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牛、食う?

    53 牛、食う?




 車窓から入る光から、夕方であることがわかる。

 今、大きな橋を渡っていて、オレンジに染まった海が遠くまで見渡せた。

 カシンが用意してくれたバスは、またすごい車で、外から見たらバスのようであったが、車内に入ると豪華なお家だった。


 大きなソファーやテーブルもあるし、ベッドやキッチンまである。

 リトは大喜びで、あちこち飛び回って大騒ぎだ。

 鶴姫や雅は、ソファーでくつろぎながらまたお酒を飲んでいる。

 老人姿のカシンが、回転する椅子に腰を掛け、ハンドルを握る千代さんに指示を出していた。


「みなさん。今日は、牛久うしくで一泊いたします。雅さんもそれでよろしいですか?」


 老人カシンが、椅子をクルッと半回転させて言った。

 どこだろう・・・牛久って?


「何故、牛久なのでしょう?」


 雅は、少し困った顔をしている。


「夜雲さんと夜摩さんが、ちょうど今牛久に居るのです。折角ですから、会って行きましょう」


 カシンは、なだめるような声で言う。


「夜雲さんたちは、何故牛久におられるのです?」


 雅は、スマホを取り出し地図を見ているようだ。

 雅は、少しでも先に進みたいようだった。


「どうせ、河童かっぱどもが騒いでいるのだろうさ」


 つまらなそうに鶴姫が言う。


「あたしゃ、ちょっと横にならせてもらうよ」


 鶴姫は、缶ビールを一気に飲み干すとベッドに寝転がった。

 すぐさま大音量のイビキが車内に響きわたる。

 いつもなら、傍にいる黒鷹が布団を掛けてあげたりするのだろうけど、その黒鷹は一緒にいない。


 別用があると言って、この車に乗らなかったのだ。

 居ると怖いから気になるけど、居なければ居ないで、何だか落ち着かない。


「そうなのですか?」


 訝しげに、雅は答えてくれそうな老人カシンに訊く。


「ええ、実はその通りで・・・夜雲さんは、河童たちの説得に苦労しているようです」


 苦笑いを浮かべる老人カシンに、雅は首を降って嘆いた。


「今は、河童に構っている時ではないのです」


「ええ、それでも百鬼夜行に加わられるとやっかいですから・・・」


「私は、先に行かせていただきます。皆さんが牛久に留まられるのでしたら、私はリト様をお連れして鹿嶋に向かいます」


 冷たい目で雅は言った。


「とは言え、牛久につく頃には日が暮れます。どのみち鹿嶋に向かうのは明日になりますよ」


 老人カシンも、目を細め淡々と言う。

 喧嘩になるのではと、俺はヒヤヒヤする。


「ダイダラボッチが、上陸するのは明後日であると報告を受けております。明日には、鹿嶋に着いていなければなりません」 


 雅は、亀のゲンを膝の上に載せ甲羅を撫でているのだが、確約を求めるような眼差しに遠慮はない。


「牛久から鹿嶋まで、一時間半もあれば着きます。安心してください」


 にんまりと笑う老人カシンに、雅は微笑を返した。


「そうでしたか。この辺りの地理に疎いもので・・・」


 俺は、ちょっとホッとした。

 喧嘩にならなくて良かった。



 

 ちょっと険悪になりかけたけど、その後は雅と老人カシンは仲良く会話を始めた。

 最初はお互いの事を話して、その後でこれまでの俺たちの事をカシンが話していた。


「ちかれたにょー、ねんこするにょー」


 飛び回って遊んでいたリトが、やって来た。

 あぁーあ、あちこち引っ掻き回して、車内はボロボロだ・・・。

 カシンは、車両の後方を眺めながらため息をこぼす。


「空いているベッドをお使いいただいて構いません」


 老人カシンは、リトを抱き上げるとシーツがビリビリに破けているベッドに運ぶ。


「いやにょー、そのベッド、バッチいにょー」


 誰のせいだよ・・・。


「にゅー、カシンも一緒にねんこするにょー」


 ベッドに降ろされ、立ち去るカシンをリトが呼び止める。


「いや、まだ雅さんとお話があるので・・・」


 断るカシンを、リトが睨み付ける。


「わかりました。少しだけ・・・」


 やむを得ず、カシンはベッドに戻って横になろうとする。


「シワシワ嫌にょー、おっぱいあるカシンになるにょー」


 分かりやすく俺が訳すと、老人カシンではなくおっぱいのある少女カシンになれと、リトは言っているのである。


「やれやれ・・・では着替えてきますので、しばしお待ちを・・・」


 老人カシンは、そう言ってベッドから降りる。


「そうだ、雅さん! お疲れではないですか? 少し横になられては・・・」


 老人カシンは、わざとらしい作り笑いを雅に向けた。


「え、わたくしですか・・・まぁ、そうさせて頂こうかしら・・・」


 雅は、少し嬉しそうだ。

 本当に疲れていたのかもしれないけど、リトに向ける優しげな表情を見れば、ただリトと添い寝したいのだと思う。


 リトは、布団をモミモミしている。

 そうしているうちに、リトが喉を鳴らし始めた。

 雅は、ゲンを両手に載せてリトのいるベッドにやって来た。


「リト様、失礼いたしますね」


 雅は、ベッドに腰を下ろすとご機嫌で喉を鳴らすリトの背を撫でる。


「にゅー、カシン何してるにょー、早くするにょー」


 モミモミしながら、リトは老人カシンを見やる。


「リト様、わたくしがご一緒させていただきますわ」


 雅は、優しく微笑する。

 女神様のように美しい。

 俺は、雅の神々しい美貌に見惚れていた。


「いやにょー、ミヤビはカチンコチンにょー」


 リトは、眉間にシワを寄せ威嚇するように言う。

 何故・・・?


「か、カチンコチン・・・」


 雅の美しい顔が、驚愕の表情に崩れた。 


「か、カチンコチンとはどう言うことで御座いましょう?」


 雅の声は、震えていた。

 この美貌だ、他者から拒否されたり否定されることもあまりないのだろう。

 ショックを受けているようだ。


「おっぱい、カチンコチンにょ!」


 リトのその一言は、衝撃的であった。

 そばに立つ老人カシンも、絶句している。


「ち、違います! これは、この着物を着ているからで・・・」


 雅は、白く細い両腕で胸を隠すようにして弁解した。

 その顔は、悲壮に満ちている。

 確かに、雅の煌びやかな着物は、何重にも重ねられ胸の膨らみはわからない。


 リトに、その弁解は届いていないようだ。

 リトは、雅に目を向けることなく毛布をモミモミし続ける。


「そ、そんな・・・」


 雅は、今にも泣きそうな顔をしていた。

 そして、突然に立ち上がると、袖で顔を隠し慌ただしくトイレに駆け込んでしまった。


「リト様ぁー、ひどぉーいぃ」


 ベッドの上で静観していた亀のゲンが、首を長く伸ばして雅の消えたトイレを見ながら嘆いた。

 そうだよ・・・。

 あまりにも酷すぎる。


 同じ雌とは思えない暴言だ。

 雅は、トイレに籠ったまま出てこなかった・・・。




 牛久に着く頃には、すっかり夜の帳が降りていた。

 バスのようなキャンピングカーから降りても、真っ暗でここが何処かわからない。


「ようシロ!」


 闇の中から、俺を呼ぶ声がした。

 誰の声かすぐにわかる。

 別れてから、そんなに経ってないけれど、俺は嬉しくて・・・嬉しくて、闇の中を駆けてその人物に飛び付いた。


「どうしたシロ・・・」


 その人物は、俺をしっかりと抱き締めた。

 硬くて厚い胸だ。

 気持ち良くなんかないけれど、この安心感は何だろう?


「兄貴! 俺にも抱かせてくれ!」


 そう言って、誰かが俺を奪い抱き締めた。

 ああ、柔らかい。

 甘い香りがほんのりする。


「元気だった? 夜摩よま?」


 俺を抱き締めている夜摩に、俺は訊ねた。

 ちょっと声が震えてしまった。

 泣いてたから俺・・・。


「元気だよ・・・」


 夜摩は俺の首に顔をうずめて俺の匂いを吸う。


「他の奴らはどうしたんだ?」


 夜雲は、訝しげにバスに目を向ける。

 バスから、俺しか降りてこないので不思議に思うだろう。


「うんとね、リトが雅を泣かせちゃって、雅がトイレから出てこなくなっちゃったの」


 俺は、簡潔にそう説明した。


「何だそりゃ!」


 夜雲は、カカカっと豪快に笑った。

 そうそう、これ、夜雲の笑い方だ。


「みんなで、雅姉ちゃんをなだめてるの?」


 俺を抱く夜摩が訊く。

 相変わらず、抱っこ下手だなぁ。

 お尻も抱き上げてほしい・・・。


「うん・・・カシンはなだめているのだけど、鶴姫は早く出てこいって怒ってる」


 夜摩に胸を締め付けられて、喋りにくい。


「ははっ、あのお婆ちゃんらしいな」


 夜摩は、言いながら俺を抱き直し、お尻にも手を回し持ち上げてくれた。

 これだよこれ、ちょっと上手になったじゃないか。

 俺は、苦しくなくなったので、夜摩の甘い香りを堪能した。


「ここは、何処なの?」


 俺は闇の中を見渡した。

 目がなれて、ある程度見えるようになったけど、何もない。


「ここは、牛久沼のキャンプ場です」


 夜雲か夜摩が答えてくれると思っていたんだけど、声は別の人物だ。


「やぁ、千代さん。お疲れ!」


 運転席から降りてきた千代さんに、夜雲が手を上げてねぎらう。

 千代さんは、いつもの黒いスーツ姿だ。


「雅姉ちゃん、まだ泣いているの? 俺も行って慰めてやろうか?」


 夜摩が、千代さんに訊ねる。


「いえ、もう大丈夫です。そろそろ皆さん降りてこられます」


 千代さんはそう言うと、バスの周辺をあちこち見ながらぐるっと一周する。

 何やら点検をしているようだ。


「よう夜雲、河童は何処だい? あたしがぶん殴って黙らせてやる」


 バスから降りるなり、鶴姫は夜雲を見つけて物騒なことを言う。


「おいおい、穏便に頼むぜ。今日ここで代表者と合う予定だ。河童の言い分も聞いてやってくれ」


「ふん、どうせくだらないことだろうさ」


 鶴姫は、鼻をならして煙草に火を付けた。

 黒鷹が居ないから・・・どうするんだ吸殻?

 俺は、ポイ捨てを警戒して鶴姫を睨む。


 俺の視線に気づいて、鶴姫はジャケットのポケットから携帯灰皿を取り出す。

 うん、それで良い。

 俺は、鶴姫に頷いて喫煙を認めた。


「お待たせー」


 明るい女の声がした。


「あ、夜雲さんに夜摩ちゃん! 久しぶりー」


 結局、着替えたのか・・・少女の姿になったカシンが、破れたジーンズにモフモフのぬいぐるみみたいな上着を羽織ってバスから出てきた。

 片手に、まるで物を持つかのように亀を持っている。


「カシンさん。もう少し大事に持って頂けませんか」


 バスから降りてきた雅が、カシンを見て額に青筋をたてた。


「あ、ゴメン・・・」


 少女カシンは、咎められ亀のゲンを両手に持ち直す。

 俺は、雅の姿に目を奪われて声を失った。

 バスから降りてくる雅の姿は、まるでテレビで見るモデルか女優さんのようであった。


 白いフワフワのセーターで、胸元が鎖骨の付け根から乳房の谷間まで大きく開いている。

 燕尾服のように、前が短く後ろの長い黒いスカートからは、白くスラッとした足が延びていた。

 黒くて長い髪を、耳にかける仕草が艶やかだ。


「わぁー、雅姉ちゃんの洋服姿、初めて見た」


 夜摩は、俺の頭の上で感嘆の声をあげる。

 雅の豊かな胸の谷間に挟まれて、丸まったリトが寝息をたてている。

 なるほど・・・満足したようだ。





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