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お久しぶりにょ

51  お久しぶにょ




 少女カシンが持ってきたお弁当は、焼きそばだった。

 鶴姫は、不機嫌そうな顔で焼きそばを掻き込み、食べ終わると美味しそうに煙草を吸う。      

 そして、イビキをかいて眠ってしまった。


「にゅー、うるさいにょー」


 リトは、少女カシンの胸元から顔を出してしかめっ面をする。


「歳をとるとさ、肉が弛んでイビキをが大きくなるんだよー」


 少女カシンは、他人事でもなさそうな顔で言う。


「カシンも、お爺さんの時はイビキがすごいの?」


 俺は、真面目に訊いたんだけどね。

 少女カシンは、困った顔をした。


「寝ているからね。自分じゃわからないよ」


 カシンは、エヘヘと笑ってごまかす。


「このフワフワのお魚、美味しいにょー」


 リトは、口の回りに小魚の欠片をいっぱい付けて、ご満悦だ。

 ちなみに、俺も同じものを頂いている。

 釜揚げしらすだ。

 お茶碗いっぱいに盛ってもらって、豪華なお昼ごはんだ。


「リト様、しらす食べたことないの?」


 カシンが訊く。

 確かに・・・大昔から生きている妖猫ようびょうなのに、食べたことないとは驚きだ。


「んー、どだたかにょー、食べたことあるような気がしてきたにょー」


 リトは、大きな目を見開いて過去でも見ようとしているのか・・・。


「忘れたにょー」


 だよな・・・自分の名前だって忘れちゃうんだから。

 リトは、口の回りをカシンに拭ってもらい、残りを舌で舐めまわして綺麗にした。


「おでかけするかにょー」


 おもむろに、リトは思いついた。


「いやー、影中人とか言うのに襲われたばかりでしょう? あまり動かない方が良いんじゃない」


 少女カシンは、膝の上のリトを撫でながら諭す。


「にゅー、だいじょぶにょー、カシンとチュルは待ってるにょー」


 そう言って、リトは走り出した。


「ちょっと、まってよー」


 俺は、慌ててリトを追う。


「ちょっとー!」


 背後で、少女カシンの呼び止める声がする。


「にょーーーーーー」


 リトが止まるわけがない。

 俺は、リトのお尻を追いかけながら、喜びを感じた。

 リトが、元気になったこと・・・。

 とても嬉しい。




 十王台の住宅街の道じゃないところを、リトは逸走する。

 ブロック塀の上だったり、金網にへばりついて真横に走ったりした。

 とても着いていけない。

 あっという間に見失った。

 方向からして、エスズ家電かと思ったのだが・・・。


「あら、シロちゃん! 久しぶりねー、今日はあなただけなの?」


 エスズ家電に着くと、店長の加藤さんに出迎えられた。

 辺りをキョロキョロ見渡してみたが、リトの姿はないようだし、加藤さんも見ていないようだ。

 加藤さんは、俺を抱き上げるとテレビの方へ歩いていく。


 いや・・・違うんだ。

 リトが居ないのだったら、ここには用がない。


「ちょっと待ってねー、ガウガウガーに変えるね」


 加藤さんは、俺をだっこしたまま、機械を操作する。

 違うんだってーーー。

 俺は、モゾモゾと身体をくねらせ加藤さんの腕から逃れようとした。


「あらら、どうしたの? ご飯かな?」


 加藤さんは、立ち上がると俺のことを抱き直す。

 あー、加藤さんは優しいから大好きなんだけど、言葉が通じないからもどかしい。

 俺は、何とか脱出しようと両手で加藤さんの胸を押す。


 何度も何度も押してたら、柔らかくて喉がゴロゴロ鳴りだした。

 何のために押していたのかも忘れて、加藤さんの胸を押し続けている。


「あらー、ママのおっぱい思い出したかなぁ」


 よしよし、などと言いながら加藤さんは俺の頭に頬擦りする。

 ん?

 思い出した!

 こんな事をしている場合じゃない。


「ごめん、加藤さん! リトとまた来るから」


 俺は、一瞬力の抜けたところで加藤さんの腕から脱出し、店の出入りへダッシュした。

 自動ドアが開いて、来店客とすれ違う。


う。ちょっと良いか?」


「あら、お兄ちゃん。どうしたの?」


 俺は、店を出たところで足を止めた。

 振り返って、店の中に目を抜ける。

 加藤さんがいて、その前に後ろ姿の男がいた。


 濃い青色のスーツで、背丈は加藤さんより頭ひとつ大きい。

 加藤さんのお兄さん・・・。

 夜笑さんの、好きだった男だ・・・。


 この二人にも、夜笑の事を伝えなければならない。

 でも、俺じゃ言葉が伝わらないから・・・。

 俺は、もう一度二人に目を向ける。


 目が滲んで、モヤモヤしてよく見えない。

 今度、カシンと一緒に来よう。

 辛いけど、ちゃんと伝えないと。

 俺は、店を背に走り出した。




 さて、リトはどこへいったのか・・・。

 俺は、住宅街のワンちゃん通りを歩いている。

 リトとは、この道で出会ったのだ。


 この通りに建ち並ぶ家屋には、犬を飼っている家が多いのだが、俺を見て吠えたてるワンコはいない。

 庭先に、ドーベルマンのマークスがいた。


「マークス! リトを見なかったかい?」


 俺は、フェンスの隙間から顔を突っ込みマークスに訊いてみた。

 マークスは、俺を見ると犬小屋の中に隠れようとする。


「マークス!」


「見るわけねーだろ! 見たくねーんだから」


 マークスは、リトにエサを奪われた挙げ句、ボコボコにされたのだ。

 今だにあの時の恐怖を、忘れられずにいるのだ。


「ああ、ありがとうマークス・・・」


 この辺りには、来ていないのだろう。

 さて、どこに行ったのか・・・。

 商店街かな?


 エスズ家電にいなかったと言うことは、商店街だ。

 間違いない。

 しかし・・・。


 一旦、神社に戻ろう。

 カシンと鶴姫がまだいるかもしれない。

 一人ぼっちだと、何があるかわからないからね。

 俺は、急ぎ足で神社に戻った。


 決して、心細いとか寂しいとか言うわけではないのだ。

 カシンや、鶴姫に心配をかけてはいけない。

 脇目も振らず、俺は神社の入り口に飛び込んで石畳を駆けた。

 小さくなった鳥居をくぐり、境内にたどり着く。


「カシン! 鶴姫! リト!!」


 俺は、二人と一匹の名を呼ぶ。

 返事はない。

 静かだ。


 少し赤みがかった木の葉が、カサカサ風に揺れているだけで、何の気配もない。

 俺は、急激に不安になった。

 この世界に、俺だけが取り残された。


 心臓の鼓動が早く大きくなる。

 ハッ!


 もしかしたら、みんな黄泉とか言うところに行ったんじゃ・・・。

 ちがう! 行ったんじゃなくて、連れていかれたんだ!

 影中人かげのなかびとは、消えてなんかいなかった。

 俺の不安が、確信に変わりかけたその時ーーー。


「影の匂いが致します」


 ギョェェェェ。

 背後からの突然の声に、俺の胸の中にあるドクドクする塊が、喉から飛び出そうになった。

 俺は、恐る恐る振り返った。

 汗びっしょりで、全身の毛が皮膚に張り付いている。


「おや・・・白猫はくびょうがおりますよ」


 女の声だ。

 涼しい風が吹く。

 全身の汗が吹き飛ばされたようだ。


 春のようなその風は、とても爽やかで心地よい。

 胸のドクドクの種類が変わる。

 俺の背後にいたのは、仙女だった。


 キズもシワもない陶磁器のような美しい顔・・・。

 宝石のような大きくて青い目が、俺の心を吸い込んでしまう。


「これは高貴な・・・この地の名のある主にございましょう」


 小さくて花弁のような唇が、何と心地よい音を奏でるのか・・・。

 俺は、煌びやかな着物をまとうその仙女に、すっかり目も心も奪われてしまった。


「この気品・・・もしや長くこの地を守りし仙狸せんり様では御座いませんか?」


 仙女様は、大きな目を見開いてそのようなことを俺に訊ねられた。


「ちがうよぉーーーみやびちゃぁーーーん。こんなぁーー、きたなーーい猫ぉ、野良猫ぉーだよぉーー」


 何とも間の抜けた声がした。

 仙女様が、何か抱えていると思ったら、小汚ない亀がいた。

 その亀が、のんびりした口調で言うのだ。


「それにぃー、この子ぉー、目がぁ死んでるぅー」


 うるさい。余計なお世話だ。

 俺は、牙を剥いて亀を睨み付けた。


「さすがコクテイ様、よく無抜かれました。これは、ただの野良のようで御座います」


 仙女が、俺を見て卑屈に笑う。


「な、なんだとー! 何だお前ら、突然やって来て!」


 突然沸き起こった怒りに、俺も戸惑った。

 うまいこと言えない。


「はて、場所はここで合っているようですが・・・オウ様は何処でしょう?」


 派手な着物を着た女は、俺を無視してあちこちを見渡す。


「まぁ、影臭くて叶いません。少し払いましょう」


 女は、亀を石畳の上に置くと腰帯から小さな錫杖を取り出した。


「掛けまくもかしこき大神等おおかみたち 諸々の禍事まがごと・罪・穢 有らむをば はらたまへ 清め給へ」


 女が、錫杖を振りながら境内を歩くと、リトが伸びをしたときのような、周囲に淡い光が降り注がれた。


「清められました。これで影が訪れることもないでしょう」


 女は、そう言って微笑する。

 また、ちょっとドキッとした。

 顔は・・・可愛いよ。

 わかったよ。クソッ・・・。


「あのさ、何なのあなたたち?」


 俺は、女の顔を見ないように話しかけた。


「私は、土御門つちみかどみやびと申します。オウ様とお会いしたく、北の地より参りました」


「ぼぉーくはぁーー」


「失礼します。コクテイ様」


 亀が話し始めると、雅が亀を抱き上げた。


「こちらは、コクテイ様であらせられます。大事あって、オウ様とお会いしたいのです。あなたご存じありません?」


 コイツらが探しているのは、どうせリトだろう。

 オウ様なんてはじめて聞くけど、アイツしょっちゅう名前変えているみたいだし。


「探しているのは、小さなキジトラの雌猫でしょう?」


 俺がそう訊くと、雅は驚いた顔をした。

 うん・・・可愛いな。


「左様に御座います。やはり、私が見立てた通りあなた様は・・・この地の主でございましたか・・・」


 その手にはのらねーよ!

 可愛いからって、手のひら返しやがってーーー。

 許すけど・・・。


 雅は、コクテイとか言う亀を降ろすと、俺に手を差し伸ばす。

 普通なら、知らない人間に触らせたりしないけど・・・。

 俺は、素直に抱かれてしまった。


 ニヤニヤしてしまう。

 あ・・・温かい・・・良い匂いがする・・・。


「あなた様のお名前を、お聞かせいただけますか?」


 あああー、美術品のような美しい顔がすぐそこに!


「ち・・・チロです・・・」


 あ、間違えた。


「チロ様ですね」


 うん。チロです。

 チロって呼んで!


「にゅーーー、チロいたにょー」


 リトの声がした。

 今良いところなのに、もう帰ってきやがった。

 雅が、声の方に振り向くと、そこには鶴姫に抱っこされたリトがいた。


「あら、あなたは・・・」


 雅が、鶴姫を見て驚いたようだ。

 鶴姫も驚いている。


「何でお前が、ここにいるんだ・・・」


 どうやら二人は知り合いのようだ。

 絶世の美女と、何故シワシワの狂暴な鶴姫が知り合いなのか・・・。


「おおぉおぉぉぉー、おぉうぅぅ様ぁーーー、お久しぶりぃーでぇすぅー」


 亀が、リトを見て言う。


「誰にょ?」


 リトは、美味しそうな獲物を見る目で亀を見た。





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