強くいこう
48 強く行こう
屑どもは、結局朝まで飲み続けた。
ユキさんなんて、乱れまくって着物の裾がはだけて際どいところが見えそうだ。
少女カシンは、短いスカートでパンツが丸見えだ。
まだお行儀がいいのは、以外にも鶴姫で、壁に寄りかかって眠っている。
可哀想に、夜摩はずっと泣いていた。
時折笑い話にニコニコしながら付き合うときもあったが、その目尻からは細い涙が線となって流れた。
そんな夜摩も、疲れて寝ている。
まだ涙のあとは残っていた。
夜雲は上半身裸で、酒瓶を抱いたままひっくり返っている。
風呂にいると勘違いして服を脱ぎ出したのを、鶴姫が殴って静止したのだ。
もしかしたら、気絶しているのかもしれない。
荒れ果てた畳の部屋を見渡して、俺はうんざりした気分になった。
でもね、わかっているよ。
酒でも飲まなきゃ、やってられないんでしょう?
こんな時は・・・。
良いんだよ。
それで逃げれるのなら・・・逃げたらいいのさ。
酔いどれたちが目を覚まして、活動できるようになったのは、お天道様が西に傾き始めた頃だ。
「すまなかったなシロ」
夜雲が、意を決した顔で言う。
「さぁ、行こう」
夜雲が俺を抱き上げて店を出た。
そう言う夜雲の息が、酒臭い。
俺は近くにいた夜摩に救いを求める。
臭くてかなわん。
夜摩は、夜雲から俺を受けとると、優しく抱き締めてくれた。
小さいけど、柔らかい膨らみが温かくて心地よかった。
「ビビってんじゃないよ!」
鶴姫が、夜雲の尻を蹴って叱咤する。
「ビビってねーよ! 行くぞ!」
夜雲は疎ましそうに鶴姫をにらむ。
そうして俺たちはやっと店を出た。
ここからそう遠くない夜刀神社に向けて・・・。
夜刀神社は、すさまじく荒れ果てていて知ってはいたがビックリした。
鳥居は倒れているし、石畳はあちこち砕けている。
あの黒猫の小黄泉とリトが闘って、この有り様だ。
あらためて見ると、酷いものだ。
俺たちは夜雲を先頭に参道を歩いて、お社の前で立ち止まった。
「リト様! 蛇王夜雲、ご報告があり参上いたしました」
夜雲はそう言って、石畳に膝をつく。
他のみんなも、夜雲にならって膝を揃えて座る。
「お怒りは、重々に承知しております。私が一緒にいながら、大変申し訳ございませんでした」
石に額をつけて、夜雲は謝罪する。
ウソでしょ? って思ったのは・・・。
鶴姫も同じようにしているのである。
お社は静かだった。
何の物音すらしないのだ。
しばらく、みんな地面に頭を着けていた。
ずいぶんと長い時間が過ぎる。
しびれを切らした夜雲が、夜摩のそばにいる俺をチラチラと見た。
「おいシロ・・・どうなってんだ?」
夜雲が、蚊の泣くような声で俺に訊くのだ。
「いないんじゃないかな?」
俺はそう思って答えた。
「・・・ちょっと、見てきてくれないか・・・」
夜雲が、躊躇いがちに訊く。
「え! やだよ!」
俺は、力一杯拒否した。
声がでかいと、夜雲が人差し指を口に当てる。
たのむよ。
夜雲は声には出さず、表情で言う。
「いきなり殴られるかもしれないじゃないか」
俺は、祭りの日を思い出していた。
リトに殴られて、夕方まで気絶していたのだ。
た・の・む
再度夜雲に懇願され、渋々俺はお社に続く階段を上った。
用心しながら、少しずつ上る。
扉の格子から、中の様子をうかがう・・・。
いなかった。
お社の中に、リトの姿はない。
「いないよ・・・」
俺は、首を降って夜雲たちを見る。
何処へ行ったのだろう?
夜雲たちは、安堵した様子で立ち上がった。
「やれやれ、居ないんじゃしょうがない。店に戻って飲みなおすかい?」
鶴姫の進言に、皆まんざらでもない顔で肩をすぼめる。
夕方にはまだ少し早い。
でも、ちょっとだけ小腹がすいた。
そんな頃合いだった。
みんなで参道を引き返そうとした時だ。
何かの気配を感じ、一斉に戦慄する。
何者かが、参道を歩いてくる。
猫ではなかった。
それで、みんなちょっとだけ安心する。
でも、人の姿をしたそれの正体はすぐにわかった。
黒いドレスを身にまとい、長い黒髪をなびかせ歩く。
黒いパンプスで、石畳を突く音が忙しなく感じさせた。
自らの両腕を抱くように腕を組み、白磁のように白い胸の谷間が垣間見える。
「愛さん・・・」
ユキさんが、この意外な来客の名を呼んだ。
夜雲は威嚇するように身構える。
この禍々しい気配が、善良な者であるはずがない。
夜雲は初対面だが、それを感じるのであろう。
「あら、みなさんお揃いで・・・フェリー以来ですね」
俺たちから少し離れたところで、愛さんは歩みを止めた。
「誰だい? この女は?」
いけ好かない。鶴姫は不快感を露に愛さんを見る。
「天地愛さんよ。あれの半身なの・・・」
少女カシンが答えた。
あれで通じるのかと思ったが、鶴姫は納得したような顔をしている。
「そんな怖い顔しないで」
うっすらと笑みを浮かべ、愛さんは腕を抱く手を開いた。
愛さんは、何かを抱いていた。
小さな生き物だ。
それを見て、みんな驚きの声をあげる。
小さく丸まったリトと、鳩のスーだった。
「何をしやがった!」
夜雲が、気色ばむ。
リトもスーも、生気乏しくぐったりしていた。
「私たちの留守中に、卑怯です!」
ユキさんが、語気強く愛さんを非難する。
「もー、勘違いしないで・・・私は、黄泉平坂で、倒れていたこの子達を拾っただけなんだから」
「どういうことです?」
ユキさんと少女カシンが、愛さんのそばに近寄る。
戸惑いながら、愛さんからリトとスーを受けとった。
愛さんは、周囲を見渡しながら苦笑した。
「ひどい有り様ね・・・でも、黄泉はこんなものじゃなかったわ」
愛さんは、これまでの経緯を語ってくれた。
まず、リトとスーが倒れていた黄泉平坂は、黄泉の出入り口になるらしい。
そう、リトとスーは黄泉に行っていたのだ。
黄泉と言うところが、どういうところか知らないけど、リトとスーは、そこに小黄泉を追いかけていったらしい。
「私は、遠くから見ていただけだけど、大変な姉妹喧嘩だったわ」
愛さんはそう言うが、どこか楽しそうだ。
「周囲の異形の者たちも巻き込んで、大暴れです。私も黄泉の住人ですが、爽快でしたわ」
思い出しながら、愛さんは不敵に笑う。
「リトは大丈夫なの?」
俺は、夜摩に持ち上げてもらって、カシンが抱いているリトの顔を覗き込んだ。
息はしている。
小さな呼吸音が聞こえた。
「ええ、体のダメージもあるでしょうけど、疲労のほうが大きいかしら」
なんて無茶なことをするんだ・・・この間小黄泉にやられた傷だって癒えていないだろうに。
「どうしてリトは、そんなことを?」
「さぁー、私が気づいたときには暴れてましたから・・・ただ、ものすごく怒ってましたわ。私ですら恐怖を感じましたもの。新鮮な気持ちで心地よかったぁ」
愛さんは、うっとりとした表情で言う。
変態だ。
「で、どちらが勝ったんだ?」
夜雲が訊ねると、女たちは夜雲を睨み付けた。
「勝ち負けじゃないでしょう」
少女カシンは、愛おしそうにリトを抱きしめた。
「私にも抱かせておくれ」
鶴姫が、手を伸ばして半ば奪うようにカシンからリトを受け取った。
「ああ、なんとお労わしきや」
優しくリトを抱く鶴姫の姿は、母のようである。
「でも、何故あなたが・・・」
少女カシンは、不思議そうに愛さんを見つめた。
「前にも言ったけど、私は敵じゃないわ。それに、美しいものが好きなの。美しかったわ、あの狂乱・・・怒り・・・悲哀に、自責・・・色に例えるなら虹色ね」
何だか訳のわからないことを言っている。
なので、俺は鶴姫に目をやった。
しわしわの頬に光るものがあった。
「泣いているの?」
俺が訊ねると、鶴姫はそっぽを向いてしまった。
「人の顔を、ジロジロ見るもんじゃないよ! それに、目に猫の毛が入っただけさ」
「愛さん。お礼を言っておきます。ありがとうございました」
ペコリと頭を下げるユキさんの腕の中には、ボロボロの鳩がいた。
スーも、闘ったんだ。
リトを守ったんだね。
「まぁ、礼を言われて悪い気はしませんね。これからは仲良くしてくださいね」
クククと、愛さんは気味悪く笑う。
「そうはいかねぇだろう。あれの半身なら、敵でしかない」
夜雲が、愛さんに凄む。
「悲しいわぁ。じゃぁ、この件は貸しにしておきますわ。ここぞと言うときに使わせていただきましょう」
「余計なこと言ってないで、さっさと消えな。感謝するのはあと5分だ。5分経ったらぶったぎる」
鶴姫は、しわしわの顔をさらにしわしわにして言う。
「怖い怖い・・・では、私はこれで」
そう言って、愛さんは踵を返し境内から去っていった。
その姿を、しばらく眺めていたけど、何かに気を取られて再び愛さんに目を戻したときには、もういなくなっていた。
「スーさんも、こんなにボロボロになって・・・」
ユキさんが、腕の中の鳩を優しく撫でる。
足に付けられた、ドクロのキーホルダー・・・夜笑さんからプレゼントされたものだ。
「リト様!」
突然、鶴姫が叫んだ。
何事かと、皆が鶴姫の回りに駆け寄る。
「どうした!?」
血相をかえて夜雲が問う。
「リト様が・・・目を覚まされた」
鶴姫が、目を丸くして答えた。
リトは、うっすらと目を開けている。
「リト、大丈夫か?」
俺は、夜摩に持ち上げてもらってリトに声をかける。
「夜雲・・・」
小さな声だった。
聞き返そうと思ったけど、すぐ理解できた。
夜雲を呼んでいる。
「夜雲、リトが呼んでる」
俺は、リトを気づかって小さな声で夜雲を呼んだ。
夜雲は、緊張した面持ちで、鶴姫が胸に抱くリトに顔を寄せた。
「リト様、夜雲でございます。ここにおります」
囁くように、夜雲は言った。
「ごめにょ・・・クロが、妹が・・・ごめにょ・・・」
途切れ途切れのリトの言葉に、みんなが耳を寄せた。
「リトが、お姉ちゃんだから・・・叱ってきたにょ・・・ゆるしてにょ」
そう言って、再びリトは目を閉じた。
眠ったのだろう。
夜雲は、わなわなと後退り地に手をついて項垂れた。
背を震わせ、嗚咽を漏らしている。
その背を、ユキさんと少女カシンが擦った。
擦りながら、2人も泣いている。
俺を抱いていた夜摩も、俺を放り出して夜雲の背に顔を埋めてわんわんと泣く。
鶴姫は、空を見上げていて顔は見えなかった。
俺は、声を殺しながら泣く一人の男の背を眺めた。
俺も、謝らないと・・・。
ゴメン。
ごめんね夜雲、一番辛かったの夜雲だよね・・・。
泣いている人たちを見て、俺は失ったものの大きさを改めて感じた。




