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土御門雅

52 土御門雅




「リト様ぁぁーーーやぁぁめぇぇぇてぇぇぇ」


 亀の悲痛な叫びが響き渡る。


「ダメにょーーー、ほんとにゲンちゃんか、噛ってみないとわからないにょーー」


 リトは、亀のゲンちゃんの甲羅を引っ掻いたり噛ったりしている。

 どうやら、リトはこの亀をゲンちゃんと呼んでいるらしい。

 コウテイでは言いにくいので、俺もそう呼ばせてもらおう。

 雅とゲンは、オウ様がリトであることをすんなり理解してくれた。


「あの・・・リト様・・・コクテイ様・・・」


 雅は、二人のやり取りにどうして良いのかわからず狼狽えるばかりだ。

 困っている顔も、可愛い。


「で・・・何しに 来たんだい?」


 鶴姫が、リトとゲンが戯れているのを微笑しながら眺めている。

 もちろん煙草を吸いながら・・・。


「もちろん。リト様にお会いしに来たのです」


 雅は、頬にかかった長い髪を耳にかけ直した。

 なんと・・・美しい所作か・・・。


「そうかい・・・よくここがわかったね」


行方なめかたこおりにお住まいの、夜雲という夜刀神やとのかみの眷属の方に教えて頂いたのです」


「夜雲に会ったの! 元気だった!」


 夜雲の名を聞いて、俺は飛び付いた。

 懐かしいと言うほど時間は経っていないけど、嬉しかったんだ。


「ええ、ご本人は元気でいらっしゃいましたが、大事なお方を亡くされたそうで葬儀の準備をされていましたが、ご遺骨が届くのを待っていると仰っていました・・・」


 雅にその話を聞かされって、俺は黙り込んでしまった。

 だって、ついこの間のことだもの・・・。

 夜摩は、泣いていないだろうか・・・。


 夜雲は、顔をくしゃくしゃにして我慢をしていないか・・・。

 そんな俺たちの様子に、雅は事情を感じ取ったようだ。


「何かあったようですね。良かったら聞かせていただけませんか」


 無理言うなよ・・・誰が、あれを語れるのさ・・・。

 あの光景を思い出して、俺は目を瞑って頭を抱えた。


「雅・・・ちょっと来な・・・」


 鶴姫が、そう言って雅を鳥居の方へ連れて行った。

 ありがとう鶴姫・・・あまり感謝したことないけど、今は本当に心からそう思った。


「ゲンちゃん、出てこないと甲羅ぶちこわすにょーーー」


「いぃぃぃぃやぁぁぁぁ」


 リトは、ゲンを持ち上げて石畳に叩きつけようとしている。


「お前ら、うるさいよ!」


 俺は、いつまでもふざけているリトを怒鳴り付けた。

 リトは、ふて腐れた顔をしてゲンを咥えたままどこかへ行った。

 当分帰ってくるな!


 俺は、本気でそう思った。

 鶴姫と雅の話は長くなるだろう。

 俺は、お社の階段を登って扉の前で横になる。


 ここで、のんびり待つことにしよう。

 横になるとすぐ眠くなる。

 俺は、大きな欠伸をして鶴姫と雅に目を戻した。


 あれ!


 俺は、慌てて身を起こす。

 鳥居の辺りにいたはずの二人がいない。

 周囲を見渡すも、誰もいない。


 しまった!

 また置いて行かれた。

 リトとゲンも居ないぞ!


 俺は、急に不安に駆られる。

 カサカサと、木々の葉が風に鳴く。

 空には、灰色の雲が広がり薄暗い。


「鶴姫ーーー」


 俺は、叫びながら夜刀神社を飛び出した。




 商店街の脇道に、カシンのお店がある。

 お茶とか、お酒とか、ご飯を出すお店だ。


 俺は、お店の前まで来ると木の扉を引っ掻いて、ニャーニャーいっぱい叫んだ。

 しばらくすると、人の気配がして扉が開く。


「おや、チロじゃないか・・・」


 出てきたのは、長い黒髪を後ろに束ねた青年カシンだ。

 最近、少女の姿ばかりだったので、男の姿を見るのは久しぶりだ。


「リトと鶴姫が来ていない?」


 俺は、慌ただしく訊ねた。


「雅さんと、先程来たばかりさ・・・」


 青年カシンは、俺を店の中へ誘う。

 店内に入ると、奥のテーブル席に鶴姫と雅が居て、テーブルの上にはエサを食べているリトと亀のゲンがいた。


 良かった。みんないる。

 ほっとした。

 俺は、近くのカウンターの椅子に飛び乗る。


「そこで良いのかい?」


 不思議そうな顔をして、青年カシンが訊く。

 カシンが男の姿だと、何だか損をしたような気分になる。


「うん。夜笑さんの話をしているのさ・・・聞きたくないんだ」


 でも、一人ぼっちは嫌なの・・・。


「お葬式をするみたいだよ」


 俺がしょんぼりしていると、青年カシンはお皿に注いだミルクを出してくれた。


「そうだね。ちゃんとお別れできていないからね」


 カシンは、調理場から出てきて俺の隣りに座った。

 コーヒーの香ばしい香りがした。

 カシンが、白いマグカップのそれを口に運ぶ。


「カシンは、雅を知っているの?」


「ああ、何度か会ったことはあるよ。彼女も陰陽師だからね」


「そうなんだ・・・」


 夜刀神社で、お祓いをした雅の姿を思い出した。

 天狗の役小角えんのおづぬや、小柄おづかも陰陽師らしいけど、だいぶ感じが違う。

 陰陽師にも色々いるんだな。


「ん? カシンも陰陽師なの?」


「いやー、私は色々やってるからね・・・まぁ、フリーターみたいなものかな」


 そのフリーターと言うものがわからないが、色々なんだろう。


「カシン! 酒をくれ」


 鶴姫が、グラスの酒を飲みながらカウンターまでやって来た。


「何だい。お前も来てたのかい?」


「置いていっちゃうんだもん・・・」


 俺は、ふて腐れた顔をして抗議した。


「ははは、そうだった。すまなかったね。話しに夢中になっていた」


「カシン、鹿嶋かしまに行く事になった。頼れるか?」


「ええ、聞いていましたよ。千代に手配をさせています」


「そうかい、話が早くて助かるよ。仕度が整うまで飲ませておくれ」


 鶴姫がそう言うと、カシンはカウンターの中に入ってお酒の瓶を鶴姫に差し出した。


「これが無くなる頃には、てるとおもいます」


「大丈夫かい? 雅はザルだよ」


 鶴姫は、テーブル席にいる雅に目で指してニヤリと笑った。


「やれやれ・・・」


 カシンは肩をすぼめて、酒瓶をもう一本棚から取り出す。


「シロもこっちに来な」


 酒瓶を受け取った鶴姫が、俺を誘う。

 俺は、躊躇した。


「大丈夫だ。あの話は終わりだよ。雅の話しを聞こうじゃないか」


 鶴姫は、目を細めてそう言う。

 優しい時もあるんだな・・・と思いながら、俺は鶴姫とテーブル席に移動する。

 全員が席に着くと、雅はグラスの冷酒をまるで水を飲むかのように、グビグビと飲み干してから切り出した。


「百鬼夜行が、始まりました」




 みんなが心配していた百鬼夜行だが、俺たちが役小角に会いに西に出向いていた頃には始まっていたようだ。

 北の地から始まった百鬼夜行は、いくつかの集団が散々と南下していた。


 これに対し、北の守護を司る土御門つちみかどの一族は、迎え撃たんと奮戦するも、犠牲を躊躇わない敵の進軍を留めることは敵わなかった。

 着々と数を増やしながら異形の者たちは南進し、土御門はその背後を追撃しているとのことである。


「これを率いている者が、賢い・・・」


 雅は、口惜しそうに唇を噛む。


「何者だい?」


 鶴姫は、酒の入ったグラスに煙草の煙を吹きかけながら訊く。

 どうでも良さそうに見えるが、興味津々なのだ。

 楽しそうにも見える。


野寺坊のでらぼう・・・」


 雅がそう答えると、鶴姫は鼻で笑った。


「賢そうな名前だね」


「馬鹿にしたものじゃありません。百鬼夜行と言えば野寺坊と言うほど、過去の行軍には必ずその姿が見られたそうです」


 片手にコーヒーの入ったカップを持ち、青年カシンがテーブル席にやって来た。


「常連、て訳だ。その常連さんが引き連れる妖怪どもを、あたしたちに迎い討てと言うわけだね」


 クククッと、鶴姫は笑った。


「違います」


 雅は、きっぱりと否定した。

 否定されて、鶴姫は顔をしかめる。


「ダイダラボッチが、目覚めたのです。東から西を目指すのか北の勢力と合流するのかは分かりませんが・・・」


 雅の話の途中で、意外にもリトが反応した。


「にゅー、ボッチ起きたかにょー」


「はい・・・あれを止められるのは、リト様だけです。お助け頂きたく参上した次第です」


「その・・・ボッチってのは、リトの知り合いなの?」


 俺もテーブルの上に飛び乗って、リトに訊いた。


「ボッチがぁぁぁ、おきたぁらぁー、大変だぁぁぁよぉぉ」


 ゲンが首を長く伸ばして間延びした声で言う。


「にゅーー、確かに大変にょー! すぐ行くにょー」


 リトは、エサを食べるのをやめて雅の膝の上に飛び乗った。

 何がどう大変なのか、ダイダラボッチが何なのか、全くわからない。


「何なのさ! ダイダラボッチって!」


 俺も、リトに続いて雅の膝の上に飛び乗った。

 雅の着ている着物には、いっぱい刺繍がしてあって汚さないように気を遣う。

 爪で引っ掻けちゃったら怒られるかもしれない。


「ダイダラボッチとは、山のように大きな妖怪です。神にも等しい存在で、この大地を人が住みやすいように整地し、太古から人々に敬われています。性格も穏やかで、動かなければ害はないのですが・・・」


「動いたら・・・何が起きるの?」


「大地を整地するほど、巨大なのです。人間をはじめとする多くの生き物が生活するようになった今、ダイダラボッチの出現は災厄なのです」 


「でかいんだぁー」


 俺は、山のように大きな男の姿を想像した。

 女かもしれないけど・・・。


「雅さん。私もひとつお聞きしていいでしょうか?」


 カウンターに寄り掛かりながら、青年カシンが神妙な面持ちで訊ねる。

 雅は、目で了承する。


「野寺坊ですが・・・正直、それほど切れ者という印象はありません。何度か見かけたことがあるのですが・・・」


「ええ、確かに・・・以前までは取るに足りない下級妖怪と、私も認識しておりました。しかし、今の野寺坊の指揮統率力は恐ろしいものです」


 雅も、思い詰めた顔をした。

 水が滴りそうな、潤い豊かな唇が・・・ゾッとする艶やかさだ。

 人間の男ならいちころだろうな。


「もしや・・・何者か裏で糸を引いている者がいると?」


 睨み付けるような目で、雅は青年カシンを見た。


「ええ、邪界鬼じゃかいきの半身で、天地愛あまちあいという者がいます。方々で暗躍しているので、もしかしたら愛さんが黒幕として百鬼夜行を導いているのかもしれません」


 青年カシンがそう語ると、雅は突然立ち上がった。


「半身!」


 雅は、信じられないと言いたげだ。


「どうやら、お互いが持っている情報を重ね合わせる必要がありそうだね」


 鶴姫は、足を組んで遠くを見ながら言った。

 どこを見ているのか、俺はその先に目を向けたが、そこには酒の棚しかない。


「どうやら、車の準備が整ったようです」


 千代さんが姿を見せたわけでもないのだが、青年カシンがそう告げる。

 雅と鶴姫は、グラスの中の酒を飲み干すと、叩きつけるようにテーブルに置いた。

 衝撃で、空になった二本の酒瓶が跳ねて軽い音をたてる。


「では、参りましょう」


 雅が、膝の上にいた俺をソファーの隣にどけると、リトとゲンを抱いて立ち上がった。

 何故、俺はどかされた?

 雅に追従するように、鶴姫も席を立つ。


「おっと、あんたはその気取った格好をやめて、じじいに着替えてきな」


 鶴姫は、青年カシンに指をさして命ずる。


「喋りにくいったらありゃしない・・・」


 吐き捨てるようにそう言って、鶴姫は黒鷹を従えて店を出た。

 青年カシンは、不服そうに顎を撫でる。

 何故か俺と目が合う。


 俺を見るな・・・。

 そういう思いを込めて、俺はカシンを睨み付けた。

 良いじゃないか着替えるくらい・・・。


 俺は、どけられたんだ!

 抱っこしてもらえなかったんだ!

 良いよ。自分で歩いて行くから・・・最初からそのつもりだったんだ・・・俺は・・・。


 俺は、店の扉の前で立ち止まる。

 扉も開けておいてもらえなかったから、出られない。

 俺は、振り返ることなく後から来るカシン待った。


 カシンは、戸締まりなどをしていてなかなか来ない。

 俺は、黙って物言わぬ大きな木の扉を見上げていた。






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