただ、車の中にいる人々は、見えない何かを跳ね飛ばしながら、その衝撃に怪訝そうな表情を浮かべている。
気持ちが悪いのは、車に轢かれても跳ねられても、奇声をあげながら笑っている影中人の操り人形のような不可思議な動きだ。
「あそこだ!」
夜雲が、運転席の前のほうを指さして叫ぶ。
夜雲の指の先には交差点があって、その角に闇の中でほんのり光る光芒が見える。
黒鷹は、無言でハンドルを大きく回しながらブレーキを踏む。
バスは左に傾きながら急旋回した。
ひっくり返るんじゃないかと思ったが、大勢の影中人たちをなぎ倒しながらバスは反対車線に反転して止まった。
「行くぞ!!」
威勢よく、叫びながら夜雲が席を立つ。
「シロ、お前はここにいて動くなよ」
鶴姫が、抜刀しながら後部から歩み出る。鎧のガチャガチャという音が、慌ただしく感じられた。
「黒鷹! 開けろ」
夜雲の指示で、バスの扉があけられると、黒いものが車内に流れ込んできた。
影中人だ。
うめき声をあげながら、黒いそれは手足を振り回し暴れる。
すかさず鶴姫が3体の影中人を切り伏せた。
「どけ! 鶴姫――」
鶴姫の背後から、雅が躍り出て叫ぶ。
「十二天将は騰蛇! 災いを払い、敵を打ち、道を作れ!」
雅は、額の前で指文字を宙に書く。
「出でよ、騰蛇――」
雅が叫びながら指を前方に突き出すと、その指から黒い影が飛び出していった。
「蛇王、転人印可――」
夜雲の身体が、バキバキと音を立てながら大きくなる。
着ていた服の上着は破れ、筋肉の鎧がむき出しになり、爪が伸びて額からは角が伸びた。
「黒鷹! ついてきな!」
甲冑姿の鶴姫が、刀を振りながらバスの外へ飛び出していく。
夜雲もその後に続き、黒鷹が運転席から大きなアタッシュケースを持って後を追う。
俺は、助手席の窓から外の様子を窺った。
雅が膝をついて錫杖を振りながら祈祷している。
その雅の前で、翼の生えた金色の蛇が影中人と闘っていた。
何だ――あれは!!
雅のお友達・・・だろうか?
その脇で、鶴姫が2本の刀を振り回し、影中人を切り刻んでいる。
背後で、屈みこんだ黒鷹が薙刀を組み立てていた。
転人印可で様相の変わった夜雲は、毒爪で影中人らを蹴散らしながら闇の塊の中を切り進んでいく。
「小柄――、こっちだ! 来い――」
夜雲は、少し先にある闇の中の光芒に叫んだ。
「お爺ちゃん! 夜雲だ――」
闇の中から、夜雲が電話で話していた女性の声がした。
「おう! 前鬼、後鬼! やれ――」
闇の中で叫ぶしわがれた老人の叫ぶ声がした。
次の瞬間、バスが止まっている大通りが光り輝く。
それは、光の壁だ。
道路を埋め尽くしていた影中人たちが、一瞬で消し飛んだ。
その光の中を、駆けながらバスに近づいてくる2人の人間がいた。
白い修賢者の格好をしていて、今日は天狗のお面は着けていない。
役小角と、その孫の役小柄だ。
久しぶりに会う2人に、俺はちょっと嬉しくなって、窓ガラスを叩いて小柄を呼んだ。
何度窓を叩いても、何度名前を呼んでも、気づいてもらえない。
ちょっと寂しい・・・。
外に行きたいな。
そんな風に思って、俺はバスの出入り口に目を向けた。
黒い何者かと目が合う。
うげぇぇぇぇぇ。
影中人が、バスの中に1体立っていた。
どうしよう、どうしよう――。
俺は、再び窓ガラスを叩く。
お願い気づいてぇぇぇぇ。
誰も気づかない・・・。
久しぶりーとか、元気だったーとか言って再開を喜び合っている。
お前ら――俺を見ろ――
俺は、恐る恐るバスの中に入ってきた影中人に目を戻す。
あれ・・・。
影中人は、そこにはいなかった。
静かに出ていったようだ。
俺は、眼中になしか――
ちょっと悔しい気もするが、俺はほっとして胸をなでおろした。
外に行っても、大丈夫なんじゃないだろうか・・・。
さっきの光の壁のおかげで、バスの周囲に影中人はいない。
今だ! 行こう!
俺は、意を決してバスから外に飛び出した。
みんな――小柄――
俺は、みんなが再開を喜び合っていた歩道に走った。
あれ・・・みんないない・・・。
あたりを見渡すと、夜雲がみんなを引き連れて大通りを渡っているのが見えた。
どこ行くんだよ!
俺も後を追い、大通りを横断する。
いやな気配を感じて、俺は足を止めた。
大通りの右から、左から大きな黒い塊が押し寄せてくる。
ぐぅぅあぁぁぁ
影中人の大群だ!
バスを降りたタイミングが、最悪のタイミングだった。
待ってー、待ってぇぇぇ
俺は、叫びながらみんなの後を追う。
みんなは、公園の中に入っていった。
木々に囲まれて、広い芝生がある。
遠くには、鉛筆を立てたような塔が見えた。
「急げ、みんな! 奴らの狙いは俺たちだ! ここで迎え撃つぞ」
夜雲の叫ぶ声が響く。
俺の背後から、ドドドと大勢の足音が近づいてくる。
俺は、もう後ろを振り返ったりはしない。
見てはいけない!
進め! 俺!
「くそ! 囲まれたぞ」
忌々しそうに鶴姫が怒鳴る。
「池を背にするんだ」
そう言って夜雲らは、さらに公園の先に進む。
待ってって・・・。
耳のすぐ後ろから、大勢の足音が聞こえている。
追いつかれた――
俺は涙目だし、心臓が破裂しそうなほどバクバクしている。
大勢の足音が、俺のすぐわきまで来た。
影中人たちが、俺を追い抜いていく。
あれ・・・
影中人たちは、俺を避けて追い抜いて行った。
あ、俺・・・敵視されてないや。
急に安心した。
そう思ったら、この黒い人たち全然怖くない。
影中人たちの動きが止まった。
俺は、黒い足をすり抜けながら夜雲たちのいる池まで悠々と移動する。
夜雲たちは、池を背後に大勢の影中人に取り囲まれていた。
転人印可で普段より体が大きく半裸の夜雲と、豪華な甲冑に身を包んだ若くて綺麗な鶴姫と黒いスーツ姿の黒鷹。
金色の翼の生えた蛇を従え、煌びやかな黒い着物姿の雅と、修賢者装束の役小角、小柄の天狗の一族・・・。
あれ・・・もう2人いる。
小柄のそばに、同じような格好をした男女。
男の方はおっさんだが、女の方は綺麗なお姉さん・・・。
誰だ?
その時、不意に俺はうなじを摘ままれ持ち上げられた。
猫は、うなじを掴まれると何もできない。
俺は、硬直した身体で目だけ動かし俺を摘まんでいる奴の正体を探る。
この手・・・この臭い・・・。
こいつは――




