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夜刀(やと)神社の夜

     6 夜刀やと神社の夜



 今日は、リトと佐藤さんのお家にお邪魔したよ。

 たまには顔を出さないと、忘れられちゃうからね。


 リトは、不服そうにカリカリを食べていたけど、今日はお天気も良いし機嫌は良い。

 まぁ、日本全国どこの猫も、天気が良ければそれだけで機嫌が良いはずだ

 猫だから。


 十王台の住宅街を歩いていたら、リトと出会うまで俺の住処であった公園の前を、たまたま通った。

 そうしたら、あの子がいた。


 ボクサーの娘の女の子。アヤっていったっけ?

 大勢のお友達と遊んでいるようだ。楽しそうにしている。

 ちょっと安心した。


 そのアヤがね、しばらくすると俺たちに気づいて駆け寄ってきた。


「わー、あの時のネコさんたちね。久しぶりー」


 アヤは、そう言って嬉しそうにリトをなでなでする。


「あの後ね、びっくりすることがあったんだよ」


 アヤの手が、俺の喉をコチョコチョする。


「お父さんが、チャンピオンになったの」


 え、なぜ? どういうこと?


 アヤのその言葉に、リトの耳がピンと立った。


「対戦相手の桂さんのダメージが大きくて、次の試合に出られなくなっちゃったの、それで負けたはずのお父さんに挑戦権が移って、なんだかんだでチャンピオンになったんだ」


 ああ、リトがぶん殴ったあのボクサー、怪我で済んだんだ。

 よかった。


「お父さんは、チャンピオンになってすぐ王座を返上して引退したんだけど、私のお父さん。チャンピオンになったんだ」


 アヤは、自慢気に言う。

 お父さんを、誇らしく思っているんだね。


 一生懸命闘っていたアヤのお父さん、格好良かった。

 俺も、なんだか嬉しくなったし、あの試合を思い出すと感動で涙が出そうになる。


 そんな俺の傍らで、不穏な気配を放つ者がいた。

 ん? 俺はリトの異変に気付いて、リトを見る。

 ご立腹の様子で、プルプル震えている。


「ど、どうしたリト? アヤのお父さんチャンピオンになったんだって」


 俺は、少し不安になってリトの様子を窺う。


「・・・。」


 ん? 声が小さくて聞こえない。


「なに?」


「リトが、ちゃんぽんにょ・・・」


 次の瞬間、リトが毛を逆立てて襲ってきた。


「チロが邪魔しなかったら、リトがちゃんぽんだったにょー!!」


 リトの右フックが、俺の左頬をかすめる。

 うっすら焦げ臭い。毛先が焦げた。

 俺は、後ろに飛び退いて間合いを離す。


 やばいやばい!


 頭が、吹っ飛ぶところだった。

 すぐにリトの追撃が来る。

 リトは、俺の懐に入って腕を振りかぶっている。


 その技は、見たぜ!


 俺は、顎をまっすぐ空に向けてリトのカエルアッパーをかわした。

 リトが飛び上がっている間に、俺は踵を返して駆けだした。


 撤退!!

 一時、撤退します! 


 

 夕方、俺は夜刀神社のひっくり返った賽銭箱の上でリトを待っていた。

 ご立腹リトは怖いけど、このまま帰ってこないんじゃないかと思うと心配になった。

 夕日が遠くの山並みに隠れそうになると、参道の先にちいさな黒い影が現れた。


 リトだ!


 心臓が、一気に締め付けられる。 

 恐怖と不安が、俺を襲った。

 しかし、それはすぐに晴れた。


 リトは、チョウチョを追いかけながらじゃれている。

 ああ、良かった。俺は安堵した。

 機嫌なおっている。


「リトー、遅かったじゃないか」


 俺は、リトを迎えに走り出した。


「にゅー、チロこそどこいってたにょ? はぐれちゃったにょ」


「俺は、ずっとここにいたよ」


「そうかにょ。リトはー、えーとー、チョウチョ追いかけたり、カマキリと闘ってたにょ」


「そ、そうなんだ」


 もうすっかり忘れている。

 よかった、よかった。


 もう、アヤとは会わないようにしよう。思い出されたら大変だ。

 しかし、本気で試合に出て闘うつもりだったとは、リトの単純さには驚かされる。

 こんな小さなチビ猫が、リングでボクサーと闘うなんて思いもしないよね。


 普通は・・・。


 ともあれ、リトも帰ってきたし、すこしお腹はすいているけど今日はもう休もう。


「おーいリトー。もう寝よう」


 リトは、コオロギを追いかけ始めていた。


「にゅー、わかったにょー」


 リトは、嬉しそうに駆け戻ってきた。 

 コオロギがいたと、楽しそうに語る。


 俺は相槌を打ちながら、リトと共にお社の中に入った。

 少し風が出てきたのだろうか?

 木々の葉が、揺れる音がする。





 眠っていた。

 夢の中で、夜笑やえさんとムサシの姿を見た。

 二人が、何かを話している。

 何を話しているのいるのだろう?

 声は聞こえない。


 俺は、目を覚ました。


 何のきっかけかわからないけど、何かで目を覚ました。


 風の音がする。

 木々の揺れる音。

 少し風が強くなったようだ。


 この音で目を覚ましたのだろう。

 そう思うと、微睡んできた。


 しかし、俺は風の音の中に何かの音を聞き覚醒する。


 突然、社の中に何か大きなものが飛び込んできた。

 俺は、寸前のところで飛び上がりそれをかわす。

 天井にしがみついていると、それは静かに社の外へ出ていった。

 な、なにが起きたんだ。


 俺は、天井にしがみつきながら平静を呼び戻そうと意識する。

 心臓の音が大きすぎて、他の音が何も聞こえない。


 あ、リト!


 俺は、天井から室内の隅々を見まわした。

 リトがいない!!


「りとーーーー」


 俺は、リトの名を叫ぶ。

 返事は無い。


 社の外に、大勢の気配が現れた。

 犬の鳴き声が聞こえる。

 ライデンたちだ!


 俺は、急に平静を取り戻し天井から飛び降りた。

 扉を出ると、大勢のワンコたちが何かを取り囲んでいる。


「シロ! 無事か」


 どこからかわからないけど、ライデンの声がした。

 俺は、ワンコたちの中にライデンの姿を探す。

 しかし、見ないようにしていたそれの姿を見てしまった。


 参道のど真ん中に、とてつもなく大きな大木のようなものが、うねっている。

 それは、巨大な蛇であった。


 俺は、悲鳴を噛み殺しライデンの声がした方へ向かった。

 ひっくり返った賽銭箱が、いつのも場所から少し離れた場所に移動している。


 そこに、ライデンがいた。

 俺はすがる思いで、ライデンのもとに駆け寄る。


「だから言ったろう、ここを離れろって!」


 開口一番、俺はライデンに叱られた。


「もっと、はっきり言ってくれれば良いのに、まさかこんなのがいるなんて・・・」


 俺は、大蛇をちらっと見て言い訳をした。


「でも、どうしてここに?」


「チッチが、こいつを見たらしくてな、知らせてくれたんだ」


 チッチとは、ロン毛のポメラニアンだ。いつも大きなワンコの陰で牙をむいて吠えている。


「ありがとうチッチ」


 礼なんて言っている場合ではないのだろうけど、俺は心からチッチに感謝した。


「リトはどうしたのぉ」


 呑気な声でそう訊ねてきたのは、優しいセントバーナードのバウだった。


「わからない。お社の中で一緒に寝ていたはずなんだけど・・・」


 大勢のワンコたちが、大蛇を取り囲んで激しく吠えたてている。

 俺は、その中にリトの姿を探したけれど見つからない。


「野郎ども、絶対そいつを逃がすな!」


 ライデンが、大きな声で群れを指揮する。


「シロ、落ち着いて聞け・・・」


 ライデンが、俺の方を向いて静かに言った。


「リトは、喰われた」


「え? どうして」


「コイツはずっと狙っていたのさ、お前たちを」


 ライデンは、悲しそうな目で俺を見る。


「言わなくて申し訳なかったが、多分ムサシもアイツに喰われた。あの夜笑って巫女が、コイツの正体さ」


 衝撃だった。

 あの夜笑さんが、この大蛇だって!?


 じゃぁ、俺はこの大蛇にムサシを預けてしまったのか・・・。

 俺のせいで、ムサシは・・・喰われてしまったのか。


 何かが、強烈な何かが、俺の中で暴れた。

 後悔、懺悔、悲哀、悲憤

 それらが入り混じり、激昂する。


 俺は、泣き叫んでいた。

 ムサシを、喰わせてしまった。 

 リトが、喰われてしまった。

 俺の所為だ。


「落ち着け、シロ! シロすまなかった。悪いのは俺だ、お前じゃない! 落ち着け」


 俺は、ライデンにそうなだめられ、少しだけ落ち着いた。


「リトは、まだ間に合う。コイツの腹を破れば、まだ間に合うはずだ!」


 ライデンの言葉に、光明を得た。

 リトを救わなければ・・・。

 リトだけは、俺が救わなければ!


 ライデンが、少し驚いたような顔で見ている。


「シロ、お前その体・・・」


「え?」


 体中が、熱い。

 俺は、自分の体に異変を感じた。

 何か、いつもと違う。


 俺は、自分の前足に目を向ける。


「何だこれ・・・」


 前足だけじゃない。

 見てみれば、全身に薄ら青い縞模様が浮き出ていた。


「何だろうライデン。これ?」


「わからん。毛の色ではないようだ。古傷か?」


「こんな大怪我した覚えはないよ」


 そのとき、大蛇が暴れて多くのワンコたちが薙ぎ払われた。


「のんびりしている場合ではないな。いいかシロ、俺たちでアイツの注意を引く、お前がアイツの腹を自慢の爪で引き裂くんだ」


「そんな事、おれにできるかな?」


「リトを助けたければ、やるんだ」


 ライデンは、そう言って大蛇の前に躍り出た。


「いいかお前ら、隙を見つけて食らいつけ! コイツの動きを封じるんだ!」


 ワンコたちは、ライデンの指示に呼応して次々と飛びかかっていく。

 大蛇は、近くのワンコに噛みつこうとするが、みんな上手くかわしている。


「ライデンさん! ダメだコイツ、硬い鱗に覆われて牙が入らない」


 チャウチャウが、悲痛な面持ちで訴える。


「気にするな! 動きを封じればいい!」


 ワンコたちは、次々に飛びついては大蛇の長い尻尾に吹っ飛ばされた。それでも、諦めずに果敢に食らいつく。


「みんな、頑張れー!」


 チャンスは、一瞬しかないだろう。

 俺は、いつでも飛び出せるよう身を縮めて備えた。


「首だ! 首から狙え!」


 ライデンの指示に、大蛇の首に3匹のワンコが飛びついた。

 同時に、他のワンコたちが尻尾に食らいつき、残りのワンコたちが、長い胴体を押さえつける。

 大蛇の動きが止まった。


「いいぞ、ひっくり返せ! 腹を見せろ!」


 ライデンは、叫びながら自分も大蛇の腹に飛びつく。

 ひっくり返されまいと、抵抗する大蛇であったが、白い腹が少しだけ見えていた。


「シロ! 今だ!」


 ライデンの合図と同時に、俺は飛び出した。

 僅かに見える大蛇の白い腹に向かって、指爪を切りつける。


 俺の爪があと少しで奴の腹に届くかという時、大蛇の全身が円を描くように動き出した。

 俺の渾身の一撃は、硬い鱗に阻まれる。


「くそ、届かなかった!」


 悔しい。せっかくみんなが作ってくれたチャンスだったのに・・・。


「シロ、奴から離れろ! 巻き込まれるぞ!」


 大蛇は、ぐるぐると周回し辺りのワンコたちを払い飛ばしながらとぐろを巻いた。

 俺は、大蛇の背を飛び移りながら巻き込まれるのを回避する。


「ぎゃぁぁー」


 悲鳴を聞いて、俺は振り返った。

 チャウチャウが、大蛇のとぐろに巻き込まれて締め付けられている。


「チャウチャウが!」


 俺は、大蛇の背から飛び降りて事なきを得たけど、チャウチャウを助けなければ!


「待て! シロ。行くな・・・」


 ライデンが俺を呼び止める。でも、悔しそうな顔をしている。辛そうで、それを必死に耐えていた。


「行くよ。俺のミスだ。アイツのとぐろの中に潜り込んで、リトを助ける」


 俺は、止めようとするライデンの声を無視して大蛇の作るとぐろの山を駆け登った。


「チャウチャウ! 今助けるよ」


 俺が、とぐろの頂に辿り着くと、大蛇の鎌首の先にある赤い目が俺を睨んだ。

 大きく口を開けたそれが、すさまじい速さで襲ってくる。


 その時だった。


 大蛇がまるでバネのように飛びあがり、俺もチャウチャウも振り落とされてしまう。


「危ない! 離れろーーーー」


 ライデンが、叫ぶ。

 周りのワンコたちが、参道から退避する。


 俺とチャウチャウも、着地と同時に参道脇に飛び退いた。

 すぐさま大きな衝撃が、地面を揺らし砂埃を巻き上げる。


「大丈夫か!?」


 ライデンが、俺とチャウチャウのもとにやってきた。


「ああ、大丈夫だ」


 俺もチャウチャウも無事だった。

 見回すと、他のワンコたちも巻き込まれた様子はない。

 危なかった。


 昔とぐろを巻いた蛇には気をつけろと、誰かから聞いたが、アレの下敷きになっていたらと想像すると背筋の凍る思いだ。


「ん? シロ、何だかおかしいぞ」


 ライデンが、大蛇を見ながら怪訝そうな顔をする。

 俺も砂埃に霞む中、大蛇の姿に目を凝らした。


 どうしたことだろう? 大蛇は苦しそうにのたうち回っている。


「今の衝撃で、自分がダメージを受けたのか?」


「いや、そうであれば静かにしているであろう。明らかに、何かに抵抗している」


 俺たちは、もがき苦しみ暴れる大蛇に巻き込まれないよう、さらに距離をとって様子を見た。


「見て!アイツのお腹」


 チャウチャウが、大蛇の腹を指す。

 よく見ると、大蛇の腹の中央付近でがとび出たり凹んだりしている。


 大蛇は、全身を大きく振るわせ、開きっぱなしの口からは奇妙な音を発していた。

 そして、苦しそうに何かを吐き出すと、参道の石畳の上に倒れて動かなくなった。

 吐き出されたものが小さくて、何だったかわからなかったけど、俺は期待を胸に駆けだした。


「リト!!」


 吐き出されたものは、リトだった。

 リトは小さく丸まって、ピクリとも動かない。全身は、大蛇の消化液でびしょびしょだ。

 俺の中に、再び怒りが沸き起こる。


「コイツー」


 俺は、参道の石畳の上に寝ころんでいる大蛇を睨みつけた。


「まて、シロ。コイツ、寝てるぞ」


 ライデンが、すこし笑いを含ませた声で言う。

 コイツって・・・。

 俺は、振り向いてもう一度リトをみた。


 顔を近づけて、よく見てみると、確かにリトは小さな寝息をたてている。

 うそ、この状況で寝ているの?

 俺は、びっくりして声も出なかった。


「野郎ども! リトは生きいてるぞ!!」


 言葉の出ない俺の代わりに、ライデンが叫んだ。

 大きな歓声が上がる。


「しかし、いったいどうしてこの大蛇はあんなに苦しんだんだろう」


 俺たちは、大蛇を観察する。

 死んではいない。気を失っているようだ。


「リトが暴れたならわかるが、眠っているんじゃ・・・」


 ライデンが、不思議そうに大蛇の口の中を覗き込む。

 そのとき、背後で大きな音がした。


 何かと振り返ってみれば、リトが寝返りを打って左手の甲を石畳に叩きつけたようだ。

 その石が、粉々に割れている。


「なるほど・・・」


 俺たちは、何が起きたのか理解した。


「お前、よくリトと寝ていて無事でいるな」


 ライデンの素朴な疑問に、俺も首をひねる。


「そういえば、たまに叩かれて目を覚ます時がある。あ、お社の床が何か所か抜けている所があるけど、リトの所為か」


 リトが、イビキをかき始めた。

 可愛い寝顔だ。

 だが、ちょっと憎らしい・・・。

 

    

   

 

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