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リトの敗北

40 リトの敗北



 

 夜刀爺さんが帰った後も、鶴姫と老人カシンの話しは続いた。

 鶴姫は、あまりお酒を飲まずに煙草ばかり吸っている。

 老人カシンは、煙草を吸わないようだ。お酒もあまり飲んでいない。

 俺は、2人の様子を見つつ話しに聞き耳をたてる。

 俺は、いったい何のために呼ばれたのだろう・・・。


「西の謀反と言やぁ、小角おづぬかい?」


 鶴姫は、忌々しそうに机を指で何度も叩いた。


「ええ、えんの小角おづぬが率いる天狗族です」


 老人カシンは、特に表情を変えることなく淡々と答えた。


「奴らの力は強大だ。敵に回すと厄介だねぇ」


 鶴姫は、溜息を煙と一緒に吐き出す。

 俺は、お腹いっぱいになって眠くなってきたので、鶴姫の傍で丸くなった。

 寝るわけではない。

 寝たふりをして、話しをよく聞くためだ。


「先の、あの者とのいくさ以降、西の守りは天狗の一族が担っていましたから、ここに来ての裏切りは・・・そう、お鶴さんが言っていた百鬼夜行―――」


「とんでもない! 西が穴なら二百鬼夜行だ!」


 鶴姫は、拳で机を叩いた。

 俺は、びっくりして机に頭をぶつけてしまった。


「幸い、北と東の神は健在です。北からの流れは減るかもしれません」


「はぁん。寝ぼけたこと言ってんじゃないよ! 神々は前線に出るんだ、百鬼夜行の妨げにはならないよ」


 鶴姫は鼻を鳴らし、うんざりしたように言う。


「そうでした・・・」


 老人カシンは、目を瞑り頭を掻く。


「でも、東には蛇の一族がいますから・・・少しは・・・」


 老人カシンは、言いながら自信を無くしたのか、言葉尻が弱々しい。


「弱り切った蛇どもが、どれだけやれるか知れないが・・・疫病神の爺さんが、言っていたことが気になるねぇ」


「・・・黄泉の黒猫・・・」


「ああ、いったい何の事か・・・」


「味方、ではないでしょうね?」


「あの話の流れから、希望的な事は言うまい」


 鶴姫の手が伸びてきて、俺の喉を撫でる。


「シロ・・・あんた、本当に何も知らないのかい?」


 さっきも同じことを聞かれた。


「知らないよ・・・俺が知っている猫は、リトぐらいしかいないよ」


「そうかい・・・」


 2人とも黙ってしまった。


「ともかく、西を何とかせねばなるまい」


 静寂を、鶴姫が打ち消した。


「そうですね・・・乗り込みますか?」


「そうなるな・・・。百鬼夜行の前哨戦だ、しっかり仕度しな!」


 鶴姫は、力強く言うと立ち上がった。


「では、私はこれで・・・」


 老人カシンは、軽く頭を下げて出て行った。

 その姿を、鶴姫は無言で見送る。

 何の話だったのか、よくわからなかったけど、これでゆっくり寝れそうだ。


 俺は、伸びをしながら欠伸をする。

 その時、鶴姫が乱暴に俺を抱き上げた。


「シロ!」


 鶴姫が、俺を顔の高さまで持ち上げて俺の顔を凝視する。

 何!?

 俺、何かした?

 めちゃくちゃ怖い顔だった。


 怒られる。

 そう思った。

 何故だかわからないけど・・・。


「あんた一体、何者なんだい?」


 鶴姫は、俺の眼の中を見ている。

 俺の眼の中を・・・さらに奥を覗こうとしているかのように、注視していた。


「ど、どういうこと・・・」


 俺は、その眼から逃げたくて体をよじってみたけれど、とても逃げられない。


「あんただけが、何者かわからないんだ・・・他の者の素性は知れているが、あんただけ誰も知らない・・・」


「だって、俺だけ普通の猫だもん・・・」


 俺がそう言うと、鶴姫は突然笑い出した。


「アハハハ、そうかい、そうかい」


 鶴姫は、俺を床の上にそっと降ろした。

 何だかわからないけど、納得してくれたようだ。

 俺は安心して、鶴姫を見上げた。


「そんなわけねぇだろ! アホかお前は!」


 鶴姫は、鬼のような形相で俺を睨んでいた。


「おいぼれだと思って舐めんなよ!」


 鶴姫に怒鳴られ、俺は身を縮めた。

 何が何だか、全然わからない。


「まぁいい・・・おかしなことしたら、ぶった切るからね」


 鶴姫は、そう言ってにやりと笑った。

 ど、どうしよう・・・。

 おかしなことって・・・。  





数日が経った。

 あの夜以降、鶴姫にもカシンにも会っていない。

 リトと神社でゴロゴロ過ごしていた。


 平和な日々が続いて、影走りの事も、鶴姫の事も忘れかけていたある日、とんでもない事が起きたんだ。

 俺は、立水栓から漏れている水を飲んでいた。

 リトは、ご機嫌で蜻蛉を追いかけまわしている。


「にゅー、とんぼ捕れないにょー」


 リトは、何度も宙に飛び上がっては蜻蛉を捕まえようと宙を搔いた。


「蜻蛉なんて捕ったって、腹の足しにならないぞ。どこか―――」


 リトと話していたら、何か気になって、俺は参道の入口の方へ眼をやった。

 参道と外の車道が接するあたりに、何かがいる。

 黒くて小さな点が、ポツリといた。


 何だろう?

 俺は、眼を細めて目を凝らした。

 それは、小さな猫だ。

 黒い猫・・・。


 仔猫みたいに小さい黒猫だった。

 リトは、蜻蛉と戯れるのをやめて、黒猫を見ている。

 俺は、黒猫に視線を戻した。


 小さな黒猫は、ゆっくりと参道を歩いてくる。

 よく見ると、額に目のような楕円形の白い模様があった。

 首には、注連縄しめなわのような縄を巻いている。


 飼い猫なのだろうか?

 でも、この辺りでは見たことがない。

 リトの知り合いかな?

 そう思って、リトを見た。

 リトは、眉間に皺よ寄せて牙をむいている。


「ど、どうしたのリト?」


 リトは、喉の奥から唸り声をあげた。

 威嚇している。


 小さな黒猫は、鳥居をくぐる前に立ち止まった。

 首をひねって、リトを見つめる。

 この黒猫、体毛の色が違うほか、リトとそっくりだった。


 体の大きさも・・・顔つきも・・・。

 いや、顔つきはちょっと違う。

 リトは、まん丸の眼で可愛らしい眼をしているが、黒猫はちょっと目尻が上がっていてきつい印象を受ける。


 黒猫が、鳥居をくぐった。

 その時、一瞬空気が弾けたような振動があった。

 リトが、激しく唸り威嚇した。

 爪を出して、背中の毛を逆立てている。

 こんなリト、見たことないから俺は動揺した。


「どうしたのさ、リト・・・」


 俺は、リトの傍に駆け寄った。


「チロは、危ないから隠れてるにょ!」


 リトは、黒猫から目を離して俺に言った。

 その時だった。


 風と、黒い影を足元に感じた。

 リトの体が、くの字に曲がり、弾けるように宙に飛んだ。

 それを黒い影が追う。


 空中で、黒い影がリトに追いつくと、それはリトを殴りつけて境内の石畳にリトを叩き落した。

 激しい衝撃で、床石が割れて飛散する。

 俺の背後に、黒い影が音もなく着地した。


 俺は、恐る恐る振り向いてそれを見た。

 それは、さっきの黒猫だった。

 小さな小さな黒猫だ・・・。


「リト!」


 俺は、リトの元に駆け寄る。

 幸いリトは無事で、石畳にめりこんだ体を引き剝がしながら立ち上がった。


「大丈夫かリト!」


「チロは・・・危ないから・・・離れているにょ・・・」


 息も絶え絶えにリトが言う。

 相当なダメージだ。

 俺の所為で、隙を突かれたんだ。

 俺は、これ以上リトの邪魔にならないようすばやく境内の隅に離れた。


「やってくれたにょ・・・」


「雄猫に気を取られるなんて、恥ずかしい・・・。すっかり雌猫ね」


 小さな黒猫は、可愛らしい声で喋った。

 リトとは違って、しっかりとした口調だ。


「隙をついたり、背後を狙ったりするところは、昔から変わらないにょ」


「当然でしょう。今から殴りますねぇて、宣言するの?」


 黒猫は、侮蔑を込めた口調で言った。


「リトは言うにょ・・・。今から、ぶっとばすにょ!」


 リトは、そう言って黒猫に飛びかかった。

 大きく振りかぶった渾身の右フックであったが、黒猫は左腕でそれを受けると、リトの腕を抱え込んだ。

 リトの体が、黒猫を支点に弧を描いて、石畳に叩きつけられる。


 激しい衝撃が、再び石材を粉砕した。

 ガハァア

 リトが、眼を見開いて吐血する。


「リトぉぉぉぉぉ!」


 俺は、叫んだ。

 体が、わなわな震える。

 恐怖なのか・・・怒りなのか・・・わからない。


 突然、黒い影が宙を飛んだ。

 物凄い衝撃と砂埃で、何が起きたのかわからなかった。

 その砂埃の中から、一瞬大きな黒い柱のようなものが見えた。


「ちょっと、ひどくないそれ!?」


 黒猫が、腹お押さえながら着地した。


「それは使わない約束でしょう」


 黒猫は、顔をしかめて抗議する。


「ごめにょー、うっかりしてたにょ・・・でも、今からぶん殴るって言ったにょ」


 リトは、石畳にさっきより深くめりこんでいたが、なんとか這い出てきた。


「しかし、姉さん。また名前変えたの? リト? 変な名前」


 黒猫は、赤いツバを吐いた。

 こちらも相当なダメージを受けたらしい。


 ん?

 んんん?

 何か今、大事な事を言っていたような・・・。


「クロちゃんだって、面白い名前にょ・・・」


「クロじゃないから! 勝手にあだ名を付けて呼ぶの、やめてよねぇ」


「にゅー、何だったかにょ・・・」


「ちょっとー! 妹の名前忘れちゃったの!」


 えええ!!

 この子、リトの妹!!


小黄泉こよみよ。思い出した?」


「ああー、言いづらいから覚えなかったにょ。クロがいいにょ!」


「ふざけんな! このアホ姉!」


 そう言って、黒猫はリトに飛びかかった。

 激しい攻防が始まる。

 とても眼で見て追いつけない。


 あちこちの石畳が粉砕され、周囲の木の幹が折れて倒れた。

 鳥居の笠木が、真っ二つに割れ、柱が折られると参道を塞ぐように倒壊した。

 神社が・・・ボロボロになってゆく・・・。


 殴り殴られの姉妹げんかは、リトが起き上がらなくなって終わった。

 リトを見下ろす勝者も、ボロボロで肩で息をしている。


「・・・人間に肩入れしすぎないようにね・・・」


 黒猫は、足を引きずりながら参道を歩き始めた。

 ボロボロの参道を、西日が暁にそめる。


「じゃぁね・・・姉さん・・・」


 肩越しにそう言い残し、黒猫は去って行った。

 参道には、ボロ雑巾のように横たわるキジトラ猫がいた。

 息も絶え絶えで・・・鼻や口の周りは、血で赤く染まっている。


 その後、俺はどうしたのだろう?

 リトの名前を呼んだろうし、大声で助けを呼んだんじゃなかったか・・・。

 覚えていないんだ・・・。




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