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西へ

41 西へ




 リトは、重症だった。

 そりゃそうだ。


 神社の石畳がボロボロになって、樹齢何百年も経つ木々をへし折るような闘いだったんだもの。

あの後、どうしたのか覚えていないんだけど、大騒ぎだったと思うよ。

 気が付いたら、みんないたんだ。


 夜笑さんや、夜雲と夜摩、ユキさんとカシン・・・あの時は女の子のカシンだったな。

 それから、鶴姫と黒鷹・・・あ、千代さんもいたな・・・。

 とにかく大騒ぎだった気がする。


 ああー、少しずつ思い出してきた。

 夜笑さんなんて、半狂乱だった。

 泣き叫んで、夜雲が羽交い絞めにして押さえつけていた。

 俺はね、鶴姫にぶん殴られた。


 結構、殴られたな・・・。

 全然、痛くなかったから忘れてた。

 今、リトはお社の中で休んでる。

 ああ、朝だ。

 夜が明けたんだ。


 神社の境内には、篝火が焚かれ幾つか夜雲の持ってきた照明も置かれていたから、明るかったけど、空が青みがかってきて、俺は朝の訪れを感じた。

 鳩が1羽いる・・・。

 足に銀色のドクロの飾りを付けていた。


 スーだ。

 いつ来たんだろう?

 ちょっと怒ってる?

 珍しいな・・・。


「とにかく、説明してもらおうか? 何か知っているんだろう?」


 鶴姫が、鳩のスーに詰め寄る。


「黙れ、人間如きが口出しするな・・・」


 いつもの口調とは違う、どこか恐ろしい言い様のスーだった。


「おやおや、500年以上生きているあたしを、人間扱いしてくれるかい」


 鶴姫も動じない。


「まぁまぁ、お鶴さん。誰しも状況が掴みきれていないのですから、ここは落ち着いて整理しましょう」


 いつの間に着替えたのか、今は老人姿のカシンが鶴姫を諌めた。


「その黒猫は、確かにリト様の妹と言いていたのですね?」


 老人カシンにそう問われ、俺は頷いた。


「夜刀様が言っていた黄泉の黒猫とは、この事だったのですねぇ」


 老人カシンは、顎をつまみながら唸る。


「で、あの疫病神はまだ見つからないのかい?」


 鶴姫が、少し離れたところに立つ夜雲に訊ねた。


「ああ、まだだ。夜笑が落ち着いたら、人出が増えるから見つけられるだろう」


 夜雲は力なく答える。

 夜雲もショックを受けているようだ。

 夜笑さんは、暴れて大変だったので、夜摩とユキさんがついてカシンのお店に隔離されている。


「これじゃ、西に乗り込めやしないじゃないか・・・」


 鶴姫は、悔しそうに足元の石ころを蹴った。


「西?」


 怪訝な面持ちで、夜雲が訊く。


役小角えんのおづぬが、裏切ったのさ」


 鶴姫は、吐き捨てた。


「・・・なるほど・・・」


 夜雲が、そう言って奥歯を噛みしめる。


 歯のきしむ音が聞こえた。


「行ってはもらえぬか?」


 若干、落ち着きを取り戻したようで、穏やかな口調でスーが言った。


「ここは、リト様は私が全身全霊をもってお守りする」


「守れるのかい?」


 鶴姫が、凄みをきかせてスーに問う。


「私が、全身全霊をもってお守りすると言った」


 小さな鳩のスーが、強大な覚悟と闘気を滲み出しながら答えた。


「そうか・・・では、誰が行く? あたしはもちろん行くが・・・」


 鶴姫が、一同の顔を見渡す。

 夜雲と老人カシンが頷いた。


「3人じゃ足りやしない・・・まぁ、何人いたって足りることもないが・・・」


「夜笑と夜摩も行ってくれると思うぜ」


 夜雲が言った。


「ユキさんも行ってくれるでしょう」


 老人カシンが言う。


「雪女は助かるね・・・これで6人か・・・仕方ないね」


 鶴姫が右手の指2本を立てて、ピースサインをすると、暗がりにいた黒鷹が鶴姫の指に煙草を挟んで火をつけた。


「シロ、あんたも来な。ここにいたって、何に役にも立たない。一緒に来て、せめて弾避けにでもなりな」


 酷い言われようだが、その通りだった。

 俺は、黙って従った。




 最強のぶっ壊れキャラで、無双無敵。

 リトに、敵などいないと勝手に思っていた。

 リトの敗北を目の当たりにして、大変な事が俺の周囲で起こっていると自覚したんだ。


 色々な事が同時に、平衡に推移しているんだって・・・。

 みんなから聞いた話を、俺なりに理解した。

 まず、東西南北を色々な種族や神が守っているらしい。そのうち西の守護を託されていた役小角えんのおづぬが率いる天狗一族が、離反したのだ。


 そのために、鶴姫やカシンは天狗の所へ行って懲らしめる算段をしていたところだった。

 天狗一族を、西の守護に戻さないと、これから遠くない時期に起こるであろう百鬼夜行の被害が倍増する。

 そんな切羽詰まったこの状況で、リトが襲撃され敗北した。


 リトを襲ったのは、仔猫のような小さな黒猫で、事もあろうか実の妹らしい。

 この黒猫については、それしかわかっていない。

 そもそも、リトの事だって俺は良く知らないんだ・・・。

 ただ、みんなは知っているみたい。


 鶴姫に、お前は何者なんだと怒鳴られたけど、俺は俺の事も良くわかっていないような気がしてきた。

 リトの事を鳩のスーに任せて、俺たちは西を目指すことになった。

 夜笑さんは、渋ったんだけどね。

 リトの傍にいたいと言う夜笑さんを、夜雲が説得した。

 お前の怒りを貸してくれって、思う存分暴れてくれって・・・。


 カシンが小型のバスを用意してくれて、千代さんの運転で俺たちは西を目指す。

 当然と言えば、当然なのだけれど、車内はどんよりとした空気が流れていた。

 重い空気だ。

 ピリピリしているというよりは、みんなの気持ちが沈んでいる。

 そんな空気を察してか、黒装束の少女カシンが激を飛ばした。


「みんな元気出していこうよぉー、そんなんじゃ、天狗に負けちゃうよ!」


「そのふざけた物言いと、格好はなんとかならないのかい」


 鼻を鳴らして、白い小袖に濃紺の袴姿が凛々しい鶴姫が言う。


「爺さんの姿の方が、まだましだよ」


「お爺さんの姿だと、節々が痛くて・・・お鶴さんは大丈夫なの?」


「あんた! あたしを舐めてんのかい!」


 鶴姫は、声を荒らげて少女カシンを睨みつける。


「オホホ、そんなことありませんわぁ」


 少女カシンは、笑って誤魔化した。


「まぁ、カシンの言う事も一理ある」


 夜雲が、最後尾の座席でぼそりと言った。


「ああん?」


 前の方の席に座る鶴姫が後ろを振り返って、夜雲を睨んだ。


「そこじゃねぇよ! 気落ちしてたら、勝てるものも勝てなくなるってんだ」


 夜雲は、身を乗り出して声を張り上げた。


「お祭り騒ぎって訳にはいかねぇが、声出して行こう! 何でもいい、喋って声を出すんだ」


「何でも良いんすか?」


 相変わらず男の子みたいな、青い煙菅服姿の夜摩が訊く。


「おおよ! 何でも良いぜ!」


「じゃぁ、遠慮なく・・・」


 そう前置きをして、夜摩は鶴姫に目を向ける。

「この婆さんは、誰ですか?」

 一瞬の沈黙の後、夜摩は鶴姫に蹴とばされた。




 鶴姫の事を知らないのは、俺と夜摩だけだった。

 鶴姫は、神職らしく夜笑さんとは顔なじみらしい。

 夜雲とユキさんは、初対面との事だったが、噂は耳にしていたという。


 戦姫せんき鶴姫

 甲冑を身にまとい、男たちの先頭に立ち多くの戦場で武勇を立てたらしい。

 俺は若く美しい甲冑姿の鶴姫が、戦場を駆けまわる姿を想像した。

 今は、しわしわのお婆さんだけど・・・。


 俺は、鶴姫の隣に終始無言で座っているスーツ姿の男を見た。

 黒鷹って言ってたけど、この男も不思議だった。

 体格も良く、とても強そうなのに、影走りと闘ったときは鶴姫ばかりが闘って、この男は見ていただけだ。

 いや、武器を手渡したりはしていたけれど・・・。


「黒鷹さん。よろしかったらお菓子でも如何ですか」


 夜笑さんが、幾つかのお菓子を黒鷹に差し出した。

 黒鷹は、それを一瞥し辞退する。


「出発前に作ってきたんだけど、おはぎはどう?」


 少女カシンが、黒塗りの四角い箱を差し出した。

 ああ、これはこの間見た。

 めちゃくちゃ甘くて、美味しくないの。


「・・・いただこう」


 黒鷹は、手を伸ばしておはぎを2つ受け取ると、ちびちびと食べ始めた。

 嬉しそうだった。

 窓の外は、代り映えのない景色が続いた。

 背の低い木が、ずっと並んで生えている。


 多くの自動車が、物凄いスピードで走っているのだけど、このバスも物凄いスピードだから、それを感じさせない。

 運転している千代さんに、カシンがたまに声をかけていたけれど、ここからは車の騒音で何を話しているのかは聞こえなかった。


「なぁ、チロ・・・」


 おもむろに、俺は雑に抱っこされた。

 夜摩だった。

 小柄で、男の子みたいな喋り方をするのだけれど、よく見ると可愛い顔をしている。

 黙っていれば、美人と言えるだろう。


「俺たちは、闘いの役には立たないだろうけど、みんなの足は引っ張らないようにしないとな」


 夜摩は、俺を背中から腕を回して抱っこしている。

 苦しいんだよね・・・この格好・・・。

 この子、抱っこ下手だなぁ。


「チロのことは、俺が守るからな」


 そう言う夜摩の顔を、俺は見上げた。

 優しい笑みを浮かべている。

 ・・・顔は、可愛いんだよ。

 でもさ、俺、チロじゃなくてシロだから・・・。

 心の中で抗議した。


 気持ちはありがたく、嬉しいけどさ。

それにしても、天狗の本拠地に殴りこみだなんて・・・過激だな。

 天狗って、怖い顔しているのかな?

 強いのかなぁ?


『大丈夫ですよ。シロさん』


 俺の不安に、後ろの席に座っているユキさんが反応してくれた。


『この間闘った悪棲あくるに比べたら、それほど心配することはありません』


 悪棲・・・フェリーに乗った時に闘った魚の化物だ。


『そうなんだ・・・ユキさんは、天狗を知っているの?』


『ええ、彼らは山奥で修行をしますので、私の住む雪山にも訪れたことがあります』


『へぇー、じゃぁ知り合いもいるんだね!』


 期待が膨らんだ。

 ユキさんに知人がいれば、争いにはならないのではないかと・・・。


『知り合いと言うほどでもないのですが、役小角と従者の前鬼ぜんき後鬼ごきを見たことがあるくらいでしょうか』


 期待が萎んだ・・・。


『そっかぁ・・・一緒に修行したり、ご飯食べたり・・・』


『ありません。好き放題するので、追い返したのです』


『そ、そっかぁ・・・』


 俺の不安は、払拭できていない。


『若い天狗たちは、粗野な所もありますが、役小角は話の分かる方でした。衝突はあるかと思いますが、最後は話し合いになると思いますよ』


 俺は座席の隙間から、ユキさんを見た。

 目が合うと、ユキさんは目を細め微笑する。




 途中休憩を挟んだり、バスの中で仮眠を取ったりしながら、かれこれ半日近くバスに揺られている。

 カシンに訊くと、もうすぐとの事だ。

 見たことのない天狗の姿を、あれこれと想像してしまうのだが、優しい顔は思い浮かばなかった。

 リトもいないし、大丈夫だろうか・・・。

 時が経つにつれ、距離が近づくにつれ、俺の不安は大きくなっていった。






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