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ダイダラボッチとリト

58 ダイダラボッチとリト




 ダイダラボッチの姿が、見えてきた。

 今は、腰から上が見えている。

 神様かと思ったが、やっぱり違うかもしれない・・・。


 まん丸な顔に、だらしなく開いた口、まん丸なお腹に、褐色の肌、どこか人懐っこさを感じさせるその容貌は、神ではないような気がしてきた。


「あれが・・・ダイダラボッチ?」


 俺は、砂浜に座り錫杖を振る雅に訊ねた。


「ええ、可愛いでしょう? 決して悪ではないのです」


 そうだろうな・・・悪い奴には見えない。

 ダイダラボッチは、膝から上が見えるようになっていた。

 まだ随分と遠くにいるはずなのに、ほとんど全身が見えている。


 ダイダラボッチは、腰に大きな木を何本も連ねた物を身に着けているほか、全裸だった。

 可哀そうに・・・大きすぎて着るものが無いのだな。


「ぼっちー! こち来ちゃダメにょー」


 リトは両手を振って、ボッチの上陸を阻止しようとしている。

 カメのゲンも、首を伸ばして何か言っていた。

 傍らの雅も、ブツブツ言いながら錫杖を振っている。


 こいつら・・・まさかこれで、ボッチを止めようとしているんじゃないだろうな・・・。

 声掛けや、拝み倒してどうにかなるんだったら、俺抜きでやっといてほしかった。

 俺は、急に不安になった。


 ボッチは、もうすぐそこだ。

 遠くに見えるけど、あの巨体ならあと2,3歩で着くだろう。

 このままでは、大変な事になる。


 何もかもが踏みつぶされてしまう。

 俺は、山のようにそびえ立つダイダラボッチを見上げた。

 もう、可愛くなんて見えない。


「ダメにょー、こうなったらアレにょー」


 リトは、カメのゲンに言ったようだ。

 へたくそな目配せのようなことをしている。

 ゲンは、不安そうな顔で首を傾げた。


 リトは、ゲンの甲羅を左手で砂浜に押し付ける。

 危険を感じたゲンは、手足と頭を甲羅の中に緊急避難させた。

 これを、待ってましたとばかりに、リトは甲羅の中に右手を差し込む。


「うぎゃぁぁぁぁ」


 ゲンの悲鳴が甲羅の中から聞こえた。

 雅が青い顔をして立ち上がる。


「り、リト様! 何を!」


 絶叫に近い声で雅は叫んだ。


「スーパー、ハイパーー」


 リトは、甲羅に差し込んだ右手をゆっくりと振りかぶる。


「カッパー、ラッパー」


 振りかぶってからの溜が長い。


「タッパー、ナッパー」


「前置きは良いから、早くやれよ!」


 俺は、目前に迫るボッチの恐怖から、リトを急かした。


「はぁぁぁぁぁぁぁ」


 リトの気合と共に、右手から弾丸のようなものが発射された。

 空気を切り裂く音がして、衝撃で砂埃が舞い上がる。

 雷が目の前に落ちたかのような、凄まじい音と衝撃だ。


 俺は、手で砂から目を庇い、ダイダラボッチを見る。

 もう、あと一歩で踏みつぶされる。

 そして、目が合った。


 白目の多い目が、俺を見下ろしていた。

 いったいどうなったんだ・・・。

 俺は、リトに視線を戻した。


 砂埃が収まりつつある。

 リトは、俺と同じようにダイダラボッチを睨みつけていた。


「チッ、外したかにょ・・・」


 リトは悔しそうに言う。


「きゃぁぁぁぁぁ」


 絹を裂くような悲鳴がーーーー。


「コクテイ様ぁぁぁぁ」


 雅は、はるか彼方に飛んで行ったのであろうゲンの姿を求めて叫んだ。


「何してんだーーーお前!! 何故外したぁぁ」


 あんなに大きなダイダラボッチとういう的を何故外すのか、俺は疑問と不安が入り混じり錯乱しそうだ。


「仕方ないにょ・・・これは使いたくなかったけど・・・」


 リトは、仕方なさそうに指をポキポキ鳴らす仕草をしながら、海に向かって歩み出る。


「ぼっちー! いつまで寝ぼけてるにょー、お家に帰るにょー」


 リトは、ボッチを見上げながら叫んだ。

 最終通告・・・のようだ。

 返事はない。


 リトは、やれやれと首を振ると、屈みこんで唸り始めた。

 何をする気だ!?


「とぉぉぉぉ」


 リトは、右手を突き上げ左手は脇に絞め飛び上がった。

 ガウガウガーのガウガウレッドが、必殺技を出すときに飛び上がるポーズだ。

 流石と言うべきか、物凄い跳躍力で生物の能力を凌駕している。


 リトの体は、どんどんと上昇を続け、ダイダラボッチの胸のあたりまで飛んだ。

 目を見開いて、何とかゴマ粒ぐらいの大きさでリトを視認する。


「ガウガウのぉぉぉ」


 リトは、再び右手を振りかぶる。

 いやいや、いくらなんでも遠すぎる。リトの短い手が届くわけがない。

 しかも、一発しかないゲンという弾は使ってしまったのだ。


 これも空振りに終わるのであろう。

 俺は、諦めた。


 数秒後には、俺も雅もボッチに踏みつぶされて、今生を終えるのだ。

 顔も知らないお母さん・・・。

 お父さん・・・。


 先立つか、後立つか分からないけど・・・この不幸をお許しください。

 小さいときの記憶など、ほとんどないけど、今まで親切にしてくれた仲間や人間たちには、感謝している。

 ありがとう・・・。


「ぱーーーーん ちーーーー」 


 リトの叫び声がしたと思ったら、物凄い衝撃で吹き飛ばされた。

 ダイダラボッチの足に踏まれたのかと思ったが、吹き飛ばされながら見た光景は、そうではなかった。


 リトの小さな体から、大きな黒い柱のようなものが伸びて、ダイダラボッチの顔面を歪ませている。

 それは、一瞬だった。

 ボッチの体が、ゆっくりと倒れていく・・・。

 すでに黒い柱は消えていて、空中のリトは四本の足を伸ばして着地に備えている。


海神わだつみよ! お返し致す! 受け取り給え! 救い給え!」


 雅は、叫びながら錫杖を振り穏やかな海へと足をつける。

 鏡のような海だ。

 波紋一つない。


かしこみー、恐みー」 


 雅は、海の中に膝まずき手をついて頭を垂れた。

 声は震え、海面にぽたぽたと涙が落ちた。


 ダイダラボッチは、波一つ立てることなく海の中に吸い込まれていく。

 その姿が完全に消えると、海は何事もなかったように凪いでいた。

 小さなさざ波が、砂浜を行きつ戻りつしている。


「コクテイ様ぁぁぁぁ」


 天を仰ぎ、泣きながら叫ぶ雅の姿に、俺は大きな犠牲を払ったことに気づいた。

 いや・・・知っていたんだ。

 その犠牲が、自分でないことに安堵したし、生き延びたことをただ喜んでいる自分がいた。


 でも・・・雅の泣き叫ぶ姿を見て・・・恥ずかしくなった。

 何てあさましく、小さな自分なのか・・・。





 ダイダラボッチが海に消えると、波が戻ってきた。

 風も吹いて、海の中で跪き項垂れる雅の着物を揺らしている。


 肩を震わせながら、嗚咽を漏らす雅の背を、俺はぼんやりと眺めていた。

 リトは、ヤドカリを見つけて新たな戦いに勤しんでいる。


「リト! 遊んでいる場合じゃないだろう。どうするんだよゲンは?」


 ずいぶん遠くに飛ばされたであろう、カメのゲンの身を案じる。

 もう会えないかもしれない。


「にゅー、すぐ帰ってくるにょ」


 ヤドカリを追い回しながら、リトは言う。


「お前のすぐって・・・」


 何年も先じゃないのか・・・雅に聞こえてはいけないと思い、皆までは言わなかった。


「雅・・・もう上がろう。体が冷えちゃうよ」


 俺は、波打ち際に近づいて、海の中の雅に声をかけた。


「はい・・・」


 雅は、か細い声で答えると、よろよろと立ち上がった。

 支えてあげたいけど、濡れるのは嫌だから、俺は雅が辿り着くのを濡れないところで待つ。

 濡れた着物が重そうだ。


 少女のように泣きじゃくる雅の顔は、可愛かった。

 駆けて行って、抱きしめてあげたい衝動にかられる。

 でも、濡れるわけにはいかなかった。


 リトが、殻の中に隠れたヤドカリを掴み上げる。

 何を思ったのか、それを海に大遠投した。


「何やってんだよ! ヤドカリいじめるなよ!」


 俺は、イラっとしてリトを叱る。


「痛っ!」


 海の方から声がした。

 雅が、慌てて振り向いて海を見る。

 俺も海の方に目を向けたけど、何もない。


「遅いにょ! 何年待たせるにょ!」


 リトが、海に向かって叫んだ。

 穏やかな海面から、小さな突起が顔を出す。


「りーーーとーーーさーーーまーーーーひーーーどーーーいーーー」


 のんびりとした口調で、それは言った。


「コクテイ様!」


 砂浜に上がりかけていた雅が、踵を返して海に戻った。

 コクテイ様、コクテイ様と叫びながらどんどんと海に入って行く。


 胸まで海に浸かった雅は、ゲンを捕まえると子供のように声をあげて泣いた。

 朝日を受けて、カメを抱きしめながら泣く雅の姿は、仙女のように美しかった。





「ゲン? どこまで飛ばされたの?」


 俺は、雅の腕の中のゲンに訊ねた。

 雅は、砂浜に上がってきていて、愛おしそうにカメの甲羅を抱いている。


「どーーーこーーーだーーーろーーー」


 ゲンの口調は、のんびりしていてもどかしいのだが、俺は黙って続きを待つ。


「とーーてーーもーーー、あーたーたーーかーーいーー」


「わかった」


 ゲンは、暖かい海まで飛ばされたようだ。

 それだけ分かれば十分だ。


「でも、戻ってくるの早かったね」


「おーーーよーーぐーーーのーーはーーーー」


「泳ぐのは得意なんだね」


 ゲンが話し終わるのを、とても待っていられない。


「みなさん。申し訳ないのですが、宿に戻って着替えたいと思います」


 雅は、濡れた着物を引きずって砂浜を歩いていた。


「うん。そうしよう」


 俺も雅の後をついて歩く。


「私も、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」 


 聞きなれない声がして、慌てて声の方へ向いた。

 紺色のスーツ姿の男が、革靴で砂浜に立っている。

 オールバックの黒い髪で、品の良い感じがした。


「にゅー、誰にょー」


 リトが、ちょこちょことその男に近づいていく。


「オウ様・・・いや、リト様でしたね。お久しぶりです」


 オールバックの男は、屈みこんでリトの頭を撫でた。


「お・・・お前は・・・」


 雅の顔を見上げると、お化けでも見たような、恐ろしい形相をしていた。

 そんな顔しないで、綺麗なお顔が台無しだ。


威徳天いとくてん!」


「いやいや、雅さん・・・その呼び方は、おやめいただきたく――」


 威徳天と呼ばれた男は、リトを抱き上げると不本意そうに言った。


「リト様を放せ、さもなくば・・・」


 雅は、錫杖を取り出すと威徳天に向け構える。


「やれやれ・・・相変わらずですね」


 威徳天は、仕方なさそうに砂浜にリトを置いた。


「思い出したにょー、テンちゃんにょー」


 リトは、威徳天を見上げながら言う。


「ええ、そう呼んで頂けるのが嬉しいです」


「リト様、その者から離れてください! その者は、威徳天・・・魔王です!」


 俺は、びっくりしてスーツ姿の男を見た。

 爽やかで、品のある賢そうなこの男が、魔王!?       

 魔王 威徳天






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