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天狗との試合 壱

43 天狗との試合 壱



 巨峰山の巨峰山寺にて、俺たちは天狗と対峙した。

 高所に来たせいか、ちょっと寒い。

 巨峰山寺は、古びてはいたがしっかりした建物だ。


 多くの修験者たちが、あの険しい道を資材を担いで運び、この建物を造ったと思うとその過酷さは想像を絶する。

 そのためか、余計な装飾や調度品はない。

 境内であろう広間も、ただ砂利をひいただけの簡素なものだった。


 その広間の中央に、ヒグマのように大きな天狗と、きゃしゃで小柄なユキさんが向かい合って、今から闘おうとしているところだ。


「こんな可愛らしい女子おなごを、叩きのめす趣味はないんだが、ここまで登ってきちまったんじゃしょうがない」


 巨大な天狗は、ブツブツのある金属が先端に取り付けられた巨大な棒を携えて、ユキさんを見下ろす。


「いかん。こんな面をつけていたら、お嬢ちゃんが小さすぎて良く見えん」


 ガハハと豪快に笑いながら、大天狗は真っ赤なお面を外した。

 その顔を見て、少女カシンが反応する。


「あの体躯に、あの顔! まさか・・・」


 ぎょろりと大きな目に、髭を蓄えた四角い顔をしている。


「我こそは、武蔵坊弁慶なり! いざ勝負!」


 弁慶と名乗った巨漢は、大きな棒を構えた。

 金砕棒かなさいぼうというらしい、隣の鶴姫がそう言っている。

 夜雲や、カシンが感嘆の声をあげていた。

 武蔵坊弁慶、有名な人物らしい。


「私も、武器を用意いたします。少々お待ちいただけますか?」


 ユキさんは、弁慶にぺこりと頭を下げた。


「もちろん。充分に仕度されるがよい」


 余裕のある笑みを浮かべ、弁慶は快諾する。

 ユキさんは、諸手をあげて手首をキツネの真似をするように曲げる。


「雪や、こんこー。霰や、こんこー」


 いつものあの歌を歌いながら、ユキさんが舞い始めるとユキさんの体が吹雪に包まれ見えなくなった。


「なんと奇怪な!」


 これに弁慶は、驚きを隠せないようだ。

 吹雪がやむと、ユキさんは氷の鎧をまとった姿で現れた。

 左手に丸くて小さめの盾を持ち、右手には細長い円錐形の槍を持っている。

 ランスと言うらしい。鶴姫は武器に詳しい。


「氷槍の戦乙女! ユキメ!!」


 ユキさんは、氷の突槍を払い盾を構える。

 これは、構えるというより決めポーズだな。

 ガウガウガーでよく見るやつ。

 リトがいたら、喜んだだろう。


 周囲の反応は、芳しくなさそうだ。

 ・・・って顔している。


「ユキちゃん! これ私が預かっておくね」


 そう言って少女カシンが、ユキさんの足元に丁寧にたたまれた着物を拾い上げた。

 着物を脱いでいるという事は・・・。

 ユキさんの鎧を観察すると、大事な所は隠されているが所々に白い肌が透けて見えている。


「これは妖艶! その鎧、叩き割ってお主の裸体を拝ませてもらおう!」


 開始の合図もなく、弁慶がユキさんに襲いかかった。

 ユキさんの身長の倍はあろうかという弁慶の金砕棒が、右から左からとユキさんを殴りつける。

 ユキさんは、盾と槍でその攻撃をうまく受けていたが、受ける度に体が吹っ飛びそうになった。

 俺たちは、声を張り上げてユキさんを応援した。

 対して、天狗たちは静観している。


「なかなか丈夫な氷だな・・・」


 しばらく一方的に金砕棒を振り続けていた弁慶であったが、攻撃の手を止めて数歩離れた。

 疲れたようだ。肩で息をしている。


「では、こちらの番ですね」


 氷の兜のひさしから、弁慶を凝視するユキさんの大きな目が光った。


「ああ、来るがいい」


 弁慶は、金砕棒の柄を地に立てて余裕のある構えをする。


「氷槍三連撃! 行きます!!」


 ユキさんは、そう叫んでから弁慶に飛びかかった。

 わざわざ宣言してから攻撃するなんて・・・。

 ほら、見たことか。

 ユキさんの攻撃は、弁慶に軽々と受けかわされた。


「ブハハハー、わざわざ繰り出す技を教えてくれるんだから、世話のない」


 弁慶は、余裕だ。

 完全にユキさんを舐めきっている。

 ユキさんは、弁慶の金砕棒に払い飛ばされて距離をあけた。


「なるほど・・・では、次は2倍で行きます!」


 そう言うと、ユキさんはさっきと同じ構えを取る。


「氷槍三連撃 ×(かける) 2倍!!」


 ユキさんは、弁慶に飛びかかった。

 右上段から三連撃、右下段から三連撃を繰り出す。


「おおぉー」


 これには弁慶も少し驚いたようだが、難なく交わした。


「なるほど・・・2倍か! 面白い!!」


 弁慶は、豪快に笑った。


「わかりました・・・あなたを少し甘く見積もっていたようです。失礼しました」


 ユキさんは、頭を下げて謝罪する。


「次は、ちょっと本気出します」


 ユキさんは槍を構え、大きく深呼吸する。

 弁慶は、眉を寄せ険しい顔をした。

 今まで余裕を見せていた弁慶が、金砕棒を正面に構え初めて本気の態度を示す。


「行きます!」


 珍しく声を張り上げ、ユキさんはさっきよりも深く腰を落とした。


「氷槍三連撃! ×(かける)! 24倍!!」


 え!! 

 いきなり数字が跳ね上がった!


 空を切る、雷のような音が鳴り響いた。

 弁慶の全周から、隙間なくユキさんの槍が襲いかかる。

 一瞬の出来事であった。


 弁慶は、一度も槍を受けかわすこともできず、全てをその身に受けた。

 ハチの巣状態の弁慶は、全身から血を吹き出し、後ろによろめいたがこらえて踏みとどまる。


「わわわ! ごめんなさいー、やりすぎました!」


 ユキさんは、氷槍を投げ捨て慌てて弁慶の元に駆け寄った。


「いやいや、侮ったのはこちらの方・・・見事な技だ・・・」


 ガハハと力なく笑い、弁慶は空を仰ぐ。


わっぱ女子おなごでも、強き者はいるものよのぉ」


 弁慶は、遠い目で空を見上げたまま動かなくなった。

 寄り添うユキさんは、悲し気に弁慶を見上げている。


 弁慶は、立ったまま絶命したようだ。

 隣の鶴姫が、敵ながらあっぱれと弁慶を褒めた。

 なぜ、敵を褒めるのかわからないけど、勝者のユキさんも喜んでいる様子はない。

 その時、弁慶の体に異変があった。


「なんだい? あれは?」


 鶴姫が、身を乗り出して弁慶を凝視する。

 弁慶の全身から、湯気のような白い煙が立ち上り始めた。

 そして、見る見るうちにその体は蝋燭のように溶けていく。


「こ、これは・・・」


 鶴姫が、険しい顔で唸る。

 あっという間に弁慶は消え、黒い染みだけが地面に残された。


「黄泉がえりだ・・・」


 夜雲がぼそりと言った。

 なんだろう?

 黄泉がえりって?


「誰です! こんな酷いことをしたのは!?」


 弁慶のいた場所に佇むユキさんが、天狗たちを睨みつけながら叫んだ。

 天狗たちに、答える者はない。

 俺は、ちょっとユキさんの言っている意味がわからなくて、酷いことしたの・・・あなたですよね? って思ってしまった。

 すぐに口に出さなくてよかったと思ったけど、念話の使えるユキさんには聞こえてしまったかもしれない。


「なんすか黄泉がえりって? 兄貴?」


 俺を抱いている夜摩が、鶴姫を挟んで隣にいる夜雲に訊く。


「・・・死者を、黄泉の国から連れてきたんだ・・・。武蔵坊弁慶は、今から1000年も前に死んだ人間だ」


「えええー、じゃぁ、あのおっさんお化けっすか?」


 夜摩は、悲鳴にも似た叫び声をあげる。


「そうとも言えるが、借りの肉体を与えられたのだろう・・・。ほぼ、普通の人間だ」


 忌々し気に、夜雲は言う。


「いくら奇怪な術に長ける天狗と言っても、こんなことは・・・」


 夜笑さんが、躊躇いがちに言った。

 みんな、小柄な女の天狗に目を向ける。


「闇の者が、いるはずだ」


 夜雲が、小柄な天狗を睨みつけた。


「あなたですね・・・出てきなさい! 許しません!」


 ユキさんが、珍しく怒っている。

 小柄な天狗に向かって、ランスの先端を突きつける。


「おい夜笑・・・。あの雪女を連れ戻せ・・・」


 夜雲が、夜笑さんにそう指示すると、夜笑さんは黙って頷き駆けだした。

 その間に、夜雲はカシンの襟根っこを掴んで問いただす。


「カシン、あの雪女は何者だ・・・ありえないだろうあの力量・・・」


「いやぁー、私もこの間、馬児島で会ったばかりだから・・・」


 少女カシンは、首をかしげて困った顔をした。

 そこに、夜笑さんに連れられて不服そうな顔をしたユキさんが戻ってきた。


「おかえりユキちゃん! 凄かったねー」


 少女カシンが、飛びついて出迎えた。


「私は・・・納得がいきません。次も私に闘わせてください」


 ユキさんは、まだ怒っている。


「いや、もう良い。良くやってくれた」


 夜雲が、ユキさんをなだめる。


「黄泉がえりなど・・・死者に対する冒涜です」


「それを成仏させたんだ。それで良いじゃないか」


 夜雲がユキさんの肩を叩くと、しぶしぶユキさんは俺たちの後ろに下がった。

 夜笑さんが、ユキさんの着物を持ってくる。

 どうやら着替えるらしい。

 さっきみたいに、ユキさんの体は吹雪に包まれて氷の鎧姿から、橙色の着物に変わる。


「さて、次はどいつだい?」


 鶴姫が、煙草を吹かしたまま広場の中央に向かって歩き始めた。


「おいおい婆さん! 先走んなよ」


 夜雲が、追いかけて鶴姫を止める。


「ああん? 何さ、次はあたしの番だ。何か文句があんのかい?」


 眉を寄せて、鶴姫は味方の夜雲に凄んで見せる。


「いや・・・わかった」


 夜雲は、自分が出るつもりだったのだろう。

 鶴姫に押し切られ、とぼとぼと戻ってきた。

 鶴姫は広場の中央まで来ると、仁王立ちで吹かしていた煙草を放り投げた。

 すかさず黒鷹がそれを拾う。


「さぁ、次はあたしだ。誰が相手だい?」


「うむ。それがしがお相手いたそう」


 そう言って出てきたのは、細身でそれほど背も高くない男の天狗だった。

 動きがきびきびしていて、所作が美しい。


「あんた侍だね」 


 探るような目で、目の前に現れた天狗を眺めなると、鶴姫は黒鷹から2本の刀を受け取った。


「いや、ご老人待たれよ」


 男の天狗は鶴姫を制し、手に持っていた木刀を差し出した。


「何だいこれは?」


 鶴姫は、差し出されたものを受け取らず男の天狗を睨みつける。


「殺生は好まん。木刀での試合としたい。如何か?」


 それを聞いて、鶴姫は高らかに笑った。


「お前さんも黄泉がえりだろうに、面白い事を言う」


 鶴姫は、差し出された木刀は受け取らずに、黒鷹に用意させた。


「良いだろう。でも、木刀だからって死なないとは限らない・・・」


「それはやむなし」


 男の天狗は、そう言ってお面を外した。

 涼しい顔をした若い男だった。

 時代劇のような髷を結っている。


「拙者は、新當流しんとうりゅう塚原卜伝つかはらぼくでんと申す」


 男がそう名乗ると、仲間たちはざわついた。

 夜雲は、額を抑えて苦虫を噛んだような顔をする。


「おやおや、これはこれは伝説の剣豪じゃないか」


 鶴姫も目を丸くして、驚いている様子だった。


「ねぇ、ねぇ、有名な人なの?」


 俺は、夜摩の顔を見上げて訊ねた。

 夜摩と目はあったけど、返事はない。

 知らないようだ。


「ああ、剣を極めた男だよ。俺たちと地元が一緒でな、何度か見たこともある。あっちは知らねぇだろうけど・・・」


 夜雲が、ぼそりと教えてくれた。


「いや、貴殿の事は存じております。夜刀様はお元気であらせられるか?」


 塚原卜伝は、耳が良いらしい。

 広場の中央から夜雲に声をかけた。

 夜雲は、再び額を押さえて困った顔をする。


「・・・すまないが、この闘い預からせてもらえないか? 知り合い同士が闘うのを見たくはない」


 夜雲は、その場にいる全員に問いかけた。


「夜雲殿、それには及びません。これはあくまでも試合にござる。そのために木刀での勝負といたした」


 卜伝は、まるで旧友を見るかのように懐かしそうに笑んで言った。


「ああ、良いじゃないか。あたしも伝説の剣豪とやらと勝負がしたいね」


 鶴姫は、唇を舐めて笑う。


「わかった。つまらぬことを言った。すまなかった」


 夜雲は、そう言いて引き下がった。


「して、そなたは何と申す」


 卜伝は、木刀を構えて訊ねた。


「あたしは、大祝鶴だ・・・」


 鶴姫がそう言うと、今度は卜伝が目を丸くした。


「なんと・・・。生きておられたか」


「フフ、さてどうなのかねぇ」


 卜伝に訊かれ、鶴姫は曖昧な返事をする。

 どうやら、卜伝と鶴姫も会ったことは無いようだが、お互いを知っているようだった。

 鶴姫が、普通の木刀の半分ほどの長さしかない木刀を2本構えた。

 卜伝は、まるで空から吊られているかのような、まっすぐで美しい青眼に構える。


 伝説の剣豪 塚原卜伝 VS 戦姫 鶴姫 





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