夜刀神社の修繕
49 夜刀神社の修繕
すっかり秋色が深まった。
というより、突然秋になった。
急に寒くなって、寒がりな俺たち猫には辛い季節の到来だ。
リトとスーは、あれから毎日寝続けている。
起きるのはご飯の時ぐらいで、あとは終日寝ている。
相当なダメージを受けたのであろう。
今は、回復に専念しているのだ。
俺たちは、やることもないので神社の修復を始めたよ。
倒れた鳥居を分解して、使えそうな所を取り出すんだって。
夜雲が主体で、頑張っている。
「おい、婆さん! 煙草ばっか吸ってねーで手を貸せよ」
夜雲は、倒れている鳥居の柱をノコギリで切断している。
「ハッ、老人に力仕事をさせようって言うのかい!」
鶴姫は吸っていた煙草を、黒鷹に渡すとお社に向かった。
あれから、鶴姫はリトとスーをかいがいしく看病していた。
リトとスーのお世話担当だ。
口と態度の悪いお婆さんだが、リトには何故か優しい。
「じゃーん。おまたせー、ご飯作ってきたよー」
そう言って現れたのは、ダボダボの黄色いセーターに、黒いズボン姿の少女カシンである。金髪を後ろで2本に束ねていた。
その後ろに、茜色の着物姿のユキさんがいる。
ちょっと驚いたのは、一緒に来た夜摩の姿であった。
モフモフ生地のグレーのズボンに、白いパーカーを着ている。
いつもの紺色の煙管服ではなく、しっかりお洒落をしているのだ。
「今日はね。夜摩ちゃんがほとんど作ったんだよ!」
少女カシンは、白い布に包まれた箱を差し出す。
「おいおい、どういう風の吹きまわしだ?」
夜雲は、怪訝そうに夜摩を見る。
「はい! ジロジロ見ない! 黙って食べなさい」
そんな夜雲を、少女カシンは一喝した。
「どうしたんだお前?」
黙ってはいられない夜雲である。
ユキさんの背後で、夜摩はモジモジしながら答えた。
「俺さ・・・」
「私ね」
すかさずユキさんが訂正する。
改めて、夜摩は語りはじめた。
「私ね、夜笑姉ちゃんみたいに、なろうと思ってさ・・・」
少女カシンが、夜摩の前髪を撫でる。
「オデコ出した方がいいな」
少女カシンは、持っていたヘアピンで夜摩の前髪を流して止めた。
「夜笑姉ちゃんの仇は、リト様がとってくれたみたいだし・・・俺は・・・」
「わ・た・し!」
今度は少女カシンが訂正する。
「私は、夜笑姉ちゃんみたいに、おっぱいでっかい女になる!」
夜摩は、決意確かに拳を握った。
そこかよ・・・。
「はいはい、とにかくご飯にしましょう」
少女カシンは、包みを解いて弁当箱を開けた。
だし巻き玉子と、ウインナーがいっぱい入っていた。
ウインナーは普通だが、だし巻き玉子は、形が・・・ぐちゃぐちゃ。
「おにぎりもありますよー」
ユキさんが、アルミホイルに包まれたおにぎりをみんなに配っていく。
「でけぇな・・・」
鶴姫がぼそりと言う。
「あ、それは俺が握ったやつ!」
夜摩が自信満々で言う。
おにぎりは自信作らしい。
「チロにもあるぜ!」
夜摩は、おれにもおにぎりをくれた。
鰹節たっぷりの、俺専用のおにぎりだ。
良いじゃないか!
みんなそれぞせ適当な場所に腰かけて、おにぎりを食べた。
「形はともかく、どれも旨いじゃないか」
夜雲は、形の悪いだし巻き玉子を口に運びながら夜摩を褒めた。
「へへへー、ユキ姉ちゃんに習ったんだ」
夜摩は、石畳にあぐらをかいて大きなおにぎりを頬張っている。
見た目は、少しだけ女の子っぽくなったけど・・・まだ行動が男だな。
鶴姫は、別に用意したニャウニュールとナッツを皿に入れてお社にへと運ぶ。
声は聞こえなかったけど、小声でリトとスーに語りかけているようだ。
「よろしいのですか?」
鶴姫が、みんなに聞こえるように言った。
何事かと、皆鶴姫に注目する。
「スー様からお話があるようだ。みんな集まっておくれ」
鶴姫に言われて、みんな賽銭箱のまわりに集まった。
お社の中から、重い身体を引きずるようにスーが出てきた。
「みなさん・・・ご苦労様です。お食事をしながらでいいので、聞いてください」
スーは、そう言って語り始める。
食事をしながらで良いと言われたけど、みんな手を止めて話に耳を傾けた。
「巨峰山での事、大変申し訳なく思っております。本当に申し訳ありません」
スーは、ほとんど開いていない目を夜雲に向けて謝罪した。
「リト様と私は、小黄泉様を懲らしめに黄泉へと行きました。あわよくば邪界鬼も倒すつもりでしたが、そこまでは届きませんでした」
あんなに口にするのを嫌っていた邪界鬼の名を、躊躇なく口にするのをのは何故だ?
俺は、嫌な気分になる。
災いが起こるのはないだろうか?
「黄泉にて、リト様と小黄泉様は激しく争われました。本来の力を解き放ち、この現世ではまず見ることなできない、それは激しい戦いでした」
そこまで言って、スーは激しく咳き込んだ。
傍らにいる鶴姫がスーの小さな背を撫で、ユキさんが水筒の水を器に入れてスーの元に運んだ。
スーは、礼を言って喉を潤す。
「私は、お二人の邪魔をする黄泉の住人どもと戦いましたが、なにぶん数が多く・・・数多と言えば規模はおわかりになるでしょうか? 億か兆か・・・京とか垓かもしれません」
戦いの凄まじさに、みんな固唾を飲んだ。
それは、戦争じゃないか・・・それをたった2匹で・・・。
「リト様と小黄泉様の戦いは、リト様が勝ちました。小黄泉様は、姉を怒らせてしまったことを悔いたことでしょう。小黄泉様が、今後我々の妨害をすることはありません。ただ・・・」
スーは、そこで言葉につまった。
言いにくいことでもあるのだろうか?
「我々もまた、黄泉の主を怒らせてしまった・・・リト様と私は、一瞬で消されそうになりました。かろうじて脱出したのですが・・・」
リトとスーを一瞬でって・・・黄泉の主って何者なんだ!
俺は、知らぬまに震えていた。
隣にいた夜摩が、気づいてくれたのか、抱きしめてくれた。
「それで、黄泉平坂で愛さんに助けられたのですね」
喋るのもしんどそうなスーを気遣ってか、少女カシンが言う。
「助けられたのか・・・私たちを黄泉から遠ざけたかったのか・・・いや、わかりませんね。あの者に訊いてみないと」
スーは、また少し咽びいた後、改まって口を開く。
「邪界鬼について・・・お話ししておきます」
スーは語り始めた。
何故だろう・・・はじめて聞くのに、知らない話ではないように感じた。
大昔から災いの元凶であったのだから、俺のこの血か肉がその恐怖を記憶しているのかもしれない。
そんな事を思いながら、俺はスーの話を聞いた。
邪界鬼とは、黄泉の大地に生える1本の草であった。
弱々しい名もなきただの草であったが、根を張った場所が良かった。
そこは、怨嗟、虚無、憤怒、悲哀が渦巻く負の感情の溜まり場であった。
それらは、小さな名もなき草の養分となる。
名もなき草は、長い年月をかけどんどん大きくなり、どこをどう通ったのかその芽は現世に顔をだす。
芽は、茎を伸ばし葉をつけ花を咲かせた。
人の血のような真っ赤な美しい花で、虫も動物もその花に魅了された。
そして、その花から放出される香りは、生きとし生けるものを惑わし、撒き散らされる胞子は、生物を狂わせたり疫病をもたらした。
深き地中に根を伸ばすこの植物を、人々は黄泉花と呼び、後には邪界木とも言われるようになる。
この邪界木の花が実を結び、種子として産まれるのが邪界鬼である。
邪界鬼は、人のような形をして動きまわり、死して大地に根を降ろす。
増えに増えた邪界鬼どもを駆逐するのに、神々はこの現世を焼き尽くさねばならなかった。
しかし、現世の邪界鬼を駆逐しても、1本だけ残ってしまう。
黄泉に根を張る最初の邪界木である。
神々は、この邪界木の根の上に大きな石座を置き、注連縄をかけ封印した。
以来、封印が破られる度に神々とその眷属は、邪界鬼と戦い再び封印するという事を繰り返してきたのである。
「最初に真っ白な花を咲かせます。それが百鬼夜行の始まりです」
何度も聞いた百鬼夜行、それはいったい何なのだろう?
俺は、その疑問をスーに投げかけた。
「百鬼夜行の行く先は、邪界木なのです。現世の異形の者たちを喰らい、養分として蓄えます。花の色が、真っ赤な血色になると、香りと胞子を放ち、実をつけるのです。」
これから、そんな恐ろしいことが始まるかと思うと、暗澹たる気分になる。
「夜雲さんと夜摩さんは、一度お国に戻っていただき、東の守備を固めていただきたい」
スーの言葉に、夜雲と夜摩は黙って頷いた。
「私は、これからセイさんを西にお連れして、馬児島に戻って羽を休めたいと思います」
セイとは、リトやスーの仲間で北東の大きな湖のそばにいるトカゲだ。
猿山で猿と闘ったときに助けてくれた。
口が悪いけど、とても強い。
西の守りを強化するために、トカゲのセイを西に連れていくようだ。
「みなさんには、リト様をお願いいたします」
スーは、鶴姫とカシンとユキさんに目を向けて言う。
・・・俺も見ろ・・・。
出発する前に、夜雲と夜摩は鳥居を直してくれた。
前の鳥居の半分ぐらいの大きさになってしまったけど、なんとか格好はついたであろう。
夜雲と夜摩は、名残惜しいのかみんなと握手をしたり、包容をしたりを繰り返し、お社の中に首を突っ込んでリトにも別れの挨拶をした。
スーは一足先に飛び立っていて、フラフラと北東に向かって行った。
「じゃぁ、みんなリト様の事は頼んだぞ」
夜雲は、夜摩の肩を抱いてお辞儀する。
「まかせといて! 夜摩ちゃん、俺じゃないからね。わ・た・し・ね」
「ああ、大丈夫だよ! カシン姉ちゃん」
夜摩は、目に涙をためて親指を立てた。
カシンは、夜摩を抱き寄せて頭を撫でる。
「すみません。私も一度国に帰らせていただいても良いですか?」
申し訳なさそうに、モジモジとユキさんが言った。
「どうかしたのかい?」
鶴姫が訊ねる。
「国元の私の一族にも協力を打診したいのと、百鬼夜行に気を付けるように伝えておきたいのです。百鬼夜行に一族の者がいたら困りますから」
「雪女の一族が、力を貸してくれるなら心強い。是非そうしておくれ」
珍しい・・・鶴姫が微笑した。
「ありがとうございます。では、途中までご一緒させてください」
ユキさんは、夜雲と夜摩に同行を請う。
蛇族の2人は快諾した。
とくに、夜摩は跳び跳ねて喜ぶ。
北東へと旅立つ3人を、俺たちは境内で見送った。
小さな鳥居をくぐり、3人の姿がどんどん小さくなって、参道の入り口で手を振る姿を最後にいなくなってしまった。
どっと、寂しさがつのる。
俺は、鶴姫と少女カシンを見上げた。
2人とも、寂しそうな顔をしている。
鶴姫の傍に、黒鷹がいた。
目立たないけど、居てくれて嬉しかった。
見当たらないけど、千代さんも近くにいるはずだ。
寂しいなんて、言ってられないね。
また会えるはずだし・・・。




